渡邊先生@ynabe39の「ツイッターで読む価値があるのは、@の宛先がついていないつぶやき」
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テレビ世代の特徴は「見ていたテレビの共通点が世代を作り出している」こと。「ゲーム世代」では遊んでいたゲームが世代を作り出すことがあるんだろうか。つか「テレビ世代」は間違いなく「世代」だけど「ゲーム世代」なんてほんとにあるのか。
2010-08-15 08:54:49それに大学生はテレビがあってもテレビをほとんど見ていない。みんな夜までバイトだから見る暇がないのだ。どうしても見たいものだけ録画して見ているようだが,その見方とわれわれ世代の垂れ流しはまったく違う。
2010-08-15 08:58:08対面することの重要性,っていうのは教育についてはもっと大きな問題になる。教育のオンライン化は大きな流れだが,人と人とが対面して教えることの持つ意味についてはきちんと議論して切り分けるべきだ。
2010-08-15 09:00:08@akiyuki_w 若い時には嫌われるのは怖いですよね。私も自分が言ってしまったこと,やってしまったことが怖くて怖くて眠れないことが何度もあった。でも今こうしていれるのにはそのとき言ったことやったことがちゃんと結びついている。
2010-08-15 09:02:10@akiyuki_w ただ「学者人生」について若い研究者に話すことには慎重になります。私たちが訓練され辿ってきた道筋と,今の若い研究者が置かれている状況は違いすぎる。私たちの経験はあまり役に立たないかもしれない。
2010-08-15 09:03:53教育のデジタル化への批判が「電子教科書では書き込みやメモができない」みたいな皮相なことに留まるのが気になる。それは「書き込みやメモのできる電子教科書」を作れば解決する。本質的な問題は別のところにある。
2010-08-15 09:05:41若い研究者が私たちやそれ以上の年代の研究者に対して「論文も書かないで大学教員になっている」と批判するのはしかたないことですが,私たちの時代にはまず大学に進学すること大学院に行くことに今では考えられないほどの高い壁があってそこで振るい落とされていました。
2010-08-15 09:08:25いまは大学や大学院に行くのは容易になりましたが,こんどは大学院終わってからの「振るい落とし」が苛烈になっている。どっちの振るい落としの方が深刻かというのは言うまでもないですよね。大学院終わって行く先がないことの「潰しの効かなさ」は大学に入れないのとは絶望的に違う。
2010-08-15 09:11:02@mori_tatsuya というのはもちろん冗談で,やはり大学院の大増設以降に教育を受けた皆さんだと思います。心理学だと1990年代に臨床心理を中心に新設の大学院が倍増倍々増の勢いで作られました。理系でも地方大学にどんどん博士課程ができたのはそのころ。
2010-08-15 09:18:42こんなこと書くとまた怒られると思いますが,私たち(1981年大学入学)の頃はとりあえず東京の名の通った大学の博士課程を終われば贅沢言わなければ全員大学教員になれました。優秀な人は母校に残り,次のレベルは首都圏の大学へ,私のようなのは地方へ。
2010-08-15 09:22:59ですからその当時の博士課程修了者の格差は「どれだけよい大学に就職できるか」であって「アカポス就職できるかどうか」ではありませんでした。これが現在とどれだけ違うかは説明する必要ないでしょう。
2010-08-15 09:28:35私たちのころも理系ではすでにODが問題になり始めていましたが,文系では大学院の定員がすごく少なかったこともあってあまり問題になっていませんでした。
2010-08-15 09:30:02都立大心理学といえば多くの優秀な心理学者を輩出した大学院だったと思いますが,私の時は修士の定員が学年5名,博士が3名でした。そして首都圏の心理学博士課程は両手で数えられるほどの数しかありませんでした。心理は大学教員以外にも専門職があるので全員就職できて当然でした。
2010-08-15 09:33:58私が信州大学人文学部に行くのが決まった時に自分では「OD1年もやらずに国立大なんてラッキー!」と思ったのに東大の院生に「渡邊さんのようにがんばってる人がそんな田舎大学へ行かねばならないのが悔しい」と言われてひどく頭に来たのを覚えています。そういう時代だったんです。
2010-08-15 09:36:24「論文も書かずに」もほんとうです。私たちの頃は文系では課程博士はまずおらず学位なしで就職がふつうでした。私がはじめて印刷された論文(紀要ですが)を書いたのは信州大学助手の時です。そのころ大学に就職する基準は「博士課程修了」であってそれ以上の実績や能力は求められなかった。
2010-08-15 09:43:49@mori_tatsuya やはり「大学院を終わって大学以外に就職する」道がどれだけできるかです。そこで「大学院も職業教育する」方向なのか「研究者養成教育の成果が研究者以外に進んでも役立つ」方向なのかはまた議論になりますが。
2010-08-15 09:45:42私が心理学科のない大学にずっといるひとつの理由も,大学院教育に携わりたくないということです。もちろん逃げていれば責任がないわけではないが,少なくとも自分の教え子にひどい苦労はさせずに済みます。
2010-08-15 09:47:36@nissyyu その点では昇進昇格に厳しい基準があてはめられて教授になるのに大変な苦労をしている私たち世代はすでに「若手」の仲間です。10年間著書も論文もない人に審査されて「まだ教授の資格がない」とか言われる悔しさがわかりますか。
2010-08-15 09:49:56そういう意味じゃほんとに損な世代です。下の世代からは「論文書かずに学者になった」と言われ,研究しない上の世代からは「論文書いている」「著書がある」「学位を取った」とかで嫌われ,ですからね。
2010-08-15 09:53:02大学院問題で気になるのは,理系では院生が研究活動の主要スタッフになっていることです。院生がいないと教員も研究が出来ず業績が上がらない,業績が上がらないと研究費が得られない。だから「業務担当の人員」として大学院生をどんどん受け入れる。でも彼らの進路の保障はない。
2010-08-15 10:01:33文系では(心理学などごく一部の理系的研究室を除いて)教員は自分の研究を基本的にはひとりでやっていて,院生は「自分の研究のために必要なスタッフ」でなく「自分の研究時間を割いて教育し丁稚奉公させる弟子」です。だから院生など来なければ来ない方がいいw。
2010-08-15 10:04:01以上はどっちがいいという話ではないんですが,そういうシステムの負の側面として,理系の方が院生を「さんざん利用して使い捨てる」傾向が強い感じがします。院生のストレスとか心の問題とかも深刻だと感じています。
2010-08-15 10:06:01