さよならアーティチョーク

夏と先輩と僕と虚構の世界
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橘 颯 @so__w

異物:教室に出来た空席。しかし、教師は淡々と授業を進める。細やかな反抗も予定調和の内。管理者の思惑からは逸脱しない。異例な亡霊の存在をも寛容に内包しているのだと彼等は考えている。実在を確認出来ずとも。僕達は唯、思春期における精神疾患の一例として定義付けられている。 #twbngk

2012-11-04 23:40:48
橘 颯 @so__w

拒絶:紙に描かれた二種類の線。小振りな円と緩やかな曲線。隣合う其れ等は交わる事が無い。閉じた輪は何も中に入れず完全に介在を拒み、且つ終わりを示している。曲線は偏に円の外で己の完結を行うだけ。――此れが私さ。僕の手でノートに描かせた円の内に指先を置き、先輩は微笑む。 #twbngk

2012-11-04 23:51:44
橘 颯 @so__w

墻壁:僕が帰る寄宿舎を先輩は羊小屋と称する。学舎に集う従順な羊の群。用途別に飼育された彼等が出荷される迄、確実に保管する施設だと。――其れともハイヴかしらん。底意に満つ聲は蜜の様に滴る。ならば、僕が抱く女王は先輩だ。物分かりの良い答に、感触の無い接吻が下賜された。 #twbngk

2012-11-05 23:35:51
橘 颯 @so__w

倒錯:大人達が度々語る過ぎ去りし物達。周囲が聞き流す其れに、僕は耳を澄ます。先輩が見た物の欠片が在りはしないかと。美化された過去から装飾を引き剥がす。恰も豪奢な衣服を脱がせる様に。或いは化粧を拭い、痘痕の素顔を覗く様に。後ろ暗い悦楽は、僕の腰骨辺りを甘く沈ませる。 #twbngk

2012-11-05 23:46:31
橘 颯 @so__w

母体:今日は外出日。学園外に出る限られた手段に乗り込むと同時、轟音が横を行き過ぎた。猛然と去るはオムニバス。ハンサムキャブの小窓から見送り、覆いを下ろす。其れだけで、照明を落とした車内は偽夜で満ちる。座席から伝う均一の振動。胎内めく車中で、僕は母で無く先輩を想う。 #twbngk

2012-11-06 23:41:34
橘 颯 @so__w

辰星:とつ、と。否、ふわりと。羽毛よりも尚軽やかに、エナメル革の靴先が渾天儀に降りる。重力の束縛を知らぬ乙女は真鍮の白道環上を危うげに歩く素振り。何と云う冒涜か。なれど、先輩は自らも星なればと素知らぬ顔。出鱈目な軌道を描くスタアは然し、天に還らず未だ僕の傍に在る。 #twbngk

2012-11-06 23:47:21
橘 颯 @so__w

水没:飛行船が銀の腹を見せて東から西へと航って行く。真上を行き過ぐ際に降り注ぐ告知は一体誰に向けているのだろうか。閉ざした窓越しの聲は曇り、水中で話している様だ。音ばかりで意味を無くしている。――ならば我々は水底と云う訳だね。僕の独白に、宙を泳ぐ先輩が混ぜ返した。 #twbngk

2012-11-07 23:35:51
橘 颯 @so__w

常世:偶かに先輩は語る。地図上に無い土地の事。其の名はイハーテ。――其れは何処に在りますか。耳に快く、眼にも鮮やかに浮かぶ程精緻な光景に、僕は焦れて問う。――却説。理想郷とは理の内に想いし郷。なれば、理無くしては無理郷よ。彼我の境に佇む婦は、誘うが如く手を伸べた。 #twbngk

2012-11-07 23:46:54
橘 颯 @so__w

劃一:アトリウムに注ぐ陽は何時でも碧掛かっている。色硝子を透過した、人工的な穏やかで円かな光。階下の生徒達は衝突する事無く、靭やかに干渉を避けて遊歩する。同一の制服も相俟って、回遊する細小魚の様だ。階上より見下ろす僕には個の見分けが付かない。先輩が見る僕と同様に。 #twbngk

2012-11-08 23:29:47
橘 颯 @so__w

暇乞:窓辺の陽光、最後の一筋が断ち切られる頃。はたと本の閉じられる音に先輩は居住まいを正す。箱襞の端を両の指先で摘み、僕へと典雅に一礼。――さようなら、御機嫌よう。彼女は別れの挨拶は欠かさない。時に御座成りにはなれど、決して等閑にはせぬ。明日の実存を信じぬが為に。 #twbngk

2012-11-08 23:40:13
橘 颯 @so__w

回帰:最上階の部屋のみに存在するドーマーウィンドウ。其処に収まった痩躯は、一幅の肖像画だ。同室の者が漏らした偶感に僕は頭[かぶり]を振る。棺だと。其の昔、埋葬の際には四肢を折畳んだと云う。母の胎に還る様に。―-還りたいのかい。――還りたいね。述懐は酷く曇っていた。 #twbngk

2012-11-09 23:43:38
橘 颯 @so__w

虚飾:僕に届いた家族からの手紙は、メイルで無く実体の封書だった。封を切ると独特の芳香。顔を蹙め、改めた内容は常の儀礼的な文。シュリンクで保護する迄も無い。紙の自分解を待たず、燐寸で焼却した。――埋めれば良いのに。先輩の勧めに彼は首を振る。土壌を汚染するとばかりに。 #twbngk

