「コンバンワ」

カエルーランド @kaeruland

その日私は熱海に行きました　熱海の旅館で同業者の親睦会が有ったのです　旅館はなかなか良い雰囲気で　玄関にはたっぷりと打ち水がされ　建物は古めかしい旧館と新館に別れていて　大きな中庭にはホテルで言う所のスイートの様な特別室が有りました　私の宿泊する部屋は新館で　部屋は畳ですが

カエルーランド @kaeruland

部屋自体はホテルの様な作りになって居て　ドアもしっかりとした作りで大きな窓からは立派な中庭を見渡す事が出来ます　荷物を置き机の上に置いて有る菓子をつまみながら庭を眺めて居るとどうも後ろの方から風が吹いてくる様な気がして何とは無しに振り返ると　畳の部屋から玄関に向かう細い廊下を

カエルーランド @kaeruland

白い物がスッと引っ込むのが見えた気がしました　まるで白いバスタオルを廊下に隠れている誰かが勢い良く引っ込めた様な感じで　白い物が残像の様に感じられたのですが　近くに寄って確認してみても何も有りません　気の性だと思い荷物を解きにかかると又　頬に風があたる様な気がして振り返ると

カエルーランド @kaeruland

白い物が又スッと玄関に通じる廊下に引っ込むのが見えました　いったい何だろうと思い玄関をしっかり確認しようと思い立ち上がると丁度部屋の電話が鳴り宴会の準備が出来たとの事　部屋に入ってから思いの外時間が経っていた事に驚きつつ慌てて宴会場に行き　白い物の事などすっかり忘れてしまいました

カエルーランド @kaeruland

宴会場は中庭に有った特別室の広間で　カラオケが用意され　和服姿のコンパニオンが給仕やお酌をしてくれてそれは賑やかなものでした　おまけに特別室には露天風呂も付いて居て　宴会中に入浴も出来るとの事　　私は座が盛り上がりカラオケでも始まったらそっと席を離れ温泉にでもつかろうと思いながら

カエルーランド @kaeruland

注がれたビールを飲み料理を食べ始めました　やがてカラオケが始まりグラスやビール便を持ってほろ酔い加減で席をあちらこちらと渡り歩く人等が出て来て　これは良い機会と思い私はそっと席を離れ　場所を聞いて有った露天風呂の方に向かいました　思惑通り皆飲んだり食べたり歌ったりに忙しく　

カエルーランド @kaeruland

露天風呂に来る人等無く　大きな風呂を独り占めに出来　大変良い気分でした　湯から上がり浴衣を着て宴会場に戻ると場は大層盛り上がって居て　私が中座した事など誰も気にも留めて居らず　私もそのまま自然に宴席に溶け込んで冷たいビールを飲んだり　刺身や小さな鍋等をいただき楽しく時間を過ごし

カエルーランド @kaeruland

ました　楽しかったです　おしまい

カエルーランド @kaeruland

続きます　宴会は３時間程続いただろうか　皆酔いがまわり中には席でうつらうつらして居る人も有り　幹事の「じゃあそろそろお開きに！」との声で宴会は終了したのだが　コンパニオンに声をかけ「部屋で飲み直そう！」等と誘っている元気な人等も居て　旅館に氷やらボトルやら部屋に届ける様に頼んで

カエルーランド @kaeruland

「○○さんもどうですか？お若いんだからまだ飲めるでしょ！」と私にまで声をかけて来る　しかし私は慣れない華やかな賑やかな席に長居をした為少々疲労を感じて居たので「折角ですが...。」後は口の中でもごもご言いながらその場を離れ部屋に戻りました　部屋に戻ると床が設えて有ったのでそこに

カエルーランド @kaeruland

大の字に成り背伸びをして目を閉じると何時の間にかそのまま眠ってしまった様だ　十二畳の部屋の真ん中に敷かれた布団の上で部屋の灯りも煌々点けたまま寝てしまった私は　部屋の右隅の方から聞こえる話し声の性で眠りが浅くなったのか少々目が覚めた様なうつらうつらしている様なそんな夢現の

カエルーランド @kaeruland

状態になった様だ　「コンパニオンを誘って部屋で飲んでいる人達の声だな」と起きているとも寝ているとも付かない頭で考えて居ると　寝ている自分の右足の先の方でわやわやと話し声が又聞こえる　それがどうも近付いて来ている様な気がして耳を澄まそうか　それとも起きて壁に耳でも付けてみようかと

