『音楽と法』からの日本政府による歌舞音曲停止の歴史について

『音楽と法』からの日本政府による歌舞音曲禁止の歴史について引用まとめました。
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『音楽と法』書誌情報と目次

河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法ー1993年度(社)日本レコード協会寄付講座』青山学院大学法学部 グーグルブックスに登録がありましたが、販売はされていない模様。 http://t.co/oJHbJlTq 以下目次をツイートします。

2012-06-30 22:56:28
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』目次(カッコ内は執筆者)ー0.寄付講座「音楽と法」の実施(コーディネーター半田正夫) 1.レコードの登場と音楽著作権の確立(近代芸能史研究家 倉田喜弘)2.プラーゲ旋風とその波紋(日本音楽著作権協会企画室主幹 吉村保、久留米大学教授 大家重夫)

2012-06-30 23:00:48
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』目次続き 3.ミュージック・サプライ事件(弁護士 松井正道)4.現行著作権法の制定と音楽著作権制度の確立(東京国立博物館長 佐野文一郎)5.音楽の創作ー作詞家の立場(日本音楽著作家連合会長 星野哲郎、日本音楽著作権協会理事長 石本美由起)

2012-06-30 23:03:09
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』目次続き 6.楽譜出版とコピー(日本楽譜出版協会著作権委員会副委員長 田中明)7.私的録音と補償金請求権ー制定の経緯と法的問題点(青山学院大学教授 半田正夫)8.私的録音と補償金請求権ー徴収の実態(私的録音補償金管理協会事務局長 戸板靖雄)

2012-06-30 23:05:46
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』目次続き 9.編曲と二次的著作物の成否(音楽産業・文化振興財団専務理事 山下邦夫)10.音楽の創作ー作曲家の立場(作曲家 三木たかし)11.カラオケと演奏権(日本音楽著作権協会常務理事 大淵雄二)12.CDレンタルと貸与権(日本レコード協会常務理事 木村三郎)

2012-06-30 23:09:02
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』目次続き 13.音楽の創作ー作曲と編曲の間(日本音楽著作協会常務理事 小川寛興)14.CMソングの制作と著作権(電通法務部参事 田代貞之)15.音楽の創作ー作詞家の立場(作詞家 池田充男)、音楽と文学(日本文芸家著作保護同盟事務局長 夏目裕)

2012-06-30 23:12:58
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』目次続き 16.音楽と映画(株式会社スタジオ・ジャンプ・東宝舞台株式会社 社長 大橋雄吉)17.レコード、CDの並行輸入と法(青山学院大学教授 江泉芳信)18.仲介業務団体ーJASRACの役割と実際の業務(日本音楽著作権協会常務理事 大淵雄二)

2012-06-30 23:15:35
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』目次続き 19.音楽出版社の役割(音楽出版社協会顧問 橋本雅幸)20.音楽の利用と実演家の権利保護(日本芸能実演家団体協議会事務局長 棚野正士、ソプラノ歌手 秋山恵美子)21.CDの流通における法的問題点(青山学院大学教授 山崎敏彦)

2012-06-30 23:17:53
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』これで目次ラスト。22.近未来における音楽の利用(音楽産業・文化振興団体専務理事 山下邦夫)*執筆者の肩書きはすべて刊行の1994年当時のもの。日本レコード協会創立50周年記念事業の一環として3年間のプロジェクトとして企画された寄付講座を本にしたもので、1年目は

2012-06-30 23:21:24
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

(続き)「レコードと法」2年目「音楽と法」3年目「メディア文化と法」として講義が行われたとのこと(「はしがき」に記載)。つまり講義録なので、すべて丁寧語の語り文で読みやすい。1993年当時の状況と考え方のうえでなされている講義だが、逆に今の状況で見直すと意外な発見もあるかもですね

2012-06-30 23:25:54

レコードの登場

河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

「ご承知のように、レコードをかける機器は、プレーヤーの以前は蓄音機と呼ぶのですが、日本で言えば明治10年、西南戦争で西郷隆盛と官軍が戦っている最中、アメリカのエジソンが開発します。…たまたま東京大学にお雇い外国人として、イギリス人のユージングという人がいました。この人が明治11年

