『傾城阿波の鳴門』第八「順礼歌」の一段は、『オイディプス王』にも比肩する、本朝の誇るべき名作中の名作である

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神津武男 @Izumonojyo

拙稿「翻刻・おどけ浄瑠璃『海上魚の鳴戸 寿芸歌ノ段』 ― 『傾城阿波の鳴門』第八「順礼歌」現行本文の成立時期を考える資料として ―」(『歴史の里』第12号、松茂町歴史民俗資料館・人形浄瑠璃芝居資料館、2006年所収)乞高覧。当代随一の上演頻度を誇る「順礼歌」の現行本文成立に迫る。

2012-09-11 23:54:42
神津武男 @Izumonojyo

わたくしの理解については、拙稿「翻刻・おどけ浄瑠璃『海上魚の鳴戸 寿芸歌ノ段』 ― 『傾城阿波の鳴門』第八「順礼歌」現行本文の成立時期を考える資料として ―」に詳述しておりますから、ご参照願いたいと存じます。

2012-09-11 23:58:18
神津武男 @Izumonojyo

さて以上を前置きしますのは、ほんじつ『傾城阿波の鳴門』につき「後半、作の悪さが露呈する」との評を見かけましたため。

2012-09-12 00:02:31
神津武男 @Izumonojyo

『傾城阿波の鳴門』第八「順礼歌」の一段は、『オイディプス王』にも比肩する、本朝の誇るべき名作中の名作である!

2012-09-12 00:04:21
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」の前日、第七長町裏でおゆみは、袈裟を身に付ける理由を伊左衛門に答えて曰く、「お仕置にあふならば。少は仏のお助にて。せめて未来は倶に。成仏願ふ夫が身の上。」。続けて「是に付ても思ひ出すは。三つの時国に残せし娘のお鶴。嘸二親を尋ふと思ふ程猶此身の罪。命の内に今一目」。

2012-09-12 00:16:34
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」当日の概要。(1)武太六来訪。ゆすり。十郎兵衛金策に同道して外出。(2)飛脚来訪。仲間の捕縛、逃走の勧め。(3)おつる来訪。おゆみ動揺して追い返すものの、跡を追い、外出。(4)十郎兵衛、おつるを伴い、帰宅。殺害。(5)おゆみ、帰宅。(6)捕り手急襲。夫婦放火して逃走。

2012-09-12 00:24:07
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」直前の状況。十郎兵衛の老母は前年12月、息子の依頼で「国次の刀」の所在を探索する。玉木家の内紛(後述)を解釈して、桜井主膳の反対派と狙いを定め、小野田郡兵衛の犯行と聞き出す。急報すべく孫おつると共に大坂へ向かうが、急死。住居の詳細を知らず、大坂で父を探せ、と遺言。

2012-09-12 00:30:54
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」直前の状況・続き。老母に託された手紙を父へ届けるべく、娘おつる(年があけて十とおなので、満で9才になる年、まだ8才かも)は大坂へ直行するが、まったく宛が無い、というのが悲惨。

2012-09-12 00:34:47
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」当日。(1)武太六のゆすり(密告すると脅す)、(2)飛脚の報せ(仲間に逮捕者が出た。必ずこの隠れ家も知られてします)に、おゆみは動揺。逃げもせず(夫を待つのだろう)、「盗衒も身欲にせぬ。女夫が誠を天道も憐有て国次の。刀の詮義済迄の。夫の命助てたべ」と祈願。

2012-09-12 00:41:11
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」当日。娘のおつるは、父母に老母の手紙を届けるという大目標とともに、父母に逢いたいという衝動にかられ、大坂中を徘徊する。旅中に祈るのは、「とゝ様や。かゝ様に逢れる事ぞ。あはしてたべ。南無大悲の観音様。」。母おゆみが「夫の命助てたべ」と祈ったのと、同じひと。

2012-09-12 00:51:42
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」当日。おゆみが観世音を祈ったとき(心の内に神仏。誓ちかひは。重おもき観世音くはんぜおん。)、まるで観応あったかのように、「順礼歌 ふだらくや岸うつ波は。みくまのゝ。なちのお山に。ひゞく滝たきつせ。」が聞こえる。おゆみは救われた、と思ったでしょうな。

