ここで先生の言葉を出すのもどうかと思うけど、広場の研究をしたいといったら、「広場をやるのがどうかと思ったのは、我々ランドスケープ系は生き物としての環境を扱っている立場を前面に出した方がいいと思うから」と返されて、ちょっと戸惑い気味。うーん。
2010-01-12 23:31:25ランドスケープアーキテクトにとって、広場や都市部のあまり緑がない公共空間の設計の可能性、そのおもしろさを感じていたのと、あんまりここではそういうことに触れなかったので、またそういう視点でいろいろみてみないと。
2010-01-12 23:38:27@ozoneaki ポルダーはマクロにはエンクローズされてる、とみたほうがよいのでは。なかは広々してるけど。というかオランダは国土全体が物理的にエンクローズされてる印象。
2010-01-13 09:32:36イギリスで「オープン」と云った場合、「そこに何もない」ということより、「囲われてない」→「誰でも入れる」というニュアンスが古来強い。オープンランドとはつまりはそういうこと。
2010-01-13 09:36:36それが、中世末以降のいわゆるエンクロージャーによってオープンじゃなくなる。これは、制度的には誰かに所有されるところとなり、物理的にはウォールやヘッジで囲まれる。
2010-01-13 09:44:56場合によっては、元々そこにいた農民達をクリアランスしてまでエンクロージャーは徹底される。。。ということはつまり「ガーデン」は洋の東西を問わず「オープンスペース」ではない。誰もが入れないから。
2010-01-13 09:48:21そうなってくると、ガーデンに起源をもつ「パーク」もオープンスペースではない。つまり、パークは近代化の過程で開放されてパブリックパークになるけど、発生的にみて、また初期においては物理的形態的にみてもオープン系ではないですね。反対に広場はオープン。
2010-01-13 09:53:57@kinoshitakeshi 「パブリック」の記号と言うか象徴として、パストラルな「パーク」が都市広場にとって変わった(園が公を獲得して公園ができた)のは、いつどこでなんでしょう。やっぱりアメリカかな。
2010-01-13 09:57:39「オープンにする」という近代ランドスケイプ(アァキテクチャ)の大命題は、歴史的にみると非常にわかりやすいですね。
2010-01-13 10:00:16@hajimebs イギリスに端を発し、アメリカで完成したと思います。ロンドンのハイドパークは「パストラルな状態で」たしか17世紀にはロンドン市民に開放されていたといいます。また、風景式は市民社会の政治的記号、あるいはステイタスシンボルとして受容された。
2010-01-13 10:10:20@hajimebs それが、海を渡ってセントラルパークで完成。ただセントラルパークはオルムステッドが元々農業土木のバックグラウンドだったので農本主義的な背景も持っていたと聞いています。
2010-01-13 10:13:25@kinoshitakeshi ああそうか、「シープメドウ」って、一種の「先祖返り」なのかもしれないですね。「自然風景式って、もともと農業景観じゃねえか」とか思いつきそうだ。
2010-01-13 10:16:33