2012-06-28 12:39:02
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

の末に、エジソンが発表した雑誌をもとにして自分で組み立てます。そうして明治12年3月、一般公開をします。…このときにフォノグラフ(Phonograph)という名前で紹介されたのですが、何といっても明治10年代の初めで、外国語が日本語に定着しません。」

2012-06-28 12:40:44
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

「そこで日本人は、これは言葉をよみがえらせる機械だ、あるいは音を蘇らせる機械だという意味で、蘇言機あるいは蘇音機と名づけます。当時の新聞は、言葉をしまっておく機械、こういうふうにいいました。」倉田喜弘 1.レコードの登場と音楽著作権の確立(『音楽と法』青山学院大学法学部)

2012-06-28 12:44:51
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

「36年になりましたら、円盤ができてまいります。…輸入した業者[天賞堂]が平円盤という名前で売り出します。…そして41年4月になりましたら、天賞堂がレコードという言葉をつくり出します。平円盤というのはどうもなじみのない言葉だ、日本語として定着しない、アメリカではフォノレコードとい

2012-06-28 12:48:16
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

う言葉があるから、日本ではフォノをカットしてレコードにしよう、こう考えたに違いないのです。当時、イギリスやフランス、ドイツあたりではディスク、これがヨーロッパ系の言葉です。アメリカがフォノレコードです。日本はフォノをカットしてレコード。…」(前掲書)

2012-06-28 12:50:38

皇太后陛下の大喪の礼による歌舞音曲停止

河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

「天皇や皇族が亡くなられたときに、日本人は全員喪に服します。…明治時代で一番長く喪に服した時期が明治30年。皇太后陛下がお亡くなりになったから、次のように歌舞音曲を停止するというわけです。…お亡くなりになったから、「営業ニ係ルモノ」、つまりプロの演奏家、あるいは芸人は15日間

2012-06-28 12:55:36
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

舞台に立つな、何もやっちゃいかん、こういうわけです。…「其ノ他ノモノ」これはアマチュアです。30日間演奏しちゃいかんというわけでございます。…じゃあ、歌舞音曲とは一体何なんだ。…これは芸能一切ということでございます。ですから、今日でいえば国立劇場で、あるいは帝劇で…芝居をして

2012-06-28 12:58:06
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

おった、きょうこういう法令が出たとしましたら、あしたから15日間は舞台が閉まってしまうんです。…道路で演奏することもできません。…もし道路で演奏しているとしましたら、警官が来て、たちどころに拘引されます。一切合切シャットアウト。…」(前掲書。「歌舞音曲停止」)

2012-06-28 13:00:32
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

昨日に引き続き『音楽と法』(青山学院大学法学部)から倉田喜弘氏の講義を抜書「…歌舞音曲の御停止というのは法律であるのかどうかわかりませんけれども、とにかく政府はこういうふうに、音楽、芝居、あらゆる芸能一切を禁じたという時代が、ついこの間まであったということを知っておいてください」

2012-06-29 12:35:21
河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

『音楽と法』倉田氏講義の抜書つづき。「私法禁止。…私法というのは、幕府あるいは明治政府が公式に出した法律ではなくて、ある特定の団体、あるいはある特定の地域で長年慣習のように行われてきたもの、それが法律のようになっているので私法、明治政府はそのように定義づけております。」

2012-06-29 12:37:56

明治の普化宗(虚無僧と尺八)禁止

河野聡子(TOLTA) @toltaroppo

「明治4年に普化宗というのを禁止したというわけです。これが何で音楽と関係あるんだ、第一普化宗とは何だという疑問があります。普化宗は特定の檀家を持っておりません。自分たちで勝手に…自分の管轄にしよう、こういうふうに決めます。そして、管轄の中に住んでいる家に対して、1軒1軒、年間幾ら

2012-06-29 12:40:22