さよならアーティチョーク

夏と先輩と僕と虚構の世界
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橘 颯 @so__w

花死:びょうびょうと耳元で啼く風。何処か哀しく聞こえるのは、僕の抱く感傷故だろう。屋上の鉄網を攀じ登り、其処から見下ろす先。先輩の落ちた場所には勿論、痕跡など無い。僕は片手を伸ばし、一輪のピオニーを落とす。其の深紅は地上で鮮やかに散り、見得なかった光景が再現した。 #twbngk

2012-10-21 23:58:41
橘 颯 @so__w

空虚:先輩は一度話し始めると滑らかに滔々と言葉を紡ぎ続ける。しかし其処に宿る真贋は気紛れで、時には終始騙りで通しもした。唯一心に言葉の驟雨を身に受け続けるばかりの僕に、彼女は柔らかに双眸を伏せる。君は考え過ぎるのだねと、何一つ心裏を明かさぬ饒舌で朗らかに笑うのだ。 #twbngk

2012-10-22 23:52:07
橘 颯 @so__w

誘因:――動機は何だったのだろうね。卓上に広げられたナーサリー・ライムズの一頁に白磁の指先を置き、先輩は呟く。殺された事実を置き去りに、進んで行く駒鳥の葬儀。雀が何故矢を番えたかは判らぬ儘。では、貴女が夏を殺めた動機は何だったのか。僕の問いに沈黙だけが答えだった。 #twbngk

2012-10-22 23:57:28
橘 颯 @so__w

幻影:追憶するは人だけでは無い。時に記憶は物にとて蓄積される。よって、幽霊とは場に刻まれた記憶の映写ではあるまいか。教室で仄聞いた幼い理論をふと思い出す。唯の映写ならば此方に語り掛けはしなかろう。如何にと訊うも、先輩は朱唇にアルカイクスマイルを刻むばかりであった。 #twbngk

2012-10-23 23:31:32
橘 颯 @so__w

境界:同級生の中でも異質な存在。放課後となれば急く背に誘いを掛けたは偶かの気紛れ。しかし。――僕は行かない。其の聲は凛と張った弦の奏でる硬質さ。一息に断じて痩身は翻る。空を薙ぐ箱褶の軌跡が彼岸と此岸を二分するを、少女は諦念と共に見た。彼女は先輩と称ぶ人しか見ない。 #twbngk

2012-10-23 23:41:56
橘 颯 @so__w

卒業:――もっと早く出逢いたかった。膝を抱く僕に伸べた腕は触れる事無く擦り抜ける。其れは別れが今より早くなるのと同じ。制服を脱いだ背に掛けるおめでとうの聲も空々しい。此方は疾うに飽いている。繰り返し現れて消える後輩。酷薄は御前達の方だよ。先輩は聲を舌先で凝らせる。 #twbngk

2012-10-24 23:33:41
橘 颯 @so__w

触穢:先輩は生物に触れる事は出来無い、らしい。とは云えど、無機物ならば偶かに触れられる程度との事だが。書庫に存在する、誰が持ち込んだか知れぬ廿日鼠の標本。其の冷たい毛並みを撫でる指に、羨慕の焔が僕の胸内を焦がす。唇より熱漏らす様を横目に見乍ら、繊手は愛撫を止めぬ。 #twbngk

2012-10-24 23:44:47
橘 颯 @so__w

遠望:下る前に昇り、曲がる為に直進。第二図書館に行き着く迄の勾配や起伏は思いの他多く、全力で駆けると薄ら汗ばむ。化繊の襯衣に滲む幾らかの斑紋。歪な染みに滑石めく爪が減り込み、けれど何の感触も残さない。鞴の息を吸う真似事をし乍ら、先輩は何時かの季節だけを双眸に映す。 #twbngk

2012-10-25 23:36:53
橘 颯 @so__w

継承:理科室等、特殊教室の集う一棟。昼尚微昏い其処には、媾曳に都合の良い空間が点在している。故に今、第三者が好奇を胸に、然し乍ら暗黙の規則の元、僕等を看過したのに何方とも無く嘆息する。良くある告白の光景と見られたのが不快だ。僕は引き継いだ書庫の鍵に先輩だけを想う。 #twbngk

2012-10-25 23:47:13
橘 颯 @so__w

景趣:柔かに崩れる氷菓子。露を浮かべた曹達水の瓶。指折り数えられる遠景の合間。ぼきり、と。器の中で折れた木匙に憫笑。可愛相だねと先輩が云うので、僕は憐れな子供に成る。解りもしない憧憬を抱き、触れ得ぬ世界を冀求する真似事に身を窶す。指で掬う白濁は、少しも美しく無い。 #twbngk

2012-10-26 23:44:41
橘 颯 @so__w

清聴:発表が近いのか、合唱団は今日も練習に勤しんでいる。戸の隙間より忍び入る幽かな聲は聞くまいとする程、蜘蛛糸に似て執拗に絡む。先輩は其れに合わせ、唇を動かす。歌う真似、だけ。聲は無い。――振りは得意でね。と、小莫迦にした調子で。僕は聞こえない歌にだけ耳を澄ます。 #twbngk

2012-10-26 23:54:29
橘 颯 @so__w

待機:八つの鐘音を合図に学舎は暫し口を閉ざす。個々の教室では、講師の聲や筆記具を走らせる音が聞こえるのだろう。しかし先輩は独り、第二図書館で沈黙を聞く。跫も無い。鼓動も無い。呼気の音も無い。全くの静謐に身を置き、彼女は待つ。終焉か維持か決めかねた儘、扉を見詰めて。 #twbngk

