氷雨の日の白昼夢

おぼえがきですよ
0
齋藤虎之介 @tora404

秋も終わりに近づき冬の気配を感じる頃、冷たい雨がしとしとと降った。冷たい空気はその雨によって引き締まり雨粒がなんだか針のように感じられる。ビニール傘を持っていつものベンチへと足を運んだ。人通りが多い一角に設置された屋根付きのベンチは格好の人間観察の場だった。

2012-11-30 12:38:06
齋藤虎之介 @tora404

休憩用に作られただろうそのベンチだけれど誰かが座っているのをほとんど見たことがなかった。多分すぐ近くに交差点の信号機があったり、近くに駅やお店がない、本当にただの通り道だからなんだろうと勝手に思っていた。傘をたたみベンチにそれを立てかけた。

2012-11-30 12:38:14
齋藤虎之介 @tora404

先程まで空から一筋の針のように降っていた雨粒達は始め傘を伝ってそろそろとゆっくり落ちていたけれど、途中で同じような雨粒と合わさって次第に大きくなりそのスピードを加速させ、最後は傘の先端に小さな水溜りを作った。なんだか大型店舗に雪崩れ込む人と同じ感じがした。

2012-11-30 12:38:22
齋藤虎之介 @tora404

前に向き直ると色とりどりの傘を持った人達が見える。自分も傘を持ってあの流れの中に入ってしまうと傘を持った人達の顔は見えなくなってしまい、女性か男性かの判断しかできなくなってしまう。楽しいのか悲しいのか怒っているのか泣いているのかわからなくなってしまう。

2012-11-30 12:38:28
齋藤虎之介 @tora404

そんな雨の日の顔のない人々が往来する感じがなんとなく好きだった。しかし、ベンチに座ると歩いていては見えない人の顔を下から確認できるので、なんだか覗き見をしているような感覚にり、人間観察に覗き見というプラスアルファされるようで雨の日はこうやって

2012-11-30 12:38:36
齋藤虎之介 @tora404

このベンチに座り何時間も人の往来を見ているのが好きだった。ふと下に目をやると雨に濡れ真っ黒になったアスファルトに人や街が反射しているのが見えた。なんとなく、街と人が2倍になったような気がして現実と濡れたアスファルトに反射した街を交互に見ていた。

2012-11-30 12:38:44
齋藤虎之介 @tora404

やっぱり雨の日はおもしろい。辺りが薄っすらと暗くなり始め夜が間近に迫ってきた頃、そろそろ帰るかとベンチから腰を浮かした瞬間赤い傘を持った女性がなんとなく気になり、ベンチに座り直しその姿を追った。

2012-11-30 12:38:53
齋藤虎之介 @tora404

右足を一歩前に踏み出し地面にその足が着いた瞬間女性は重心を前に移動し続けそのままアスファルトに倒れ込みそうになった。危ない!そう思った瞬間女性はアスファルトに顔から倒れこみそして消え、次の瞬間一回転したかのようにアスファルトの中からクルリと現れた。

2012-11-30 12:39:02
齋藤虎之介 @tora404

踏み出した足を軸に現実の女性とアスファルトに反射した女性が入れ替わったように見えた。何事もなかったかのようにスタスタと歩いて行く女性と何事もなかったかのように歩いて行く人々を呆然と見ながらあれは何だったんだろうと、まるで先程起きた異常事態を他人ごとのようにぼんやりと考えていた。

2012-11-30 12:39:08
齋藤虎之介 @tora404

けれどそんな事態に今までの経験や知識、想像力が追いつくわけもなくただの目の錯覚だったんだろうと結論付けた。もう帰ろう。そう頭では考えているもののもしかしたらまた先程の現象が起こるかもしれないと妙な期待とほんの少しの恐怖からその場を動けず行き交う人々を観察し続けていた。

2012-11-30 12:39:16
齋藤虎之介 @tora404

その後3時間粘り2人同じ現象を見ることができ、目の錯覚や幻覚ではないことが確認できた。1人は老人男性もう1人は中年女性だったけれどそれがなんなのかはいくら考えても分からなかった。出かける時に持ってきたもうすでに乾いてしまった傘を挟んで不意に隣に誰かがすわり、

2012-11-30 12:39:25
齋藤虎之介 @tora404

「なんなんだろうな。」そう問いかけてきた。「お前にも見えたんだろ?」先程までの異常事態、そのことについて突然話しかけられるという異常事態にどう言葉を発していいのか分からず頷くことしかできなかった。「初めて見たのか?」また頷く。

2012-11-30 12:39:45
齋藤虎之介 @tora404

「最近よく見掛けるんだよ。ああいう人達。別に雨の日だけってわけじゃない、ビルの窓やトイレの姿見、夜の電車の窓ってのもあったな。まぁ反射するものがある所でだな。」「なんなんですか、あれ。それにあなたは?」「なんだと思う?」わからないという意思表示で首を横に振る

2012-11-30 12:39:55
齋藤虎之介 @tora404

「たまたまこの世と違う世界の穴に落ちてしまった人。意識的にそれが出来る人。この世には存在していないはずの人間つまり幽霊。もうすぐ死んでしまう人があの世の自分と入れ替わっている。うーんなんだろうな。わからん。」「嫌な事でもあって現実逃避ですかね。」「そうかもしれないな。」

2012-11-30 12:40:24
齋藤虎之介 @tora404

その人は少し笑い「まぁあまり首を突っ込むな。そういう事もあるんだな位に思ってたら害はないよ。」そう言ってその人は立ち上がりスタスタと歩き始めた。「あの!」声をかけてもヒラヒラ手を振り振り返らず人混みの中に消えてしまった。雨は止み雨で汚れを洗い流された夜の街はキラキラ輝いて見えた。

2012-11-30 12:40:34