- seiko120181
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鳥肌と涙は止まらないんだが、別に恐怖はなかった。エンジンを切って、外に出た。ドアのロックもした。水銀灯の真下まで歩いた。左を向いて、フェンス沿いにさらに一番奥まで行って、階段の入口まで来たところで引き返した。
2012-09-22 19:29:08再び水銀灯の真下に戻ってきたところで、これも上手く表現できないが、人の気配を感じた。何か音が聞こえたわけでもないし、ほんの一瞬のことだと思うんだが、エレベーターが開いたら目の前に人がいた、みたいな感じでビクっとなった。
2012-09-22 19:34:10右手の車の方を見ても何もない。相変わらず恐怖感はなかったが、そのまま車に戻った。ロックを解錠するときに、ハザードが一度だけピッと光る。瞬間、少し違和感を感じた。車内灯の灯りを頼りに少し当たりを見回すと、助手席側のボンネットの上に小さな封筒が乗っている「ような気がした」。
2012-09-22 19:42:00うまく表せないことが多いな。実際に封筒があったのか、無かったのか、今でもよくわからない。ただ俺はそれを手にとって中を見た「気がする」し、その時の感情というか自分が思ったことや感じたことは記憶してる。けど映像は記憶にない。
2012-09-22 19:54:42封筒の中身は1万円札を小さく折りたたんだものが何枚かと、手書きの地図だったか住所が書かれたメモだったと思う。とにかく俺はそれを見た「つもり」になって、次の行き先に迷わなかった。ただ封筒はその場に捨てたような気がする。夢なのか本当なのかわからない、白昼夢みたいな感じだった。
2012-09-22 20:02:30ただ封筒を置いたのも、用意したのも、Aではない感じがした。うまく言えないが、とにかく絶対に第三者なんだと確信していた。地図だか住所だかの示していたのは車で10分くらい走ったところにあるホームセンターだった。ナビで場所を確認してゆっくりと慎重にアパートから離れた。
2012-09-22 20:09:01ここから先は急に記憶がはっきりしていて、ホームセンターの駐車場の入口を見落として同じ道を一周してしまったり、入り口のある歩道がやけに広かったことも憶えている。なんでこんなトコに来たんだ?と自分のことが滑稽だったり、気味悪かったり、普通に我に返っていた。
2012-09-22 20:13:09ちょっとヘンになってるのかな、おいおいなんか俺ヤバくないか? とは思ったが、別に誰かに何か話したわけでも、誰と会ったわけでもないから、別にいいか、程度に思って、とりあえず車から降りてタバコを吸った。
2012-09-22 20:17:00仕事用の方の電話が鳴った。画面で電話の相手を確認する。見知らぬ番号。ああ、と思ったね。やはりAは統合失調症なんかではなかった。ネット都市伝説は本当だった。厄介事にクビを突っ込んでしまった。後悔しながら電話に出た。なるべくすぐに終わらせたかった。
2012-09-22 20:22:24果たして電話の相手はAだった。泣きながら、ごめんなさいを連発していた。どうやって俺に迷惑をかけないようにしようか、そのことばかり考えていた云々、私はもうおかしくなってしまっていて、うまく状況を説明できない云々、ひとしきり彼女の話の終わるのを待った。
2012-09-22 20:27:36「お前、この街にいるのか?」と訊いた。もうそこには住んでいない、という答え。「俺はホームセンターの駐車場にいるぜ」「わかってます。✕✕✕さんが教えてくれたんです」人の名前みたいだったが、よく聞き取れなかった。が、何か嫌な感じだった。イカれた呪文みたいに聞こえたから。
2012-09-22 20:33:39ここからは、本当に恐ろしい話。そもそも手紙を店に持ってきたのはAではなかった。確かに朝番のパートさんは「あなた◯◯教に入ってないですよね?」という不気味な詰問をされた後、手紙を渡されただけだ。電話が不通になっていたのも嫌がらせらしい。