カエルーランド @kaeruland

思ったその時　寝ている自分の右足の方の畳がぐっと沈む感覚そしてミシミシと畳をしならせて誰かが近付いて来る音そして自分の右横に立ち自分を飛び越えたその何かが起こす風を一瞬のうちに感じたかと思うと上から何かに押しつぶされるような重みを全身に感じて指も身体も目蓋すら動かなくなりました

カエルーランド @kaeruland

と同時に「コンバンワ」と若い女性の声が聞こえました　声は明らかに私の目の前から聞こえます　吃驚した私は必死に身体を動かそう目を開けようとしましたがどんなに力を入れても自由にならないのです　すると又「コンバンワ」と聞こえます　これはもう大変な事が起きて居ると思い何とか薄目が開いた

カエルーランド @kaeruland

所で意識を集中してみるとジャケットを着た人が覆い被さって居るのが見えました　正確にはジャケットのVゾーンが見えました　これは大変だ大変だ必死にもがくと又「コンバンワ」の声がして　しかし身体は徐々に自由が効くようになって来ました　何とか目を開け布団の上に背中を丸めて座り込む事が出来

カエルーランド @kaeruland

ました　今のは一体全体何だったのか　部屋の灯りは点いて居るし外を見ればもう薄明るい時間でした　溜め息を付き顔を上げると目の前の床の間に何か白いバスタオル位の長さの薄ぼんやりした物が見えました　次の瞬間それが私の足元に迫って来るのが見えました　それが足に触れた瞬間足が物凄く冷たく

カエルーランド @kaeruland

感じられ　その冷たさが徐々に腰の辺りそして胸へと上がって来たのです　私は気を失いそうになりながら心の中で「止めてくれ止めてくれ」と念ずる以外何も出来ませんでした　暫く抗って居るうちに外は完全に明るくなり　鳥の囀り等も聞こえて来ました　徐々に身体も自由に出来る様に成り　布団から

カエルーランド @kaeruland

立ち上がる事が出来　部屋の隅に寄せて有った机の所に行き　心を落ち着かせる為お茶を淹れました　お茶をすすり座って居ると自分の後ろに誰かが立っている気配がします　もう一杯お茶を淹れそのお茶を目を閉じて後ろの誰かの前に置きました　恐る恐目を開けると残像の様に一瞬だけ　

カエルーランド @kaeruland

スカートをはいて正座をした膝が見えました　 以上私の経験した本当の話です　あの出来事が何だったのか現実だったのか脳の中で起きていただけの錯覚だったのか私にはわかりません　しかし私は本当に「コンバンワ」と言う声を聞いたのです

カエルーランド @kaeruland

もしもあれが心霊現象と言うやつで有れば　あの声の主は私を通じてこの世に何かを伝えたかったのでしょう　しかし私が言いたいのは霊が存在するかしないのか以前に　人間の中には心霊現象と言う体験をする人が居る　そう言う事です　この不思議な出来事は時折思い出しては人に伝えています

カエルーランド @kaeruland

この様な体験をした後　少々夜寝るのが怖くなり不眠に悩まされる様に成って近くの大きな病院の精神科だか心療内科だかを受診しました　受付を済ませ　決まりだと言う不眠と関係無い様な色々な検査を受けさせられ　不眠担当の先生の所に案内されたのは窓から差す光が薄暗く成る様な時刻でした

カエルーランド @kaeruland

担当は若い女性の医師で　何時から不眠気味ですか？どうして不眠になったのか心当たりは有りますか？等問診を受けたので昨晩つらつらと書き綴った事を話したら　話が進に従って薄化粧からも透けて見える程女性医師の顔が青ざめて来て　初めの内は私と目をしっかり合わせて会話をしていたのに

カエルーランド @kaeruland

徐々に視線に落ち着きが無くなって来ました　話が済み「入眠時にこの様な事は時たま有るのですが目覚める時にと言うのは珍しいですね」と言った彼女のデスクの上に棚からコピー用紙がファサっと一枚落ちて来たときの驚き様は見て居て気の毒な位で　この人が今夜から不眠気味になるのではと思いました

カエルーランド @kaeruland

私は彼女のデスクの前の棚の上に様々な物が不安定に置いて有るのが見えて居たので　紙が落ちて来てもさほど驚きはしませんでした　私は専門の医師に自分の体験を話した　聞いて貰ったと言う安堵感から大分落ち着きはらって居たと思います　女性医師の方はその私の様子に若干の不安を覚えた様な

カエルーランド @kaeruland

この人が診察室に居ると又自分を吃驚させる事が起きるのではないか　私の気のせいかもしれませんがその様な理由でそそくさと診察を終えたと思います　睡眠薬の様な物を処方されましたが　飲みきる事も無く　何時しか自然に眠れる様になりました　今でもふと思う事が有ります　あの後あの女性医師