チベット仏教研究関係のつぶやき

というかただのぼやき?
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佐藤剛裕 @goyou

膨大な文献を渉猟跋扈した Gene Smith の "Among Tibetan Texts" という論文集を読んでいた時、要所要所に「この点についてはわからない」と書いてあったのが印象的だった。分かりやすい資料ばかり読んで分かった気になってたらいけない。

2012-12-07 03:11:56
佐藤剛裕 @goyou

チュウというチベットの古い宗教儀礼の発展史を探ろうと、ここ2年くらい文献を集めたりフィールドに出かけたりしていたけれど、まだまだわからないことだらけだ。

2012-12-07 03:14:07
佐藤剛裕 @goyou

宗教の歴史などを扱っていると、すぐに明確な答えが出ないような難しい問題をずっと抱え続けていくには大きな苦痛に耐える必要があるというのはまさに身につまされる話である。それから逃れるために、意識的にいったん対象への愛着を切り離して、知的分析の対象として捉えようとすることもある。

2012-12-07 03:26:57
佐藤剛裕 @goyou

ある一定の立場の視点によって書かれた限られた資料をもとに分かりやすい物語を書くような人たちというのは、その対象への愛着をいったん切り離すことのできない人なのではないかと思う。

2012-12-07 03:32:50
佐藤剛裕 @goyou

そういうタイプの人が、「対象への愛を研究への原動力にしている」とかいって賛美されているのを見ると、首を傾げてしまう。

2012-12-07 03:34:25
佐藤剛裕 @goyou

初心者向けに分かりやすい本を……、といって、難しい問題から目を背けるように読者を誘導するための分かりやすい物語を描いてしまう。そして自分でもそれを信じ切ってしまう。それは、結局のところ単なる自己愛に過ぎないんじゃないかと思うんですよね。

2012-12-07 03:41:36
佐藤剛裕 @goyou

この問題は難しい。わからない。簡単に解決できない。ってはっきりと言明して、それでもなおその問題に取り組み続けるのは、私は専門家ですから全部分かりますと言ってしまうよりもはるかに苦しい。

2012-12-07 03:49:20
佐藤剛裕 @goyou

そういう苦しさについては、自分のやりたい研究をやっているんだから、そのくらい我慢しろ!と自分に言い聞かせるしかないんですよね(笑)

2012-12-07 03:55:15
佐藤剛裕 @goyou

Wikipedia の「ニンマ派」の項目がひどいことになってます!って僕のところに知らない人から連絡が来たことがある。特定の布教グループの人の独断的な編集で、どうしようもないくらいひどいことになってた。使う用語や表記の傾向によって、だれがやってるか想像ついちゃうんだけど。

2012-12-11 00:15:06
佐藤剛裕 @goyou

Wikipedia の「ゾクチェン」の項目もそうなんだけれど、「ど」がつくくらいの素人がいい加減な本とかで聞きかじったようなロンチェン・ニンティク中心史観で書くのはほんとに辞めて欲しい。

2012-12-14 03:58:22
佐藤剛裕 @goyou

六大流派それぞれが独自のニンティクを備えているとか、現在では「ロンチェン・ニンティク」は六大流派の全てに共通する教えとされているとか、実情を知らずに適当なことを。

2012-12-14 04:01:51
佐藤剛裕 @goyou

ゲルク派の人が自分たちのラムリムやンガクリムがチベット仏教の中心みたいに思っているのと同じくらい、ロンチェン・ニンティクを習っている人たちがこれがゾクチェンの教義の中心だと思っているのはよくないことです。

2012-12-14 04:04:32
佐藤剛裕 @goyou

自分が師から授かって修行している教えが世間一般の主流派なのだと思いたい時点で、どこかでなにかが間違っていることに気がつかなきゃだめだろうとおもいますよ。

2012-12-14 04:05:49
佐藤剛裕 @goyou

ドゥンジョム・ニンマ史なんか読んでると、いかにもミンドルリン寺がニンマ派の主流というように見えてしまいがちだ。ミンドルリン寺のニンマ派史上の功績は確かに非常に大きいが、カトクやペーユル、ドルジェタクなどが伝えてきた古い系譜も忘れてはならないと常に自分に言い聞かせている。

2012-12-14 04:08:16
佐藤剛裕 @goyou

それに、ニンマ派も、カダム派、カギュ諸派、サキャ派、そしてボン教と密接に関わりながら発展してきたものなので、ニンマ派史として書かれて語られていることだけ追っていても全体が分かりませんよね。

2012-12-14 04:10:13
佐藤剛裕 @goyou

虹の階梯の、口頭伝授の形をとって書かれている導入のところも、いろいろ差し引いて読まないとロンチェン・ニンティク中心史観に読めちゃうところがあるから、気をつけないといけないですね。いろいろ批判されてるとおり、若気の至り的なところがあるのも否めないし。

2012-12-14 04:39:28
佐藤剛裕 @goyou

日本の禅宗系のチベット仏教研究者には、禅定灯明論やサムイェの宗論の研究を、その後の新資料に基づいて続けていただきたいと思っています。せっかく着手したのに、まだ全然終わっていないですから、ものすごくもったいない気がします。

2012-12-14 04:43:38
佐藤剛裕 @goyou

敦煌から四川、雲南にかけて、8世紀から12世紀くらいまでの間にマハーヨーガタントラの密教から禅や浄土が涌出していった様子をありありと捉えることができるのは、日本の仏教大学で伝統的な宗学とチベット仏教学の両方を収めた方々しかいないと思っておりますので。

2012-12-14 04:50:25
佐藤剛裕 @goyou

それを明らかにすると、チベット仏教のことも、日本仏教のことも、今よりももっとよくわかるようになると思うんです。

2012-12-14 04:52:35
佐藤剛裕 @goyou

日本の真言宗の教義に禅と浄土の萌芽的な要素を取り込んだ覚鑁上人なんて、チベットのニャンラル・ニマ・ウーセルがやったことと同時代的ですよね。

2012-12-14 05:14:19
佐藤剛裕 @goyou

日本の宗門系大学のチベット学は、もっと自宗派の教義のルーツとの共通要素を探るような研究をやって独自性を発揮して欲しいと思うんです。あんまり日本仏教の実践的な面とかけはなれた部分だけ研究していても、日本仏教を再評価する材料として得られるものが少ないように思うんですよね。

2012-12-14 05:23:00
佐藤剛裕 @goyou

僕のような仏教学が専門ではない者にとってすら、古い時代のチベットの仏教を学んでいると、日本の仏教もまたいかに素晴らしいものだったかわかりますからね。

2012-12-14 05:26:10
佐藤剛裕 @goyou

チベットの密教は無上ヨーガタントラだけれど、日本の密教は外タントラだからと安易に見下す学者もいるが、チベットの密教学者達は金剛頂経と大日経が、その後に発展したタントラのルーツであることを知っており、いかに完成されたものだったか高く評価している。

2012-12-14 05:37:06
佐藤剛裕 @goyou

チベットの仏教を学んで、だから日本の仏教はダメなんだというような態度でいては、どちらの仏教のことも深く理解できないだろうというのが僕の実感です。

2012-12-14 05:40:02
佐藤剛裕 @goyou

サムイェの宗論っていうのは、初期仏教の根本分裂と同じ構図をしていますが、チベットでも近現代まで引きずられているし、日本のチベット仏教学界でもそれと同じようなことがおこっていて。ああいう対立構図はどこから生まれてくるんだろう?という問いの答えはまだ見つかっていません。

2012-12-14 05:51:32