山本七平botまとめ【ヒストリア/目撃者の記録①】/全てのしがらみから自由で”正確な記録”である回想記『虜人日記』

山本七平著『なぜ日本は敗れるのか―敗因21ヶ条』/第1章 目撃者の記録/10頁以降より抜粋引用。
1
山本七平bot @yamamoto7hei

1】【目撃者の記録】前略~では、どのような形になれば正確な記録になりうるであろうか。もしかりに、横井・小野田両氏が、昭和二十年前後に相当詳細な日記をつけ、それをどこかに埋めて忘れてしまったと仮定しよう。<『なぜ日本は敗れるのか』

2012-08-30 06:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

2】内地に帰ってしばらくたってからそれを思い出し、何らかの方法で再び手に入れ、それを一言一句訂正せずに公表し、その内容のうち現代人に理解できない部分や情況は…読者が納得するまで説明する、いわば当時の自分の状態と現在の自分の状態の間に立って自ら通訳するという形をとったと仮定しよう。

2012-08-30 07:27:59
山本七平bot @yamamoto7hei

3】もしそれができたら、おそらくそれが、現在われわれが読みうる最も正確な記録であろう。では、そういう記録があるであろうか。ある。私は、故小松真一氏の『虜人日記』に、それを見出したのである。

2012-08-30 07:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

4】…林屋辰三郎氏が【私は、常に、歴史資料は、『現地性』と『同時性』という二つの基準に照らされなければならないと考えます。文献ならば、それが、その場所で書かれたものかどうかということ、これが『現地性』です。

2012-08-30 08:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

5】そして、その時に書かれたものかどうかということ、これが『同時性』です。このX軸とY軸の二つの軸で判定して、その基準に近づけば近づくほど、史料として価値が高いということです】と記されている。この基準は、現代史にもそのまま適用できるであろう。

2012-08-30 08:57:48
山本七平bot @yamamoto7hei

6】従って横井・小野田両氏の記述は「現地性」はあるが、現代史の基準としては、戦争中と戦争直後の部分に関しては「同時性」がうすいと言いえよう。だが問題はそれだけではない。

2012-08-30 09:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

7】現代史ではこのほかに、生存する関係者への配慮や、政治・経済・外交上の要請から、資料に意識的な改変は加えられていない、という保証も必要である。政変のたびに改変される”党史”は、現地性と同時性はもっていても、否、もっていればいるほど、その信憑性には疑問をもたざるを得なくなる。

2012-08-30 09:57:48
山本七平bot @yamamoto7hei

8】またたとえそれほどでなくとも、その現代史の中の一員としてその社会に生きている限り、人は対人関係・対社会関係の完全な無視は難しい。従って、時勢への配慮とその為の意識的無意識的迎合があっても不思議ではないわけだが、この点において、それが皆無なのがまたこの『虜人日記』なのである。

2012-08-30 10:28:03
山本七平bot @yamamoto7hei

9】なぜそう断言できるか。著者の成り立ちがそれを示しているからである。著者の小松真一氏は軍人ではない。氏は、陸軍専任嘱託として徴用され…結局、われわれと同様の辛酸を舐めて、終戦を迎えたのであった。…(序文省略)…この序文に人は何の感動もおぼえないであろう。

2012-08-30 10:57:48
山本七平bot @yamamoto7hei

10】だが、当時「書く」ということは大変なことであった。第一、紙もなければ筆記具もない。どこを探しても、一冊のノートも一瓶のインクもない世界である。

2012-08-30 11:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

11】氏は、その書写材料をどうやって入手したか記していないが、手製の八冊のノートを手にしただけで、私には、労働キャンプでこれだけのものを作ること自体が、どれほど大変な作業であったかを、思わざるを得なかった。

2012-08-30 11:57:48
山本七平bot @yamamoto7hei

12】表紙は、米軍の部厚いクラフト紙、中はタイプ用紙である。この紙がよく入手できたと思う。カランバン第四収容所で私の隣りにいたKさんは、トイレットペーパーを四枚かさねて、その上に、エンピツでソーッと書いて、戦犯裁判に備えるメモを作っていたのだから。八冊とも、きれいな和綴である。