2012-10-27 23:17:51
橘 颯 @so__w

渾融:僕は不意に旋毛が見えるのに気付く。途端、ぎくりと心の何処かが拉げた様な厭な感触。高が数年。されど数年。何時の間にか開けていた視界に、彼は戸惑う。固い筋の浮いた拳に滑やかな掌が重なり、通り抜ける。其の儘、融け合う胸元。僕の中に埋まり切り、先輩は見えなくなった。 #twbngk

2012-10-27 23:27:55
橘 颯 @so__w

信書:靴箱に入れられていたは無地の封筒。恋文かと同級生に揶揄われ、僕は曖昧に微笑む。緩やかに形成されたネットワーク内、細やかに街に融け込んでいる模倣子からの便り。其れは確かに恋文と云えなくも無い。何時かは己が認める事を想い、僕は先輩への手紙を丁寧に紙挟みに収める。 #twbngk

2012-10-28 23:39:12
橘 颯 @so__w

熱度:何を触ろうと手触りは同じく、ざらりと砂を撫ぜた様。同様に普段は熱を感じる事も無い。しかし、ほんの一時。何か生緩い物が躯を掠めて行く事があるのだと、先輩は云う。――神様の温度。少し冷やかだと云う熱を、僕は想う。其れは常に夢想している先輩の手の温度に等しかった。 #twbngk

2012-10-28 23:50:37
橘 颯 @so__w

孤高:僕とは従僕である。今し方、与えられた言葉に、僕は唇を歪める。其れが形作るは嫌悪で無く、寧ろ喜悦。黒光りする鍵を手に、零れそうになる笑声を頬を噛み堪える。主たる先輩が仕えるを良しとしないとしても。僕は傅く事を止めない。其れが、彼女を独りに押し遣るとも知らずに。 #twbngk

2012-10-29 23:43:01
橘 颯 @so__w

虚構:からからとリールの回る音が響く室内。映写機がクリィム色の壁面に映し出すのは、ノイズ混じりの無声映画。先輩と僕は黒白の映像に、即興の聲を当てる。同じ動きを繰り返す男女。毎回違う台詞。ハッピーエンドもバッドエンドも先輩次第。たった一本のフィルムが万の世界を創る。 #twbngk

2012-10-29 23:54:00
橘 颯 @so__w

乖離:夏の帰還は最早、誰にも求めてられていない。再来に関し、人々は危機感を抱いている。緩かな変化ならば順応も出来よう。しかし、突如目覚めたならば適合出来ない所に迄、人は来てしまった。機械だけが管理する遠洋に隔離された夏。先輩が擬い物と嘲る其れにすら僕は触れ得ない。 #twbngk

2012-10-30 23:44:54
橘 颯 @so__w

伝染:熱病の様な私、から、僕、への変容。しかし、其れは飽く迄も個としての変異でしか無い。周囲からの奇異の眼差し、或いは教師からの説諭が有りこそすれ、概ね個性の枠に収められる。其れでも。年を経る毎に、僕は僅かずつでも増えて行く。先輩の存在する限り、一定数は消えない。 #twbngk

2012-10-30 23:50:22
橘 颯 @so__w

慰藉:――鞦韆がさ。好きだったのだと先輩は云う。重力に逆らい膨らむスカァト。宙を蹴る娜やかな脚。想像を膨らませる僕に、彼女は首を振る。誰も乗せない儘、揺らすのが良いのだと。途端、僕の脳内で鞦韆が揺れ出す。緩慢と繰り返される振子運動。其処に、二人は小さな自分を見る。 #twbngk

2012-10-31 23:23:47
橘 颯 @so__w

飛揚:四角い空を横切る影。ごうごうと雲を排けて飛ぶ飛行機に、仰ぎ見る面が一つ聲を零す。――人は簡単に空を飛べる。先輩が口にすると、他愛の無い言葉に別の意味を見る。――影送りをやった事は無いかい。もう出来ないがねぇと笑い混じりの云いに、僕は床を這う己の影だけを映す。 #twbngk

2012-10-31 23:35:00
橘 颯 @so__w

教示:日数は足りている。手帳の印を数えた後、僕は第二図書館へ足を向けた。――ねぇ君、鳥渡明日は授業を抜けておいで。そう誘いこそすれ、先輩は勉強を教えては呉れない。彼女は精神こそ老成しているが、知識は酷く散漫だ。学生の儘で止まった時。今日は何を教えようかと僕は呟く。 #twbngk

2012-11-01 23:22:25
橘 颯 @so__w

棄児:遠い眼差しに、僕は迷子なった時を思い出す。良い子だから此処で待って居なさいとの言い付けを守らず、逸れたあの日。先輩は屹度、其の儘置いて行かれた子供だ。言付けを守り、待ち続けて居る。泣く事すら出来ない横顔に、ポスタァの色が透けて重なる。蒼い一点。恰も涙の様に。 #twbngk

2012-11-01 23:32:56
橘 颯 @so__w

自罪:何処からとも無く届く、ぶぅんと体幹に響く低周波。其れは回転速度と傾斜を調整する音。僕は授業で教師が語っていた内容を、寝台の上で朦朧と脳裏に浮かべる。整然と管理された世界。其の中で欠落した季節。先輩が起こした奇跡。其れは本当に彼女の意思で成ったのだろうかとも。 #twbngk

2012-11-03 23:44:18
橘 颯 @so__w

枯凋:鈍い音を立てて引き千切られる色褪せた草達。窓外には襯衣の袖を捲り、しゃがみ込む背。近付く事すら出来ない儘、先輩は双眸を伏せる。爪に入り込む湿った褐色の土を思い返し、撫でる指先。昔、彼処には花が在った。錆びた移植鏝。壊れた如雨露。反覆する試みの先は見えている。 #twbngk

2012-11-03 23:54:48
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