medtoolzさんの「危機対応における役割分担」について
外来で麻薬をほしがる人は、感情を事実に貼り付けようと試みる。おそらくは偽であろう痛みを訴え、調べもせずにそれを偽と断じたり、あまつさえ見下すような言動を行った主治医に対して声高に不快を表明し、主治医の謝罪を、処方箋に結びつけようとする
2012-10-17 11:19:51取り調べを受けるときに、「担当官さん」とか「刑事さん」でなくその人の個人名を特定して呼称することで感情的な劣位を挽回できる、というお話に、こういうのはどこか近い。
2012-10-17 11:20:39危機対応の本を書くのなら、各役割の分割と、それぞれの役割をになった人がどう行動し、その役割が取り繕うべき外面とはどうあるべきなのか、それに失敗するとどういうことがおきるのかを記載するのがいいんだと思う
2012-10-17 11:24:19@medtoolz 短期的運用には外面が、長期的運用には中身が必要だ。と昔言われてなるほどなあと思ったのですが、そのあたりの要素も絡んでくるのかも知れませんね
2012-10-17 11:33:42@medtoolz そして「人格」と「役割」を切り離す方向でパフォーマンスを上げる究極形が『エンダーのゲーム』になると。
2012-10-17 11:38:16危機管理とは、すでに起きてしまった不測の事態に対して、損害を最小化するために行われる、不自然なコミュニケーションの手段であるといえる。その不自然さは、チームのメンバーに対して、役割と責任とを明示的に分離することで、各人の能力を最大化するために要請される
2012-10-17 16:04:13同じく時間が限られる状況であっても、不自然なコミュニケーションと、「急いで行われる自然なコミュニケーション」とは、同じ延長線上には存在しない。「自然なコミュニケーション」は、急ぐほどにたいてい、役割に対する責任が重くなる。重くなることで議論の時間が短縮される
2012-10-17 16:06:11「自然なコミュニケーション」において、役割は各人の能力に応じて自然に決まる。あるいは能力の大きさが、役割と責任の範囲を決定する。不自然なコミュニケーションにおいては、まず最初に役割が押し付けられる。責任が明示的に排除された結果、役割の範囲で能力が最大化される
2012-10-17 16:08:22メンバーの能力が、果たして役割にふさわしいものなのかどうか、決定のプロセスが不自然である以上、結果は常に理想に遠いものになる。その代わり、「役割の押しつけ」という不自然なプロセスは、役割から責任を排除してくれる
2012-10-17 16:09:40自然なコミュニケーションにおいて、能力の高いメンバーは、大きな役割と大きな責任を背負うことになる。その人のリソースは、ある役割において、「能力」と「責任」とに振り分けられることになる。結果として自然な役割分担において、能力をフルに発揮できる人はいなくなる
2012-10-17 16:11:02役割の押し付けと、明示的な責任の排除という不自然なプロセスは、「危機」という不測の事態だからこそ限定的に受容される。危機管理とはだから、ごく限定的な状況においてのみ受容される、不自然なコミュニケーションの手段であるといえる
2012-10-17 16:12:15危機において、決定は常に、リスク回避的になされないといけない。火事場泥棒には誰だって敏感になる。この部分は多分、リーダーが最初に宣言して、なおかつメンバーに徹底しないと、あとから渉外担当が地獄を見ることになる
2012-10-17 16:13:22危機に乗じて不自然なガバナンスを敷くやりかたは、多分に扇動的であるといえる。扇動は、チームの一番弱い誰かがポリシーに反した行動をした場所から破綻する。あるいは扇動はまた、当初の目的を違えてしまうと大義を失う。危機管理もたぶん、同じ場所から破綻する
2012-10-17 16:15:22危機管理という不自然な場にあって、「リーダーが間違える」ことは、たいていは非難の対象にならない。非難されるのは「リーダーが決断しない」ことであって。だいたい誰も正解なんて知らないからこそ危機と認定されるわけで、間違えたってそれを間違えだと認識できる人がそもそもいない
2012-10-17 16:23:30危機にあって、判断の成否を認識できる人は少ない一方、目的を違えたリーダーをそうだと見分ける嗅覚は、危機においては誰もがむしろ鋭くなる。危機管理の目的は「これ以上災厄を広げないこと」が全てであって、それ以外は火事場泥棒と認識される。どんな小さなものでも、「ついで」は許されない
2012-10-17 16:25:24危機管理のガバナンスは極めて協力な、ほぼ完全な独裁に近い権限がリーダーに集中する一方で、その状態は極めて不安定でもろいものでもある。危機管理の大義が失われた瞬間、リーダーはあらゆる責任を問われ、その場から追いやられ、排除されていた責任がメンバーに戻り、チームは機能を停止する
2012-10-17 16:27:08危機におけるリーダーの仕事は、逆説的に恐ろしく細かいものになる。目的は危機それ自体が決める。役割分担はマニュアルにあらかじめ書いてある。リーダーがやるべきことは、紙一枚、消しゴム一つに至るまで、大義に反した権限の濫用がないことを点検することになる。
2012-10-17 16:30:01危機に対して部下を鼓舞しつつ、雄々しく立ってみせるのはリーダーの大切な役割ではあるけれど、よくできたマネキンを置いておけば済むものでもある。乱用の阻止は、問題解決に一番遠い仕事である代わり、リーダー自身がそれをやらないと、リーダーにそれが確信できない
2012-10-17 16:31:37パウエル国務長官の自伝に書いてある、「リーダーはすごく細かいことまで注意できないといけない」という文章は、自分はこんなふうに解釈している。それを「現場の細かい決定に口を挟め」と解釈すると大失敗する。むしろ「いちばん口うるさい傍観者の目線をもて」と考えるべきで
2012-10-17 16:33:50このあたりの話題、そんなに間違っていたり、逆説的なことを書いているわけではないと思うのだけれど、似たような論調の危機管理の教科書など、「これがいいよ」というのがあったら教えて下さい。。
2012-10-17 16:35:47@medtoolz 危機管理とちょっと違いますが危機管理の交渉の感情面にフォーカスした書籍があります。来週著者シャピロ氏のセミナーを主催するのですが連想しましたhttp://t.co/RTyGHpvI 心証で恐縮ですがなんだかブログが広告βのブログと雰囲気近いなあと感じてました
2012-10-17 16:55:32「一年生の潰しかた」と「責任転嫁の技術」を、なんとか分かりやすいマニュアル本にまとめてみたいのだけれど、こういう露悪っぽいのって昨今ますます難しい
2012-10-17 17:12:43