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さよならアーティチョーク

夏と先輩と僕と虚構の世界
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橘 颯 @so__w

対話:母の話をしようと思う。産みの親ではない。此の世に生を授けてくれた者の面差しは残っていないのだ。無論、巡り会う事叶うならば、感謝を捧ぐ事だろう。だが、この度語るは、慈しんでくれた育ての母の事だ。今はなき母の事である――。先輩は己に語る。今日も明日も、在る限り。 #twbngk

2012-11-18 23:52:01
橘 颯 @so__w

義理:面会日に現れたのは母だけだった。早々にハンサムキャブへと乗り込み、僕と婦は其々壁に身を預ける。――父は仕事。簡素な一言は、良き市民であると云うアピールでしか無い。頓てシガロの煙が薄く車内に立ち込め、二人を隔てる。先輩には無い、女の香よりも好ましいと僕は思う。 #twbngk

2012-11-19 23:00:36
橘 颯 @so__w

停滞:ふと投げた呼聲に先輩は応じなかった。ペッパーズ・ゴーストめいて希薄な姿。位相がずれたのだ。此方を見ぬ双眸に僕は悟る。粒子の荒い眸は光沢を持たず、其処からは向こう側を伺い知る事は出来ない。――此方側は過去ばかりで未来は無い。帰還した彼女は覗き込む眸を拒絶する。 #twbngk

2012-11-19 23:11:30
橘 颯 @so__w

墓地:第二図書館に収められている書籍は、全てが二度と開かれる事の無い物ばかりである。古びてはいても古書と云うには未だ若輩なのだが、希少価値も無い。書架と云う棺に収まり火葬を待つ死者の群。――君は定めし、墓守だね。僕の黒衣を指して、カタコンベの主たる先輩は揶揄する。 #twbngk

2012-11-20 23:09:32
橘 颯 @so__w

証明:貴方は私では無く、私は貴方では無い。ならば、貴方が居なくなった時、私は貴方に成りうるか。同一で無くとも、其れを指摘する貴方はもう居ない。ならば其れを私と認識する者は私自身に無く、私が貴方で在る以上、此処には貴方しか居ない。此れにてQEDと、少女は眸を閉じた。 #twbngk

2012-11-20 23:20:20
橘 颯 @so__w

元始:贋者。一息で放たれた言葉は突き刺さるに足らず、互いの間に力無く落ちる。僕の眸は先輩を映さず、先輩も先の言葉を否定しない。――××さん。泣いている様な声音に、応じ掛けた唇が緩やかに開閉した後、ひたりと閉じる。終に一音も漏らさぬ儘、少女は蹲る少年を唯見下ろした。 #twbngk

2012-11-21 23:32:03
橘 颯 @so__w

体温:穏やかな日々が暇を告げ、書庫には沈々とした冷気が溜まり始めている。僕が吐き出す呼気も白濁を帯びる様になって来た。――識っているかい。自分が生きる為の熱は、自分で作るより無いのだよ。死に行く者は、だからこそ冷たい。白煙を眼で追い、先輩は語る。其の聲は濁ら無い。 #twbngk

2012-11-21 23:43:01
橘 颯 @so__w

鳥座:書庫の隅に蟠る毛布に敷布。カヴァーの無いクッションが幾らか。何時かの、そして歴代の物でもある巣作りの名残を、僕は掻き集めて整える。空調は随分と前から壊れたきりで、修繕される気配は無い。――君の巣は此処じゃァ無かろうに。呆れを見せる先輩を尻目に、冬支度は進む。 #twbngk

2012-11-22 23:30:36
橘 颯 @so__w

溟海:轢々と。めきめきと。硬い物を擦り合わせる音が内より響く気がして、僕は痛む膝を押さえる。躯が成長する上での轢みではあるが、不快感は如何ともし難い。――蒼ゥい流氷が砕けているよ。膝頭に耳を寄せ、聞こえる筈の無い音を聞く先輩に、僕は体内に満ちる氷海を幻視[み]る。 #twbngk

2012-11-22 23:40:44
橘 颯 @so__w

繁殖:卒業間近となれば、彼方此方でペアが出来上がる。僕の傍にも一人の少女が付き纏う様になった。セットだからと告げる聲は揺ぎ無い。彼女は其れだけで束縛出来るのだと思っているのだ。セットは飽く迄も『提供』さえすれば問題無い。先輩に似つかぬ面貌に、彼は義務だけを果たす。 #twbngk

2012-11-24 23:02:43
橘 颯 @so__w

形骸:神様の棲家。学舎の一角に佇む百葉箱を僕達はそう称ぶ。塗料すら所々剥がれ、中の装置も佚した虚の箱。――彼処に神様が居た。其れは真実、先輩の言葉ではあったが。崇拝を欠かさぬ僕達を初めの僕は嗤う。元、神様の棲家。其処に居たモノが今何処に居るか、彼だけは識っている。 #twbngk

2012-11-24 23:13:47
橘 颯 @so__w

疎通:話をしようと彼女は云った。硬直する後輩に対峙した先輩は、宜なるかなと胸裡で零す。何時だって始まりは同じだ。然し、他に方法は無い。触れられはしないが、視認と対話で十全。理解は不可能でも知る事は出来ると少女は誘う。――だから話をしよう。二度目の聲に、頤は動いた。 #twbngk

2012-11-26 23:00:53
橘 颯 @so__w

言語:Aの言葉はBに通じる。Bの言葉はAには通じないが、Cには理解可能だ。CはAの言葉もBの言葉も理解出来るが、Cの言葉は誰にも通じない。言葉には斯様な事が儘有ると云い置き、先輩は僕に扠と切り出す。――幸いなのはどれだろう。聲は何処か異国めいた音調で室内に響いた。 #twbngk