2012-08-30 12:28:03
山本七平bot @yamamoto7hei

13】だがこのとじ糸は、元来「糸」ではない。カンバスベッドのカンパスをほぐして作った糸である。日常生活で、紐や糸がどれほど決定的な必需品か、我々は意識していない。従ってそれがなくなってしまった生活は想像できないであろう。

2012-08-30 12:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

14】カンパスベッドは、そういう情況下では、大変に有難い糸と紐との”原料”であった。いくつかのベッドが秘かに処分されてそのために消え、同時にその脚は、後に、マージャンパイの材料やパイプになった。

2012-08-30 13:28:07
山本七平bot @yamamoto7hei

15】小松氏は鉛筆は持っておられたらしい。だがこの日記に豊富に出てくる巧みなスケッチの色彩は絵具ではない。殆どが、収容所の医務室から手に入れた薬品である。マラリヤの薬のアデブリン錠を水で溶いた「黄」、マーキロが「赤」…さらにこれらの”原色”を混ぜて、さまざまの色がつくられた。

2012-08-30 13:57:48
山本七平bot @yamamoto7hei

16】…本書は、まずその材料が、その内容の「同時性」と「現地性」を余すところなく証明している。この点、昭和三十年に東京で印刷された記録とは、その価値が違う。従って比較すること自体が、はじめから無意味かも知れない。だが現代史資料は、前述のように、それだけでは必ずしも正確ではない。

2012-08-30 14:28:01
山本七平bot @yamamoto7hei

17】”終戦”は単に日本が戦争に敗れたというだけでなく、一つの革命だった。昨日までの英雄は一転して民族の敵となった。同時にすぐさま新しい独裁者が、軍事占領に基づく絶対の権威をもって戦後”民主主義”を推しすすめていた。

2012-08-30 14:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

18】従って当時の多くの人の記述に見られるのが、新しい時代に順応するための自己正当化の手段としての、過去の再構成である。

2012-08-30 15:36:50
山本七平bot @yamamoto7hei

19】それは時には自己の責任を回避するため、一切を軍部に転嫁し、これを徹底的に罵倒するという形になったり、自分や自分の所属する機関を被害者に仕立てるという形になっている。ある大学は軍部に追われた教授を総長に迎えた。軍部に追われたというが、実際は、彼を追い出したのは大学である。

2012-08-30 16:28:09
山本七平bot @yamamoto7hei

20】しかし、その大学がその教授を総長に迎え、大学自体をその総長と固定することによって、自分の過去を再構成し、あたかも大学自体がその総長同様に被害者であったかの如き態度をとって、そのまま存続した。

2012-08-30 16:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

21】同じことをした言論機関もあるが、勿論この傾向は、あらゆる機関から家族・個人にまで及んでいる。こういう場合、その大学や機関等の記す「戦中史」や「回想記」は、たとえ、「直後にその場」という「現地性」と「同時性」を備えていても、信頼できる歴史でも記録でもない。

2012-08-30 17:28:02
山本七平bot @yamamoto7hei

22】否、むしろ、最も信頼に値しないものの一つであろう。この点『虜人日記』は、まさに稀有な状態にあるといえる。氏は軍に所属し、従ってその内部でつぶさにその実状に接していながら、軍隊という組織に組み込まれていない特異な地位にある技術者であった。

2012-08-30 17:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

23】従って組織への配慮、責任の回避、旧上官・旧部下・同期生・軍関係学校たとえば中野学校の先輩後輩といった関係等への思惑、部下の戦死に対する釈明的虚偽や遺族のための”壮烈な戦死”という名の創作等々からすべて解放されている。

2012-08-30 18:28:01
山本七平bot @yamamoto7hei

24】同時に氏は、内地の情況を全く知らなかった。中心的なカランバン収容所でさえ、内地のことは殆どわからない。まして地方のオードネル労働キャンプでは、内地情報は一切不明と言ってよい…従って、内地の変化を先どりして、それをもとにして過去を記すといったことは、氏の場合は起りえない。

2012-08-30 18:57:49
山本七平bot @yamamoto7hei

25】またアメリカの労働キャンプには、ソヴェト式の思想教育は皆無であったから、”民主的観点”から事を曲げて書く、ということも起りえない。この状態は…一種の短い空白期間ともいうべき、非常に面白い時間――そして、比島の収容所の人間だけが味わったと思われる時間であった。

2012-08-30 19:28:14