渡邊先生備忘録20120702-03

マイナスからのスタート。
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渡邊芳之 @ynabe39

「学生運動やオウムのようなものはいやだ」というのがデモへの嫌悪なんだと思います。 RT @romaspqr: オームの上祐氏の反応に何故かダブルモノがあります。 [国内] 上祐氏がデモの効力を痛烈批判 http://t.co/83XFuACB

2012-07-03 01:12:49
渡邊芳之 @ynabe39

「今回のデモは今までのと違う」という言い方自体が「今までの」という「著しくマイナスなもの」の存在を前提にしていると思う。そういうことなんです。

2012-07-03 06:40:11
Ray @ Manaaki Moana @ManaakiMoana

自分も賢いと思う。続く世代は前の世代の事を真剣に見てる。見ての結果だということを上の世代はもっと痛感すべきと思う。> @ynabe39 俺はやっぱり自分より若い世代が自分たちより賢くなってると思いたいんだよ。そう思える材料はたくさんあるんだもの。

2012-07-03 07:01:36
🍋トリカエコ🍋 @photonka

@ynabe39 西洋のデモ参加者が暴力的でもいいのはそれを見て共感できる人が多いからだと思う。「権力にやられてる、助けに行こう」って共感。もし日本でデモの乱闘なんか流れると、「暴動、けしからん!」ってなると思う。西洋風デモに対して「ダメなもの」という感覚は日本人の穏やかさだと。

2012-07-03 07:12:49
渡邊芳之 @ynabe39

「なぜそうなったのか」ということにはもちろん体制側の封じ込め策や印象操作が成功したという要因もあるのだが,より根本的なこととして60~80年代にかけては圧倒的大多数の人からみて体制側のほうが(相対的に)人々を豊かにし幸せにしたという事実があると思う。

2012-07-03 07:27:51
渡邊芳之 @ynabe39

もちろんその時代の日本で体制が相対的な善政を敷いた原因には社会主義陣営や国内の左翼反体制運動の存在があるのだけれど,結果論的には善政を敷いたのはあくまで体制の側であったわけです。

2012-07-03 07:30:08
プルートウ(Unforgiven) @PlutoDarkness

@ynabe39 オランダ人ジャーナリストのウォルフレン氏はその時代の日本人も決して幸福ではなかった、と指摘していますけどね。その理由は端的に言うと、日本の労働者(特に都市部を中心に)は人としての尊厳を切り売りして生きなければならない、という点にあったかと思います。

2012-07-03 07:34:44
渡邊芳之 @ynabe39

「相対的善政の時代」が終わって体制があまり人々を幸せにしなくなった時にはすでに体制に反対するためのさまざまな方法にはすべてマイナスのイメージが強く焼き付けられてしまっていた。多くの人が反対の意志を持ちはじめた時にそれは「はるかマイナスの位置からのスタート」を余儀なくされた。

2012-07-03 07:37:12
渡邊芳之 @ynabe39

@PlutoDarkness 幸福というのはあくまで主観的なものですし,その根拠は多くの場合「個人内での時間的比較」「ごく身近な他者との比較」です。

2012-07-03 07:37:51
渡邊芳之 @ynabe39

「マイナスからスタートせざるをえない人々」に対して「それをマイナスにすることに大きく関わってしまった人々」ができることは「これ以上邪魔しないようにする」ことしかないだろうと思います。

2012-07-03 07:44:01