◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その三)」◆

真上犬太氏(@plumpdog)によるtwitter連載小説 第3回目
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真上犬太 @plumpdog

◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その三)」◆

2012-09-20 19:54:23
真上犬太 @plumpdog

◆「ホントにお前、いい加減にしろ」くすんだ室内灯の下、歯をむき出しにしたヒョウの顔は、本気の怒りで満ちている。そんな威風を前にしても、クイはあさっての方向を向き、そ知らぬ顔のままだ。「バウンサーが揉め事増やしてどうするんだよ」「じゃあ、あのまま見てろってのか?」◆

2012-09-20 20:00:20
真上犬太 @plumpdog

◆「あのままじゃ、あのドーベルが殴られてただろ。悪いのはあいつじゃない。飼い主の方だ」「だからって、人間に手を出すとか……」そう言いながら、黒ヒョウの顔が次第に勢いを無くして行く。「お前は、気にならないのか?」「なんないね」「……」狭いロッカールームに沈黙が下りる。◆

2012-09-20 20:05:51
真上犬太 @plumpdog

◆「お前……」口を開きかけ、結局マークは着ていたスーツの胸元を軽く開けた。それから顔を緩める。「とにかく、人間はお客なんだ。どんな態度だろうと、暴力は絶対に禁止だからな」「へいへーい」「お二人さん、もうお説教はおわりー?」険悪な空気の漂う部屋に、するりと入り込む影。◆

2012-09-20 20:10:38
真上犬太 @plumpdog

◆「あたし、そろそろ上がりなんだけど、もう使ってもいいかな?」「……とにかく、気をつけろよ」ヒョウと入れ替わる、レースのネグリジェ姿。「今日は早上がりなのか? デルフィ」ネコミミに結ばれたリボンを外しつつ、デルフィは頷いた。「クイが追っ払った人で今日はおしまい」◆

2012-09-20 20:16:13
真上犬太 @plumpdog

◆無造作に身に着けていた布を外し、ほとんど無毛の体が顕になる。磁器のように白く、滑らかな肌。豊かな双丘は軽く上を向き、桃色の花が小さく彩っている。「お、俺、外に出てるよ」「あ、いいよ、すぐ終わるから」視線をさ迷わせたクイに、笑いかける顔は悪戯な表情を浮かべている。◆

2012-09-20 20:20:19
真上犬太 @plumpdog

◆「別に気にすること無いじゃん」「俺が気にするんだよ」「もしかして……あたしとしたいとか?」「ば、ばっか! そういうんじゃないってば!」急いで背中を向けたクイに、柔らかな体がしなだれかかる。「や、やめろよ!」「いいじゃーん。ちょっと疲れちゃってさー」◆

2012-09-20 20:24:29
真上犬太 @plumpdog

◆「と、とにかく離れろって!」「はいはい」クイの苛立ちを感じて、デルフィはすばやく離れ、身支度を済ませた。「そういえばさ」デルフィがそう切り出してきたのは、店を出てからしばらく経った後、煮売り屋の前を通りがかったときだった。「クイって、ホント変な奴だよね」◆

2012-09-20 20:34:46
真上犬太 @plumpdog

◆「いきなりなんだよ」空気に乗って塩気のあるスープの香気が漂う。「だって、人間殴ってもへーきだし。あたしは《カテゴリーF》だから、あんまりピンと来ないんだけど」細い指が軽く暖簾を示し、二人でその向こうの座席に座る。「あるんでしょ、《NBC》にはそういう制約みたいなの」◆

2012-09-20 20:43:53
真上犬太 @plumpdog

◆「……そう、なんだろうけどな」クイは呟き、そっと額をさする。バンダナの下、深く刻み込まれた傷痕を確かめるように。下の皮膚がむき出し、頭蓋にまで達していたそれは……彼の全て奪い去っていた。記憶も、過去も、何もかも。残ったのは、クイという名前だけだ。◆

2012-09-20 22:05:03
真上犬太 @plumpdog

◆《Neral Boosted Creature》それは人間以外の、新たな知性体だ。人よりも優れた能力を持つようデザインされた、遺伝子工学上の怪物。作り主はその外見を異形のものとして作り上げ、永遠に人と同じ姿にならないよう、定めた。◆

