2013年7月19日

さよならアーティチョーク

夏と先輩と僕と虚構の世界
1

始まりの前の始まり。


橘 颯 @so__w

夏日の事だった。扉の向こうに垣間見たは、塗り潰した様な青天と白雲。其れを隔てる人物は、目も眩む逆光に縁取られて唯の影と化し、大凡の形しか見得ぬ。黒々と靡くスカァトの襞は光に溶け、影は消える寸前に薄らと笑った様だった。僕は未だ、あれ程に濃くも鮮やかな死を知らない。 #twnovel

2012-08-15 00:09:48
橘 颯 @so__w

夏が尤も死に近いのよ。先輩は白い窓外を注視て云う。死者の還る盆。街中に転がる蝉の死骸。TVから流れる行楽地の事故。熱射病に中てられた人々。つらつらと上げる事象の何れにも首を振り、蔭が濃いから境界が其処此処に出来るのと笑う。数十年変わらぬ姿は、決して蔭より出ない。 #twnovel

2012-08-18 23:56:14
橘 颯 @so__w

――世界は美しいのだよ。其れが先輩の口癖だった。真新しいランドセルの光沢。凌霄花が落す暖色の影。手招く一面の薄。棚引く白息の軌跡。其れ等を丹念に拾っては手渡す都度、薄い唇がそう紡ぐ。――云い続ければ、嘘も真となるからね。其の黒い双眸は、決して何も見はしなかった。 #twnovel

2012-09-02 00:00:52
橘 颯 @so__w

書置き一つ。素振り一つ。理由を誰にも悟らせず、先輩は飛んだ。だが、僕は知っている。先輩が夏の終わりを探していた事を。――何時の間にか素知らぬ顔で摩り替わっている彼奴を捕まえてやりたいのだよ。何時かの聲を、屋上を反芻する。固く握られた手も。先輩は夏と心中したのだ。 #twnovel

2012-09-13 23:59:00
橘 颯 @so__w

膚を焼く太陽。煩い蝉時雨。土瀝青の逃水。其れ等はもう、映像資料の中にしか存在しない。図書館の端末が映す、失われた夏。僕の背後に立つ人は、歓喜と寂寞を綯交ぜにした混濁を映した眸で画面を眺める。――何処に行ったのだろう。置いて行かれた児の様に、先輩は空の手を握った。 #twnovel

2012-09-17 23:01:12
橘 颯 @so__w

――後輩なんか、放っておいても後から幾らでも出て来る物さね。先輩は何時だって涼しい顔で嘯く。僕が此の学舎から居なくなろうと、構いはしないのだと。確かに、先輩は先輩の儘で在るだろう。けれども其れは何時迄も置いて行かれると云う事。透ける背に伸ばした指は、空を掻いた。 #twnovel

2012-10-01 23:53:43

そして世界は構築される。


橘 颯 @so__w

忌譚:此の学舎には例に漏れず怪談が在る。一つ、生徒が身を投げて以来、幾等施錠して封鎖しようと開放される屋上。二つ、第二図書館書庫の主たる、決して年を取る事の無い女生徒。三つ、裏庭に現れる『夏』の幻。何れも他愛ない話。だが他と違うのは、全ての話が真実に基くと云う事。 #twbngk

2012-10-09 23:30:53
橘 颯 @so__w

自称:僕は僕である。しかし、私でも良ければ俺でも構いはしない。其れでも僕は僕だ。今迄現れては去った僕達に続く、そして又次に繋げるであろう僕の一人。幾人も降り積もった僕達の残滓に、他とは違う僕を刻もうと足掻く僕だ。だから、彼は僕でしか無い。先輩が他を認識しない以上。 #twbngk

2012-10-09 23:42:05
橘 颯 @so__w

囚姫:恐らく僕達が遺したのであろう。最奥の書架に幾冊も並ぶ年老いた者の膚めくノート。其の内の一冊に古い筆跡で記されたDamsel in distressの一文を、別の洋墨がクロスで消している。――若く、且つ未婚の女では無いからな。積日の虜囚である先輩はそう嘲った。 #twbngk

2012-10-10 23:00:59
橘 颯 @so__w

色神:折に触れ、先輩が訊ねる外の世界。其処には失われてしまった物が多い。もう学舎の側に在ったキャンディーショップは更地だ。道路ですら嘗ての煉瓦色からコバルトグリーンに塗り替えられている。センスが無いと歎く当の本人は喪服全とした制服姿の儘、黒い書架に溶け込んでいる。 #twbngk

2012-10-10 23:11:37
橘 颯 @so__w

真贋:僕は全く夏を知らない世代だ。島一つ分の夏を課外学習で一時体験する以外、知る術は無い。無論、自らが体験した夏が過日と同一か等と判る筈も無い。――猫がそっぽを向いたら贋物さ。真物を知る先輩は、自らチェシャ猫めいて云う。僕は縫い包みのピートを土産にしようと決めた。 #twbngk

2012-10-11 23:39:43
橘 颯 @so__w

隔絶:通称は箱。衛星写真から見ると唯の立方体にしか見えないので、そう称ばれている。沖合いに浮かぶ島。其の四方を海底まで壁で覆い、閉じ込めているのは夏。先人の記憶や記録を元に造られた人工の夏に僕達はもう身を晒せない。フィルムを貼られた硝子越し、一面の向日葵畑を見る。 #twbngk

