〔AR〕その11
夕食の時間が差し迫っていたので、お燐は気を回して四人分の夕食を用意していた。他のペットの食事は担当のペットがやってくれるので問題はない。
2012-09-15 21:13:10さて、食堂にやってきたこいしと空は、そろって青い顔でぐったりとしていた。どちらも能天気が服を着ているような性格であるだけに、このグロッキー状態は珍しい。それだけ説教が凄かった証左でもあるので、珍しいと思うよりも先に、お燐の肝はただ冷えるばかりであったが。
2012-09-15 21:20:03「お燐、ありがとうね、夕飯用意してくれて」 「い、いえ……残り物と缶詰をかき集めただけですから……」 「それと、しばらくチョコレートは買い込まなくていいわ。時間があるときにクッキーでも焼きます」 「承知しました……」
2012-09-15 21:25:59おそらくは、説教の際、チョコレート禁止令でも敷かれたのだろう。お燐としては、こいしと空が喧嘩する原因が減るのと、ブランド品であるlava=ersチョコを買いに苦労をする必要が当分なくなるのは喜ばしいことだった。が、さとりの疲れ顔をみると手放しに喜べるものでもない。
2012-09-15 21:29:20……食べ始めて数分、誰も声を発しようとはしない。普段からおしゃべりであるお燐はおろか、条件反射で生きているようなこいしですらもだ。ちなみに、空は大体口いっぱいに食べ物をつっこむのでしゃべれなくなるが、今日に限っては焼き鳥の缶詰をひとかけらずつ、啄むようにおとなしく食べていた。
2012-09-15 21:34:50「……おくう、守矢神社はどうでした?」 「うにゅ!?」 口火を切ったのは、普段食卓ではあまり話さないさとりだった。空は羽と髪を総毛立たせて驚く。まだ怯えているようだった。
2012-09-15 21:46:46「……もう怒ってないわよ。あちらはどうでしたか?」 「え、ええと……じょ、じょーおんかくゆーごーのじっけんを手伝ってました。なんか、制御棒を水につっこむと、いつの間にかお湯に変わったりしていました」 「なにそれ。いつもおくうがやってることじゃん」
2012-09-15 21:51:58さとりが口を開いたことで場の張りつめた空気がゆるんだと見たお燐は、なるべく自然な風に口を挟んだ。それに対して空も、幾分か顔に色を取り戻し、お燐の発言に口をとがらせた。
2012-09-15 21:58:51「ちがうよー。私だったら水なんてすぐ水蒸気にしちゃうもん。でも守矢神社でやったのはね、もっとゆっくりだったよ」 「……常温核融合ね」 実は、さとりは空が守矢神社でなにをしているかは大まかに把握している。さとりは、守矢神社ともバイオネット経由で連絡を取り合っていたのだ。
2012-09-15 22:04:49さとりと守矢神社は、数年前から因縁のある仲だ。守矢の二柱は、自らの目的のために地底に干渉し、さとりのペットである空に強大な力を与えて利用しようとした。その際に、地上と地底が共に異変に巻き込まれ、かなり複雑な事態に発展しかけたのであった。
2012-09-15 22:10:24これに関して、流石にさとりは黙っているわけにもいかず、両者の関係はともすれば剣呑にならざるを得なかったが、気がつけばいくつかの外部勢力が間に挟まることで、自然と妥協案が固まっていった。
2012-09-15 22:16:19すなわち、さとり側は空にヤタガラスの力を保持させておくことを守矢神社の二柱に認めさせ、それを担保として、空を二柱の事業に協力させることを取り付けたのだ。実際にはさらに細かなやりとりがあったのだが、大筋ではそのような関係が確立した。
2012-09-15 22:21:51ところで、さとりと守矢神社が直接会合したことは、実はほとんどない。二柱側がさとりとの接触を避けているというのもあるし、さとり自身もおいそれと地上に出て行ける身分ではない。よって、両者のやりとりは、書簡を当事者である空が中継する形をとらざるを得なかった。
2012-09-15 22:27:36……実はこれが度々トラブルの種になり、第三者の協力を仰がざるを得ないことが、度々生じたのであった。一時は、仕事量を増やしてしまうのを覚悟の上で、お燐に連絡役を任せることも考えられた。というか、実際そういうこともあった。
2012-09-15 22:34:25だが、そこで今年の初夏に、バイオネットのサービスがスタートした。これによって、大きな距離を隔てている地霊殿と守矢神社の間でスムーズに連絡が取れるようになり、情報交換に支障がなくなった。
2012-09-15 22:40:28書簡のやりとりではどうしても把握しきれない現状も、バイオネットを使えば遙かに素早く知ることができるようになり、おかげでさとりの心労は幾分か減った。
2012-09-15 22:40:44お姉ちゃん、常温核融合ってなに?」 こいしも場の雰囲気が読めたのか、ようやく口を開いた。さとりは、少し顔色を持ち直し、こいしに向けて優しく答えた。
2012-09-15 22:43:00「私も詳しくはわからないけど、簡単にいえば、今まで旧地獄の灼熱跡地を使っていた核融合とは違って、ごく普通の環境……例えば、今私たちがいるこの食堂でも使えるエネルギーの生み出し方ね。守矢神社が、その技術を確立させれば、おくうは今みたいにいちいち地上に行かなくても済むかもしれないわ」
2012-09-15 22:48:54空はヤタガラスの降霊によって、核融合を操る力を得た。これは太陽活動の元である超高温高圧の熱核融合を主に司るが、常温核融合は特殊な触媒と電力によって実現される。守矢の二柱は、空が常温核融合を扱えるように実験と訓練を行っているのだ。
2012-09-15 22:50:30これは、両者に大きな利点がある。守矢神社は地下灼熱跡を利用した核融合炉のコスト高を頭痛の種としており、それに頼らない独立したエネルギー機関の開発に注力している。今現在の計画が軌道に乗れば、わざわざ地下とやりとりをする必要がなくなるというわけである。
2012-09-15 22:50:41「どうしておくうがお役ごめんになるの?」 「守矢神社が使ってる核融合炉は、おくうの力が不可欠だからよ。でも、常温核融合は、その限りではないみたい」
2012-09-15 22:58:14一方で、さとりとしては、常温核融合の技術が確立することによって、彼女自身がいったとおり、空を地上に送り出す必要がなくなるという点が大きかった。圧倒的な力をもった空から目を離さなくて済むようになれば、さとりの精神の均衡がさらによくなることは間違いなかった。
2012-09-15 23:00:18また、空が運良く常温核融合の技術をものにできた場合、それを地下世界に持ち込むことも期待できる。それを何かに使うという野望があるわけではないが、カードはあるに越したことはなかった。
2012-09-15 23:05:22