2012-11-09 23:54:39
橘 颯 @so__w

群小:――イイ子だった。彼女が一言で称する度、胸の何処かが拉ぐ。簡潔で。端的で。如何しようも無く過去形。挙げられた人名には存命の者も居る。近日に便りを寄越した者も居る。其れでも、先輩にとって僕達はイイ子でしかない。其処に冠する形容の有無を知るのを、僕は恐れて居る。 #twbngk

2012-11-10 23:38:58
橘 颯 @so__w

艶冶:彼女は御姉様の事を考える。姉と云えど血縁は無い。有って欲しかったが、提供者が全く異なるのを既に確認している。姉と呼ぶのは偏に、先輩との呼称を固辞された為だ。――其の名に相応しい婦は、僕にとって唯一人。御姉様が綴る四文字の艶、いじらしさ。後輩は其処に色を見る。 #twbngk

2012-11-10 23:51:06
橘 颯 @so__w

欠落:万人にとって死は未知である。ならば既知の者に聞きたいと願うは当然だろう。――如何でした。心馳せの中に抑えきれぬ好奇を宿し問う後輩に、先輩は忘れたと零す。彼の時は恐らく頭蓋の中身を零した際に欠けて仕舞ったのだ。以来、ぽかりと開いた儘の虚ろを彼女は見続けている。 #twbngk

2012-11-11 23:04:31
橘 颯 @so__w

帷幕:宛ら寡婦の面紗の如く。先輩は斯く称して、僕に向き合う。つと伸びた指は突き付けた訳では無く、掬おうとしての事。燐光散る指先は然し、重々しく垂れる彼の前髪を揺らしはしない。――扠、何方かね。見られたくないのか。見たくないのか。――貴女以外は。返答に笑声が弾けた。 #twbngk

2012-11-11 23:14:55
橘 颯 @so__w

糧食:弁当箱に犇めく紫紺。他色は無い。此の時期、先輩は葡萄のみを昼食と定めている。濃色を悉に剥ぎ、現れた翡翠の粒を摘む指。果蜜に塗れた其れは白さも相俟り、蝋石の如くに澄んだ光を帯びた。――食べるかい。幾度目かの誘いに僕は頭を振る。其の紫の指をこそとは終ぞ云えぬ儘。 #twbngk

2012-11-12 23:29:07
橘 颯 @so__w

辛櫃:一度意識すると、意識は勝手に関連付けを始める。電車に乗り。部屋に入り。箱を開き。そして僕は思うのだ。此処にも。其処にも。彼処にも。大凡囲われた空間を眼にする都度。世界には棺が濫れている、と。そう、僕に教えたのは先輩だ。其れ故か。彼女の躯は最早其処から出ない。 #twbngk

2012-11-12 23:39:17
橘 颯 @so__w

亡霊:裏庭にのみ現れる逃水。フイルムに焼き付けたとて意味は無く。さりとて彼女が赴く事も儘成らぬ。一掬いでも秘された箱庭に宿せたなら、彼の婦の慰めにもなろうに。其の反面。夏の残滓と邂逅を果たした際、先輩が其処に融けたなら。恐れに足を竦ませる僕を笑う様、地鏡は唯光る。 #twbngk

2012-11-15 23:30:34
橘 颯 @so__w

領域:先輩は第二図書館書庫より出ない。――此所に思い入れでも。僕が投げた当然の問いに細馘が傾ぐ。秘密めかした表情は単に、装うのが巧いだけだ。亡霊の理と云う物は今でも良く解らない。そも、彼女には自分の在り様が真当なのか否か判断が付かないでいる。其れ故、扉を出得ない。 #twbngk

2012-11-15 23:41:32
橘 颯 @so__w

仮装:脂色の繻子が揺れる麦藁帽子。鳥篭めく編上げのサンダル。肩紐も華奢な白いワンピース。無人のソファ上に横たわる、完全に再現されたBS[ビフォアサマー]の装いは、自ら纏うに烏沽がましい。肉の無い抜け殻に僕は侍り、其の裾に唇を寄せる。先輩が纏う姿をこそ、彼女は想う。 #twbngk

2012-11-16 23:28:40
橘 颯 @so__w

選別:何組の誰某はTNである。そんな噂は、何時になろうと絶える事は無い。生まれ付きの特別。将来が瞭然と敷かれている者達。そうであればと、誰もが願う。そう云えば。先輩は如何なのだろうかと、僕は思う。――私の頃は誰もがテンネンだったさ。如何にも可笑しげに彼女は嗤った。 #twbngk

2012-11-16 23:40:46
橘 颯 @so__w

離魂:――同じ顔が他に居るなら、自分が居る必要は何処にある。本に刻まれた離魂体の活字を撫で、先輩は問う。若し中身も同一ならと試す様な口振りに、僕は其れは貴女以外何物でも無いと断ずる。だが次いで同一は在り得なかろうと苦笑するのに、彼女はシニックを浮かべるだけだった。 #twbngk

2012-11-17 23:31:07
橘 颯 @so__w

集積:占いとは一種の統計学だと先輩は一蹴した。数多の前例から類型を探して応用する。例が多ければ多い程、精度は増す。要は情報さえあれば、誰とてらしく振る舞えるのだとも。なら貴女は如何にと問う僕に、少女はふと眸を伏せ。――サァ。自分だけで手一杯さ。そう淋しげに呟いた。 #twbngk

2012-11-17 23:41:22
橘 颯 @so__w

偶像:学舎に本来ならば在り得ない男の姿。先輩は動揺を見せず、腕を広げて彼を招き入れる。――何ともお懐かしやだね。僅か顔を蹙めた彼に、少女は未だ足りないかいと肩を落とす。変わらない顔が変わらない聲で、違う笑い方をする。細やかな違和こそ決定的。二人共其れが判っていた。 #twbngk

2012-11-18 23:41:19
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