「1杯のコーヒーにまつわる3ツの掌編 / twosome's three short stories with cup of coffee 」 - 3rd shot.

1st shot. 【 http://t.co/5W2zW9gl 】 2nd shot. 【 http://t.co/YCEwcTkP 】  @Cafe_Luci@saluciferのとある記念日に寄せたかったものの大遅刻をかましてしまいました不肖のアレです……。
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@blau_adde

 苛立ち紛れに頭だの肩だの、てのひらではたきつけるようにしてみるとまたぼろぼろといくらもカウンタやら床やらに落ちてきた。 いくらもと言ってもたかは知れているが、「それ誰が掃除すると思ってるんだい?」と呆れた顔の店主の呟きをしれっと無視して、最後にカウンターを払う。

2012-11-17 23:06:06
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 改めてスツールに腰を落ち着け、先に取り落とした煙草を咥え直す。

2012-11-17 23:07:04
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「――はいはい……と言いたいところだけど、少しばかり待っててくれよ?  少しキリのいいとこまで仕上げてしまいたんだよね。あまり時間も無いし」  言って、客人の機嫌をうかがうように首をすくめてみせる。いつもの叱責かな、とは思いつつ。

2012-11-17 23:07:34
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「構わない。――たまには、だが」

2012-11-17 23:09:32
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 なのに、いつもとは違うセリフに内心で面食らう。(先の誤解を差し引いたとしても)なんだか妙に殊勝じゃないかい?というセリフを堪えて、キョトン、と数秒の間静止した店主を横目に、客人は黙って咥え煙草に火をつけた。

2012-11-17 23:09:58
@blau_adde

 店主も小さく息ひとつ吐いて、気を取り直す。よし、と内心弾みをつけて、ひとまずは湯を沸かしておくことにした。コーヒー1杯より随分多めに汲んだ水を、元栓をひらいたガスレンジにかける。次いでカップを収めた棚に手を伸ばす前に、オーブンのタイマーがベルを跳ね上げた。

2012-11-17 23:15:11
@blau_adde

チン、と小気味のいい音が店主を呼ぶ。  アラームを鳴らしたオーブンをがたりと開けると、充満する甘い匂いが、熱を帯びながらむっと店内にひろがった。慣れた鼻にも改めて強く訴えてくる、夜の小腹に堪える匂い。

2012-11-17 23:15:27
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ミトンで天板を引き出し、あらかじめ広げておいたふきんを鍋敷きがわりに置いておく。さっくりと香ばしい色合いに焼きあがったクッキーは、バニラを強く香らせるプレーンのと、チョコチップを混ぜたのが少しずつ。南瓜のほっくりした色合いに色付いたのがたくさん。

2012-11-17 23:16:07
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どれにもココアを混ぜ込んだ生地で丸や三角の目鼻や口をくっつけてある。あとはしばらく置いて粗熱が取れたら、完成だ。  んふ、と満足げに小さく鼻を鳴らして、続けざまあらかじめ用意していたつぎの天板をオーブンに注意深く入れ込んだ。こどものゆのみくらいの大きさの陶器をずらっと並べた1枚。

2012-11-17 23:16:42
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内壁の鉤にがこんと天板が引っ掛かると、器ひとつひとつに満たされた黄色い水面がゆらっと揺れた。 それから小さなプラスチックの四角いボトル状の容器に水を八分目まで注いで、オーブンの左下に空いたくぼみのなかにこれも少し力を入れて差し込む。

2012-11-17 23:17:01
@blau_adde

ぱこ、としかるべき場所にボトルがはまりこんだ音を確かめて、蓋を閉じる。170度を30分に設定、スタート。 ぶぅ ……うん と少し危うそうな音をたてながら、それでも内側を赤く灯らせて動き始めたオーブンを見届けて、それからやっと カップとソーサーを1セット取った。

2012-11-17 23:18:09
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ジムノペディ-花オルゴール: http://t.co/tVwutlfR

2012-11-17 23:24:52
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「……すまないね。これでやっと、ひと心地だ」

2012-11-17 23:25:35
@blau_adde

 カウンタに置いた携帯の画面に指を気だるく乗せている彼に反応はほとんどなかったが、その沈黙をひとまずの了解と取って沸かした湯の一部でカップとソーサを温める。 だけれど、やはりなんだか殊に大人しい……ような、気もした。

2012-11-17 23:25:55
@blau_adde

灰皿に引っ掛かったままの煙草は最初の一口、二口を口にはしたものの、燃え尽きるのを単純な手すさび代わりにしているようも見えた。憂いたようすの彼を目の端にとらえながら、店主の手は湯にさらしたソーサーにカップを、清潔なふきんで手早く拭き上げていく。

2012-11-17 23:26:13
@blau_adde

あたためたカップにペーパーフィルタをふわりと被せて、最後のかなめに手を伸ばす。茶葉や何やの缶やら壜やらをしれっと並べた棚の中でも、いつでも手に取れる定位置におさまる黒い缶を迷うことなく選びあげた。

2012-11-17 23:26:29
@blau_adde

古川本舗 「グレゴリオ feat.ちびた」: http://t.co/BEYiR87j 

2012-11-17 23:42:56
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「――――~♪♪」

2012-11-17 23:44:41
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 ラジオから流れる曲――いつだったか、幾度となく店に流れた記憶が客人にもある、気がする――に小さくハミングを加えながら、カコン という音をたてて缶のふたがひらく。

2012-11-17 23:45:03
@blau_adde

ふわりと漂ったコーヒーの、いつもの気配が、甘い匂いにまじってカウンタを越えて届く。当たり前だ。ほんとうに、目の前なのだ……。缶の開いた音にか、木の匙で掬い上げられるしみるような匂いにか 客人の目が、自然とその手元に焦点を結ぶ。

2012-11-17 23:45:14
@blau_adde

 細い、銀色の注ぎ口を構えると、か細いハミングがぴたりと止まった。

2012-11-17 23:45:40
@blau_adde

 いつもとは少し雰囲気をたがえた、耳障りなノイズをまじらせる音楽。見えないふりをしながら寂しげにうたうようなバラード。裸足で踊りだすようなジャズ。そこに時折低く混じる、店主のハミング。

2012-11-17 23:46:16
@blau_adde

 温かな湯気に、蒸された香りがごくごく自然に纏いつく。焼き菓子のそれとは全く趣を異にする、甘い匂い。香気を含んだ液体が、滲み出して滴る。それだけなのにすべてが、此処にある。

2012-11-18 02:39:13
@blau_adde

すべてがつらなって、つながって、驚くほど鮮烈に感覚する。まるで見上げた空の星のように、ひかりのひとつ、ひとつが、鮮やかに描きだす星座――

2012-11-17 23:47:02