レプリカ・ミッシング・リンク #5
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」 「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」 「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」 「グワーッ!サ……サヨナラ!」突然の爆発四散! 46
2012-12-02 15:22:32自爆か。ラオモト・カンの亡霊は未だ奴らを支配しているのか。ニンジャスレイヤーは爆煙の中で舌打ちする。バオオオオン!インテリジェント自律走行によって雑居ビルの屋上を走っていたアイアンオトメが、階段タラップを駆け下りてくる。スピードを少しも緩めさせぬまま、彼はサドルに跨がった。 47
2012-12-02 15:32:14「ピガガガ……」戦闘用AIを停止させたユンコは、背中をコンクリ壁に預けながら左手で体を引きずり、大通りへと逃げていた。貪欲なバイオネズミたちが排水溝から顔を出し鼻をひくつかせる。不法投棄されシリコンを喰われた旧型オイランドロイドの死体が、違法基板の山の中に転がっていた。 48
2012-12-02 15:42:58「ドロイドに人権を」と書かれた煽情ポスターがスプレーで塗り潰されているのを見ながら、ユンコは黴臭い路地裏を脱した。「アイエエエエエ!」通行人達が怪物を見るような目で恐れおののき、逃げ惑う。ファオンファオンファオンファオン……彼女の努力を嘲笑うかのようにサイレン音が近づく。 49
2012-12-02 15:49:46重金属酸性雨の勢いはいよいよ強さを増す。雨の一粒ごとに、彼女は熱が奪われてゆくような感覚を味わった。あえて考えては来なかった……追跡を振り切ったとして、その先どうやって生きて行くのか?自分の生きる世界はあるのか?学生にはもう戻れない。途方も無い闇がぽっかりと口を開けていた。 50
2012-12-02 16:00:26バオオオオオン!エンジンの轟音が路地裏の暗闇から聞こえてくる。へたり込むユンコは泣きじゃくるような顔を作り、闇の中を見た。爆煙を切り裂き、アイアンオトメのライトが彼女を照らす!力強い武装新幹線のサーチライトめいて!彼女の心臓に搭載されたモーターが回転を始める!体温が上がる! 51
2012-12-02 16:05:57アイアンオトメは速度を緩めない!その上に跨がる死神めいた殺戮者が、血塗れの手を差し伸べる!ユンコが手を伸ばす!視界が目まぐるしく回転した。火花が散った。アイアンオトメは車体を地面すれすれに倒して垂直カーブすると、迫り来る威圧的マッポビークルの間をすり抜けて走り去った。 52
2012-12-02 16:14:45片腕オイランドロイドはサドル後部に跨がり、マイコ回路の力によって、殺戮者の背に辛うじてしがみついていた。それは鉄と硫黄の香りがした。トロ成分を急激に消費したニューロンが疲弊し、彼女の自我は暫時の眠りにつこうとしていた。電子音声による矢印ナビをマイコ回路に託し、彼女は眠った。 53
2012-12-02 16:23:14ニンジャスレイヤーの跨がったバイクは、モーターユンコの電子ナビ音声に従って、灰色のメガロシティを駆け抜ける。アイアンオトメに搭載されたIRC装置に、ナンシーからの音声通信が入る。「スズキ・マトリックス理論のおおよその正体が掴めたわ……アマクダリが欲しがる訳ね」「続けてくれ」 54
2012-12-02 16:31:13「発端は、オムラ・メディテック社が十数年前に開発した、脳記憶情報のバイオチップ化テクノロジー……」「有名な話だ。移植技術開発の目処が立たず、富裕層の反感を買って株価を下落させる原因となった……」ニンジャスレイヤーが返す。「その開発チームに所属していたのが、トコロ・スズキよ」 55