2012-09-20 22:24:52
真上犬太 @plumpdog

◆獣面と、全身を覆う体毛、耳や尾、羽根などの、本来人間が持たない外的器官。そうした『枷』を掛けられ、彼らは人間ではなく『動産』として扱われている。人と変わらぬ知性を持ちながら、物として扱われるもの。それがNBC。◆

2012-09-20 22:33:49
真上犬太 @plumpdog

◆「正直、実感湧かないよ。多分、壊れなんだと思うぜ、俺」「ここにいる子はみんなどっかイカれてるって! おじさん注文!」自分で振った話にもかかわらず、デルフィはさっさとその話を打ち切る。◆

2012-09-20 22:36:43
真上犬太 @plumpdog

◆「アミノうどんとリンゲルお願い」「俺、ホール丼、大盛りで」。湯気の向こうでいそいそと準備をするネズミ。大型げっ歯類をベースにした小柄な姿が、たもの中に細長い面を入れて茹で始める。「クイもちゃんと飲んどきなよ?」そう言いつつ、デルフィは大き目のピルケースをバッグから出した。◆

2012-09-20 22:41:25
真上犬太 @plumpdog

◆「俺、薬嫌いなんだよ」「ダメだって。ちゃんと飲んどかないと。そっちはちゃんとした『本物』なんだから。あたしみたいな《F》ならともかく」「……やめろよ、そう言うの」、鉄板の向こうで、音を立てながら、味をつけられた内臓が爆ぜる。◆

2012-09-20 22:44:30
真上犬太 @plumpdog

◆「なんだよ……本物って。結局俺と君と、どこが違うんだよ」「当たり前じゃない。そっちは曲がりなりにも繋がれるんだし、あたしは……こんなだし」「結局は人に使われるために生まれてきたってことだろ! どこも違わないだろ!」◆

2012-09-20 22:50:04
真上犬太 @plumpdog

◆それきり、会話が止まる。目の前のネズミはひたすらに肉を焼き、その合間にうどんをどんぶりに盛る。「おまち」うどんが受け取られ、どんぶりに白米が盛られ、肉が載せられる。二つ並んだファーストフードを前に、二人は黙って手をつけた。◆

2012-09-20 22:54:35
真上犬太 @plumpdog

◆「……そういえば、あたし、明日仕事休みなんだよね」「うん」「気晴らしに遊びにでも行こうか」「……うん」。デルフィは、そっと麦わらの髪に手を乗せる。「ごめんね。クイはリブートしたてみたいなものだもんね」優しく、あやすような手で撫でる。「でも、ありがとね」◆

2012-09-20 23:06:38
真上犬太 @plumpdog

◆屋台を出ても、街路は相変わらずにぎわっていた。大通りは人の渦、皆それぞれの流れを造り、思い思いの場所へ進んでいく。NBCも、あるいは人間も、一つに溶け合うようにして。◆

2012-09-20 23:12:41
真上犬太 @plumpdog

◆「あの時のドーベルちゃんのことも、マークのことも、あたしのことも、みんな心配してくれてるんだよね」寄り添いながら、彼女は囁きかける。「でも、心配しなくていいんだよ。ここは、世界から、ちょっとずれた場所なんだから」。彼女が振り合おぐ。空に伸びた雑居ビルに縁取られた空を。◆

2012-09-20 23:15:13
真上犬太 @plumpdog

◆「太平天国は、壊れたおもちゃがやってくる、おもちゃ箱なんだって」そういうデルフィの手は優しく、声は優しかった。「人間が、もう要らないって、お前なんか必要ないって、捨てたあたしたちを、受け入れてくれる場所」◆

2012-09-20 23:18:42
真上犬太 @plumpdog

◆大気が澄んで、空は高い。ネオンサインの輝きにかき消されそうになりながら、それでも白い点が瞬き続ける。「だからね、何も心配しなくて、いいんだよ」◆

2012-09-20 23:22:24
真上犬太 @plumpdog

◆その手の暖かさを感じながら、クイは頷く。そうしながら、同時に感じていた。額の奥から沸き起こる、鈍い痛み。そこから感じる、強烈な、得体の知れない激情の燠を。◆

2012-09-20 23:23:47

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