2012-09-22 20:43:24細かいことを聞く雰囲気ではなかったので、とりあえずお前のいるトコに行くよ、と言ったら、兵庫の山の中の住所を告げられた。
2012-09-22 20:53:37Aは本当のおかしくなっていて、今は誰とも連絡を取っていないんだと言った。新しい職場にサイコな女社員がいて、凄まじい嫌がらせをされたこと。携帯電話の住所録から、家族や地元の知り合いがバレて、店と同じ手口でキチガイのフリをして嫌がらせをされたこと。
2012-09-22 21:02:47俺自身がそうであったように、カルトや精神病を匂わせることで、過去の友人も厄介事はごめんだ、という感じでほとんど誰からも救いの手がなかったこと。悲惨なのは、家族の態度が一番冷たかったこと。
2012-09-22 21:07:29彼女はサイコ女が誰にどんな嫌がらせや脅しをしたのか全然把握できず、家族も含めた過去の人間関係をすべて諦めていた。新しい電話を作って、引っ越して、先月まで旅館でアルバイトをしていた。
2012-09-22 21:11:39俺は「俺ね、なんとなく寝付けなくて、お前のアパート行ったんだ。今まで連絡取ろうとしなくてゴメンな。あんなに世話になったし、信頼してくれたのにな。俺こういうヤツだろ。なんか他人と親しくすんの苦手なんだよ。照れくさいし。ホントにゴメンな」というような事を車で移動中にずっと言っていた。
2012-09-22 21:17:09アパートに俺が行ったのを、誰が見ていたのか、なぜお前にそれを知らせたのか、説明を求めたが、あまりよく理解できなかった。ただ嫌がらせに耐えかねて職場を辞めるとき、同情してくれた人がいて、その人にだけ、新しい電話番号を教えていたらしい。その人から連絡があったと。
2012-09-22 21:23:58ただ連絡の内容は「あなたの知り合いがアパートに様子を見に来た。サイコ女はまだあのアパートを見張ってるかも知れないから、早く離れるように言って!」みたいな感じだったらしい。手紙はその人が置いたのか、サイコ女が置いたのか、よくわからない。というか、何もかもがよくわからない。
2012-09-22 21:27:51といっても当事者すべてが集まって答え合わせをしたわけではないから、よくわからないことだらけなのは当たり前だ。ちなみにまだ話は序章だ。あの写真の禍々しさは伝わらない。
2012-09-22 21:39:02俺はAが可哀想でならなかった。サイコ女に対してはもちろんだが、誰も自分を助けようとしなかったことにどれだけ傷ついたことだろう。怒りも感じただろう。警察には2度行ったらしい。職場にも問い合わせは来たらしいが、嫌がらせが酷くなっただけだった。
2012-09-22 21:42:46待ち合わせの場所は川沿いの町で、やはり全然人気がなかった。朝の6時は過ぎていたと思う。その時のAの姿は忘れられない。オレンジ色の薄いワンピースみたいのを着ていて幽霊みたいだった。ボーイッシュで活発な印象だったのに、まるで別人だった。
2012-09-22 21:54:33彼女は泣きながら、ありがとうございますを繰り返し、でも大丈夫です、今からこの町でやり直せます、もう考えるだけ無駄なんです、最初からやり直す、それだけです、今、私のこと知っているの川井さんだけなんですよね、もう忘れてくださいごめんなさいごめんなさい…
2012-09-22 22:03:16俺は基本的に薄情で、他人に感情移入できないやつではあるけれど、それでも胸が張り裂けそうになった。誰よりも正義感が強くて、曲がったことが嫌いで、いつも道のど真ん中を歩いてきたはずのこの子がこんなふうになってしまうなんて、やはり世界はくそったれだなと思った。
2012-09-22 22:08:34「なあA、やっつけなくていいのか? 仕返ししないの?」 「言うと思いました。でも考えに考えて、やめたんです。逃げなきゃ無理なんです。違う自分にならなきゃ無理なんです」 とかそういう感じだった。俺もその方がいいと思った。一度折れてしまったら、無理はしないほうがいいと。
2012-09-22 22:14:00