2012-12-02 16:43:13ナンシーは手短に背景を説明する。バイオニューロチップへの記憶情報コピーは、脳に物理ダメージを及ぼすため、生命活動を停止した個人に対して遺族が行う保険適用外手術であった。チップ情報を復元する技術は未実現で、富豪や好事家が気休めに行う死体冷凍保存めいた、いかがわしいハイテック。 56
2012-12-02 22:28:14十年が経っても、再生技術実現の目処は全く立たなかった。遺族はニューロチップ保存のためのバイオ脳漿液メンテナンス代を強いられるのみで、次第にその評判を下げてゆく。投資を取り付けるための見世物小屋めいたハイテックであると糾弾する声も増えた。だがオムラ・メディテックは本気だった。 57
2012-12-02 22:33:48彼らは黒字である医療用オイランドロイド部門から資金を注入し続けた。CEOの反対を受け頓挫した暗殺用オイランドロイド開発計画……モーターカワイイ計画も、ニューロチップ部門にその資金の一部を転用されていた、とさえ噂される。それを一部裏付ける帳簿データをナンシーは発見していた。 58
2012-12-02 22:38:46「……脳記憶情報のコピーと再生技術の開発は、オムラ・メディテックだけが取り組んでた訳じゃないわ。ヨロシサン系列企業にも、そういう部門は存在する。万が一実現したら……次の百年間を……あるいはその先までを支配する技術になるから。勿論オムラ・メディテックほど本気じゃなかったけど」 59
2012-12-02 22:49:12「仮にその技術が実現し、理論化されたとするならば……」ニンジャスレイヤーが言う。「厖大な特許料を生むでしょうね。そして他の暗黒メガコーポが開発してきたニューロチップ理論は淘汰される……旧世紀のビデオテープ戦争を思わせる、弱肉強食の争いよ」「そしてトコロ・スズキはそれを……」 60
2012-12-02 22:55:17「そう、成し遂げた……完全か不完全かは解らないけれど。それが、タイサ・ノートとハッキング情報から導き出される仮説。それが、スズキ・マトリックス理論。アマクダリ・セクトはそれを求めている。恐らくは、そこから将来的に得られる厖大なマネーを求めて」ナンシーの声にノイズが混じる。 61
2012-12-02 23:02:02ニンジャスレイヤーは以降のIRC通信を、音声ではなく文字情報に変更した「……ネオサイタマ中央病院の情報にアクセスしたわ。ユンコ・スズキが一年前に事故死し、父親の手でニューロチップ化された事は、ほぼ間違いない。つまり、今あなたと一緒にアイアンオトメに乗っているのは……」 62
2012-12-02 23:04:53「人間(モータル)……?あるいは……」ニンジャスレイヤーは司祭めいた低く厳かな声で言った。アイアンオトメは派手な水飛沫を上げ、荒み切った廃ビル地帯の闇を疾走する。「……それを定義するのは、私たちにはまだ無理かしら。前例が無いから……」ナンシーとのIRC通信が終了する。 63
2012-12-02 23:16:04暫くして、アイアンオトメは目的地へと到達する。錆び果てたトレーラーが周辺に何台も廃棄されていた。「家族でおいしい」「団欒」「スゴイ楽しい」と辛うじて読めるノボリが泥水の中で朽ちかけている。廃墟と化した大型回転スシ・バー「真実味」の暗い立体駐車場へと彼らは吸い込まれて行った。 64
2012-12-02 23:24:41雷が上空で閃く。十字架かあるいはトリイか……立体駐車場の鋭角な骨格によって作られた、死者を弔うシンボリック影絵めいたシルエットが、バイクに跨がる二人に烙印のごとく刻まれた。遅れて鳴った雷鳴は、ヴァルハラの神々がインガオホーと不吉に叫んだかのようであった。 65
2012-12-02 23:36:25アイアンオトメが停車する直前、ユンコは目を覚ます。覚束ない意識の中で、彼女は一瞬、この血塗れのオブツダンのごとき男を、また己の父親と錯覚した。「……この地下に行けば、全てが解る」ユンコが言った。「……清算の時だ」ニンジャスレイヤーは彼方から迫る武装ヘリ群を睨みながら言った。 66
2012-12-02 23:50:10