中部地方にある食品卸売会社の若手社員で、後藤君と太田君というふたりが、前日、得意先の専務さんが会社へ顔を出して、その折、上司達と一杯飲んで、クルマを置いていってしまったんで、あちらの会社まで届けに行かされた。 #kaidan29
2012-04-16 22:05:32「知ってるか。この近くにいわくつきの廃屋の別荘があるんだ。この時間だと、会社に戻った頃にはもう皆帰っちゃってるだろうし、どうだ、ちょっと寄っていってみないか?」と誘ったんで、 #kaidan29
2012-04-16 22:06:30「あァ、そうなんだ。それが、えらくおっかねえとこだって噂でさァ。別荘というのは表向きで、本当は、おかしくなった病院長のひとり息子を世間から隔離する為に、監禁した家だって話だよ」と言う。 #kaidan29
2012-04-16 22:07:12太田君も、その手の話は嫌いな方じゃないんで、「何かそんな話、前に誰かから聞いた事あるなァ。面白そうだし行ってみようか」と話がまとまった。 #kaidan29
2012-04-16 22:07:32そこは、市街地を見下ろす、山裾の道路を行くと、途中、枝分れしたゆるい登り坂の道があって、そこを入って行くと、白地に色褪せた文字で『北川家私有地』と書かれた、古い立て札が倒れていた。 #kaidan29
2012-04-16 22:08:16どうやら、ここから先は私有地らしい。なおも10メートルほど進むと、錆びついた大きな鉄の門扉に突き当った。軽ワゴン車が入れるのはここ迄で、あとは、降りて門のわきから敷地に入った。 #kaidan29
2012-04-16 22:08:47埃をかぶった窓ガラスに暮れかけた夏の陽射しが鈍く反射している。聞こえるのは蝉の声だけで、他には全く音が無い。もう永い年月、寄りつく者もないままに、すっかり忘れ去られてしまっているようだ。 #kaidan29
2012-04-16 22:09:38ふたりが、入口を探して建物に沿って、扉や窓を確かめながら歩いてゆくと、裏口のドアが開いたんで、「入れるぞ」と後藤君が声をかけると、 #kaidan29
2012-04-16 22:10:14と、太田君の足が急に速くなって、トントントントンと、階段を駆けるように上がって行くんで、「どうした?」と声をかけながら、後を追って2階に上がってゆく。 #kaidan29
2012-04-16 22:11:26「そうか、此所だよ。ほら壁も床も天井も、燃えた跡があるだろ。この部屋に、おかしくなったひとり息子が幽閉されていたんだ。そして、自分で放火して、焼け死んだっていう話だよ」と後藤君が言うと、 #kaidan29
2012-04-16 22:12:13「いや、それは違うよ。それはでっち上げられた話で、事実はこうさ。病院長のひとり息子は確かに神経症だった。ノイローゼの事だよ。それも、たまにヒステリーを起す程度で、人格までは崩壊しちゃいない。それが院長夫婦の突然の事故死で、すっかりうつになってしまったんだ」 #kaidan29
2012-04-16 22:12:56「愛する両親を一度に失ったのだから無理もないさ。資産家の病院長夫婦の死によって、残された財産と神経症のひとり息子。これに目をつけた強欲な親類達が、財産目当てに結託して、悪事の陰謀をめぐらしたという訳だ」 #kaidan29
2012-04-16 22:13:28「まず叔父、叔母達が息子の後見人となって、彼と関わりをもつ病院の関係者や、親しい人達を彼のまわりから排除しておいて、鬱病の薬という名目で、薬物を投与し続けたんだ。ひとり息子は前にも増して、精神のバランスを失っていった」 #kaidan29
2012-04-16 22:14:00「すると親類達は、彼を『ひとり息子はおかしくなった!北川病院の跡継ぎがおかしくなった』と世間に吹聴して回って、しまいには隔離するという口実で、別荘の2階に監禁してしまったんだよ」 #kaidan29
2012-04-16 22:14:25「そして、自分達が財産の管理をするようになると、折をみて、息子が薬で意識もなく、眠り込んでいる時に部屋に火を放った」 #kaidan29
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