- DSJ_Phuture
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早川タダノリ
@hayakawa2600
1988年の「大気変動に関する国際会議」@カナダで提言に盛り込まれたという報道が、日本で言われ始めた最初の事例のようだ。明らかにチェルノブイリ事故後の原子力屋のまきかえしであった。:「クリーンエネルギー原子力推進」をだれが言い出したのか http://t.co/zAizWIho
2012-06-21 08:54:14
早川タダノリ
@hayakawa2600
ただし、原子力業界紙「原子力産業新聞」を見てみると、1986年2月に、あのカール・セーガン博士が米下院の公聴会で「原子力利用の増大が、化石燃料による大気中の二酸化炭素増加が引きおこす「温室効果」を防ぐ解決策になる可能性があると指摘した。」(1986年2月6日付)とある。
2012-06-21 09:05:53
早川タダノリ
@hayakawa2600
さらに1986年9月には「米環境保護庁の元幹部のJ・トッピング氏は、化石燃料を燃やすことにより発生する環境上の聞題から、二〇〇〇年までに大規模に原子力発電所を建設することが必要になるだろうと予想している」(原子力産業新聞、9月6日付)。この時点ではすでにチェルノ後の対応策だ。
2012-06-21 09:09:42
早川タダノリ
@hayakawa2600
アメリカ経由の「原発クリーンエネルギー」論をうけて、1988年には原産(原子力産業会議:当時)会長の有沢広巳が、「原子力は、化学反応による燃焼とはまったく違い、……大量のエネルギーをクリーンで安く供給できる新しいエネルギーだ」と述べた(88年4月16日付)。これが号砲であった。
2012-06-21 09:18:51
早川タダノリ
@hayakawa2600
話を元に戻せば、「原発クリーンエネルギー」論が一般商業紙で最初に登場したのが1988年の「大気変動……国際会議」であることは間違いない。この会議には茅陽一が出席しており、それ以降「温暖化防止のための原子力発電」の旗振り役となった。
2012-06-21 09:37:09