〔AR〕その11
談話室の中央付近に備えられたテーブルの上で、二人の少女が激しく格闘している。おかげでテーブルに置かれていた花瓶や茶菓子入れの籠が無惨にも地面に転がって、決して安くはないカーペットをぐちゃぐちゃに変質させていた。ちなみに、花瓶も地下では調達することができない上等なものだ。
2012-09-14 21:18:09「lava=ersチョコレートよこせー!」 「うにゅー! これは私が先に見つけたのー! こいし様でもだめー!」 「……」 「た、助けてください、さとり様……」
2012-09-14 21:21:01人型に変化したお燐が、石化するさとりの足下に這いよった。髪の毛や服が毛羽立っており、おそらくは壇上の二名を止めに入って返り討ちになったことが伺える。
2012-09-14 21:26:26「おくうは毎度毎度食べ過ぎなんだよー! 無駄に背丈とおっぱいばっかでかくなるくせにー!」 「うにゅ! こいし様が小さいだけだよー!」 「なんだとこのー!」
2012-09-14 21:31:15取っ組み合いをしているうちの一人、こいしは、その一言で著しく激昂した。すると、一際強く、もう一人の当事者である霊烏路空の顔面に両手を叩きつけた。そして、チョコレートで黒ずんだ唇に親指を突き込み、既に咀嚼されどろどろに溶けたチョコレートで満ちる空の口蓋をこじ開けようとした。
2012-09-14 21:39:16「がががが!?」 「ちくしょー! かわいそうにこんなにとろけた私のかわいいチョコレート、せめてもの弔いにおくうのおっぱいと卵でチョコレートケーキを作るんだからー!」 「うにゅがー!?」 「こいし様! いろいろとやめてください!」
2012-09-14 21:45:05「さとり様……もう埒空かないですよ……さとり様?」 お燐はさとりの無反応さを不自然に思ったが、それを理解するより前に、さとりは、談話室の入り口にセットされていたスリッパを一組取った。その動作は、場の混乱に比べて、実に静かでゆっくりとしたものだった。
2012-09-14 21:53:52その間に、こいしは空の口に複数の指をつっこんでさらに押し広げていた。空の口からは止めどなく涎とチョコレートがあふれだし、こいしの指と袖口、空の口周りと服を汚していくが、それに誰が構うだろうか。
2012-09-14 21:56:58こいしは、抵抗する空の口の開き具合を両手でロックしていた。続いて、空と同じように口を大きく広げたかと思いきや、小振りな舌を精一杯口蓋の外への延ばす。
2012-09-14 22:05:55そのまま、あろうことか、こいしの顔面は、泣きわめく空の顔面に距離を近づけていく。そのままこいしと空の顔面が密着すれば……おおよそ想像したくもないが想像に難くない、見るも浅ましい痴態の光景が上演されることは必定であった。
2012-09-14 22:10:43その発想に哀れにも思い当たってしまったお燐は、しかして自分の目を覆い隠すより前に、一迅の風の如き何かが視界をかすめたのを感じた。それは、妖獣の胴体視力を持ってしても捉えられない速度だった。
2012-09-14 22:16:30お互いの顔とチョコレートのことしか認識していないこいしと空に、その強襲者を察知できるはずもなく。 後一歩、数ミリでこいしの舌が空の黒い口の中を侵略せんとしたところで。
2012-09-14 22:20:22この惨状を喜劇に変えるかの如き、あまりにも鮮やかな快音。 こいしと空はテーブルの上から転げ落ち、したたかにカーペットの床に脳天落下した。 そしてその二人とテーブルを挟んで、スリッパを二刀に構えているのは、他ならぬさとりだった。
2012-09-14 22:30:37「……二人とも」 「あ、あう……」 「ぐじゅ、ぐじゅ……」 「おくうは口を閉じてさっさとチョコレートを胃に収めなさい。これ以上カーペットを汚すことは許しません」
2012-09-14 22:34:11その様子に釘付けになっていたお燐は、さとりの声音に背筋を総毛立たせた。今この場には自分を含めて四名しかいないが、もし他のペット達がいたら、蜘蛛の子散らすが勢いで逃げていったことだろう。
2012-09-14 22:41:14「……まずは談話室を片づけて、その後に服を全部洗濯かごに入れて体を洗ってきなさい。説教はその後です」 「は……」 「はひ……」 (こいし様が有無をいわさず従ってる……これはさとり様久々のご立腹だ……)
2012-09-14 22:45:28あまりの恐怖に、お燐は下腹部がちぎれるようなしまりを覚えた。もし猫状態であったならば、反射的に失禁していたかもしれない。 そう。これが、これこそが、古明地さとりのもう一つの恐ろしさであった。
2012-09-14 22:57:02