2012-11-26 23:11:52
橘 颯 @so__w

烏夜:マシマロかね、其れともクリィムかね。否、其れ以前にココアは邪道だ。ショコラショーにし給えよ。等々。先輩は飲めぬ癖をして注文を付ける。苦笑する僕の手元、マグの中には然し艶やかな闇が沈殿していた。――身中に飼う夜は純然たる物が好いのさ。傍らで猫目が満足気に笑う。 #twbngk

2012-11-27 23:11:31
橘 颯 @so__w

経路:駆け落ちと細い筆跡で綴った書類を整った指先が引き裂く。細切れになった紙片は無数の小鳥となって少女の手から旅立つ。何処にも行けはしないと云うのに。彼等も、背負わされた希いも。進路調査票を睨める僕に、先輩は何時かの幻影を見る。疾うに選び終えた彼女に進路は、無い。 #twbngk

2012-11-27 23:22:27
橘 颯 @so__w

通信:第二図書館には電話がある。年代物、風なカウンタにひそり。黒電話や昔の複製品ならいざ知らず、つるりとした樹脂の事務電話は、いっそ不釣り合いだ。電纜は何処にも無い。完全に孤立している其れの受話器を僕は取り上げる。――ヘロウ。姿を見せぬ先輩の聲だけが其処に在った。 #twbngk

2012-11-28 23:44:35
橘 颯 @so__w

遠望:トークンがスロットに飲み込まれる。途端、明転した視界に軽い眩瞑。二三の瞬きの後、安定した僕の視界が立方体を捉える。望遠鏡の倍率が低い為か、掌に乗せられそうな其の寸法に思わず腕を伸ばす。夏のレプリカ。そっくり先輩に渡せたなら。僕が握り締めた拳はけれど、空の儘。 #twbngk

2012-11-28 23:49:38
橘 颯 @so__w

相似:かちりとスウィッチを押し込み、角灯に灯を燈す。だが其れは、焔の妖しくも軽やかな灯では無い。フラットで無機質な電燈だ。――火気厳禁、だからねぇ。火を真似た揺らぎを持ちこそすれ何処か余所余所しく、熱を持たない灯を爪先で弾き、愛でる少女の眸。僕は其処に親愛を見る。 #twbngk

2012-11-29 23:42:58
橘 颯 @so__w

不朽:硝子を透過した陽光が床に光の帯を引く。其処に佇む少女に、緑なす黒髪と云う表現は先輩に相応しい、と僕は思う。頭を傾ける度、時折差す濃緑の光沢。其の示唆に常磐色と桜桃の唇が紡ぐ。――とこいはとは、永劫変わらぬ事の意さ。最早鋏を通さぬ天鵞絨の外套めく長髪が靡いた。 #twbngk

2012-11-29 23:50:52
橘 颯 @so__w

箱猫:斎場に安置された棺は不釣合いに大きかった。固く閉ざされた蓋からは中を伺い知れず、望んだ所で見る事は決して叶わない。だから僕は其処に先輩が居るのだとは、到底思えなかった。――見えなかったのだから、居なかったのだろう。あの日の写真と同じ顔をした少女は、そう嘯く。 #twbngk

2012-11-30 22:10:28
橘 颯 @so__w

睡眠:じいじいと虫の囀りに似て冷凍庫が啼く。常冬に眠るは、幾許かの種子。所詮は素人の保管なので芽吹くかも判らない。何より夏の花種故、育ちはしなかろう。唸る立方体に腰掛ける真似をして、先輩は扉の縁を指でなぞる。――屹度此の儘が良いのさ。言い聞かせる声音に僕は首肯く。 #twbngk

2012-11-30 22:20:37
橘 颯 @so__w

共感:夏は本当に存在していたのか。教室で交わされる議論に、僕は加わる事無く耳を聳てる。彼等が生まれた時には既に欠け落ちていた季節。其れは御伽話や怪談めいて現実感が無い。暑さは解ろうとも、経験を伴わない感覚は何処迄も他人事だ。其れ故、僕は先輩を真に識る事は出来ない。 #twbngk

2012-12-03 23:45:44
橘 颯 @so__w

確率:指先で弾かれた硬貨が回転し、掌に掌に墜ちる。表と裏の確率は今の所半々だ。一方が片手分を超えて連続する事は無い。世界はそう云う物だ。――然し、此の世界で表が出続けないからと云って、其れこそが作為ではないと如何して云えよう。僕に硬貨を投げさせた先輩は斯く歌った。 #twbngk

2012-12-03 23:52:15
橘 颯 @so__w

造言:情報は正しく伝達され無い。其処に個人の主観が介在する以上、ノイズは一定数存在し、完全に消し去る事は不可能だからだ。又、故意に不要な情報を混ぜる者とて居る。――故に、妄信しては不可ないよ。先輩の箴言に、僕は承諾を返す。其の虚偽を前提として尚、信じているが為に。 #twbngk

2012-12-04 23:30:31
橘 颯 @so__w

魂魄:ゴーストとは、フレームを外した中身である。器の中に水が満ちる様に、元来は不定形で在るべき筈だが、多くは生来の形を模す。――魂は細胞の内[ゴーストインザシェル]に、と云う訳さ。肉体其れこそが、己を認識する寄す処だと云う先輩。そんな彼女の模倣を、僕は知り得ない。 #twbngk

2012-12-04 23:43:50
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