2012-10-11 23:50:03
橘 颯 @so__w

所在:黒と臙脂。二色だけが許される制服は、纏う者の身分を周囲へと如実に示す。後数年は離れぬ其の肩書きを、僕は不服げに椅子へと抛る。―-自分のカテゴリが視覚的にも保証されているのが不満かい。骨無き形骸を見下ろす黒眸は常の怜悧さを翳らせ、僕は先輩の制服姿に深意を見る。 #twbngk

2012-10-12 23:32:23
橘 颯 @so__w

非挙:先輩を室内より連れ出そうと試みた僕は、決して少なく無い。誰もが共立って歩む己の姿を一度は想像した。尤も、触れ得ぬ手と手が何よりの障害である。僕達は其れでも尚、眼差しに期待を込める事を止めぬ。先輩は細やかな抵抗として、制服の襟元に禁帯出の赤ラベルを張っている。 #twbngk

2012-10-12 23:42:44
橘 颯 @so__w

戯事:天井際迄連なる書架には其の高さ故、一架ごと梯が掛けられている。其れを良い事に先輩はグルニエ宜しく、其処に身を隠し微睡むを好んだ。試すが如く、紺の長靴下に包まれた片足だけ垂らしもして。ならばと僕は梯を登り、甲に唇を落す素振り。途端、爪先は鼻先を擦り抜け逃げた。 #twbngk

2012-10-13 23:16:04
橘 颯 @so__w

失慕:書見台に花一輪。殺風景な室内で余りに暴力的な、其の鮮烈な黄色に先輩は眉を曇らす。――直、枯れてしまうだろうに。其の聲は呪となりて、孤独な向日葵は首を垂れて床を見る。其の先に映るのはもう誰でも無く、薄汚れた床だけ。萎れた花を供に去る僕を、冷々たる眼が見送った。 #twbngk

2012-10-13 23:27:07
橘 颯 @so__w

生食:ビニル袋から取り出し。包装のフィルムを剥がし。何処と無く薄ぺらなサンドイッチ一つを摘み。開いた口へと運んで咀嚼。其の一連の動きを黒玉の眼が追う。――生々しいな。――生命活動の一環ですから。淡々と繋いだ会話は其れきり途切れ、湿り気を帯びた音のみが室内に谺する。 #twbngk

2012-10-16 23:35:11
橘 颯 @so__w

形骸:夏が無くなったとて夏期休暇は存在する。何とも可笑しな具合だが、今更別の名称を付けるのも莫迦々々しいのだろう。誰の気配も感じ得ない静謐な学舎に笑声一つ。――様は、誰も本当には夏を顧みていないと云う訳さ。唯の慣習だと、課題を広げる僕を尻目に先輩は欠伸を噛み殺す。 #twbngk

2012-10-16 23:45:26
橘 颯 @so__w

信仰:静か掲げられる細腕。搦む指は胸元で緩やかに檻を形作る。僅かに伏せる眸は何処にも焦点を結ばない。誰に祈るのか。何に祈るのか。物憂い先輩の横顔に僕は問う。―-外界に信仰の形を求めて居る内は何も解らんよ。莞爾と弧描く唇は暗中に融け、白い手籠の幻のみが僕の眼に残る。 #twbngk

2012-10-18 23:34:09
橘 颯 @so__w

年忌:白墨が黒板を掻く規則正しい音。濃緑に残る軌跡は年号と日付を形作る。教師の間延びした聲が試験に必ず出ると紡げば、周囲は一斉に洋筆を走らせた。今更憶える迄も無い程、脳裏に焼き付いている数字。夏の終わった日など如何でも良い。先輩の命日に僕は何を捧げるべきかを想う。 #twbngk

2012-10-18 23:44:27
橘 颯 @so__w

名称:先輩の名を知るのは簡単だ。ノートを見る。学園の記録を繙く。古い新聞記事を調べる。生徒達の噂話に耳を澄ます。そうすれば忽ちの内に姓も名も分かるだろう。秘されてはいないが密やかに語られる其の名を、僕は呼ぶ。しかし、先輩の口より僕達の名が紡がれる事は無い。決して。 #twbngk

2012-10-19 23:21:43
橘 颯 @so__w

黙秘:幾度もの改修を経た学舎は其処此処に不自然な断絶や間隙を持つ。加えて今尚、増築と閉鎖を繰り返す建物に、正規の物とは異なる地図が在るのも宜なるかな。有志の生徒達が編纂した物にはしかし、第二図書館に至る路は無い。僕は黙して語らず、先輩は新しい不完全な地図に微笑む。 #twbngk

2012-10-19 23:31:58
橘 颯 @so__w

花園:第二書庫に唯一穿たれている窓。其の先は行詰まっている。窓を開けども、在るのは四方に屹立する薄汚れた壁。歪んだ菱形の空。僅かな空地に降り注ぐ陽光は、疏らな雑草を虚しく照らすばかり。先輩は静かな眼で其処を見る。僕には曾て在ったと云う花を幻視[み]る事は出来ない。 #twbngk

2012-10-21 23:49:01
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