2012-09-12 00:46:12
神津武男 @Izumonojyo

いまの今までその願いを聞き届けることのなかった観世音が、まったく最悪のタイミングで母子の願いを叶える。母の願い「刀の詮義済迄の。夫の命助てたべ」、娘の願い「とゝ様や。かゝ様に(略)あはしてたべ。」。その代償は、娘の命だ。

2012-09-12 00:58:13
える @larboard1

@Izumonojyo それでも、言葉の額面だけ見たら、願いを叶えてはいるのですよね。趣旨を採ってないだけで。

2012-09-12 01:34:32
神津武男 @Izumonojyo

@larboard1 そこが一段と、ギリシャ悲劇っぽいのですよね。

2012-09-12 01:40:22
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」。この世界の神仏(正体は作者)は、十郎兵衛夫婦の言い訳「盗衒も身欲にせぬ。」を許していない。第八冒頭「よしあしを。何と浪花の町はづれ。(略)白浪の。夜のかせぎの道ならぬ。身の行末ぞぜひもなき。」は、同段の主題。盗賊という方法を選んじゃったら、善悪なんて論外、という立場。

2012-09-12 01:05:57
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」当日。観世音が母子の願いを叶えてやる一方で、代償を求める相手は、父十郎兵衛だという点がこの物語の優れたところ。盗賊となって一家を破滅に導いた本人が最も悲惨な立場に追い込まれる(その目的が桜井主膳家に帰参し、もとの侍に立ち返り、一家の再会を願ったものであったとしても)。

2012-09-12 01:10:55
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」の後半。夕暮れ時、浮浪者らから助けられ、大男に手を引かれ、連れてこられた先が、さっきまで居た家とは、おつるには判らない(暗いし、見知らぬ男が恐いから)。

2012-09-12 01:16:01
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」後半の以後の進行は、舞台にみる通り(老母の手紙の小段に省略があるか)。

2012-09-12 01:22:12
神津武男 @Izumonojyo

「順礼歌」当日の来訪者。(1)武太六。(2)飛脚。(3)おつる。(4)十郎兵衛。(5)おゆみ。【番外】老母(の遺書)、(6)捕り手。いづれの順序が違えば、アノ話には展開しない。この怖ろしい世界を、「順礼歌」に象徴される観世音が常に見守っている、と感じられなかったのだろうか ?

2012-09-12 01:27:24
神津武男 @Izumonojyo

さて『傾城阿波の鳴門』は、時の藩主・蜂須賀重喜の藩政改革をめぐる重臣らとの対立、阿波国の特産品「藍」をめぐる大坂商業資本の思惑が絡み合い、重喜を暗君と描く、誹謗目的の実録『阿淡夢物語』の成立を背景とする。

2012-09-12 01:32:34
神津武男 @Izumonojyo

しかし浄瑠璃本『傾城阿波の鳴門』は、実録『阿淡夢物語』とは反対に、藩主側勢力を善、反対勢力(淡路の家老・稲田九郎兵衛、劇中の小野田郡兵衛)を悪、と描く。これは明和5年家質騒動に関与して世間の信頼を失った竹田近江家(座本出雲の本家)が、稲田家と関係が深いとされたことに拠ろう。

2012-09-12 01:39:05
神津武男 @Izumonojyo

『傾城阿波の鳴門』は御家騒動物なので、一見時代物と分類できそうなのですが、いつという年を特定していない。これは世話物の手法。異色な作なのです。

2012-09-12 01:44:21
神津武男 @Izumonojyo

浄瑠璃本の時代物では、「江戸」は「鎌倉」に置き換えるのが通例ですが、『傾城阿波の鳴門』では、本文に「江戸」の語を用いないが、吉原、両国の橋、武蔵野、と記して、江戸と設定。この点でも、異色な作品。

2012-09-12 01:49:12
神津武男 @Izumonojyo

@naonao200170 時代物か世話物かの指標は、年号の明示があるか否か。明示しないことで、「現在」だと示すのが、世話物なのですね。

2012-09-12 01:50:54
神津武男 @Izumonojyo

近松半二にしてみれば、いま海の向こう、徳島で進行中の御家騒動に取り組み、また脚色の方法としても際どい線を狙うなどの工夫は凝らしたものの、全体を充実させ得なかった、とは評価せざるを得ないと思います(五人の合作)。しかし第八「順礼歌」は完璧だ。

2012-09-12 01:55:11