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山本七平bot @yamamoto7hei
1】個人の体験は、その骨子を相当正確にメモしてあり、さらにそれをあらゆる方法で自ら検証した記憶でおぎなっても、はじめから何しろ視点が一つだから、事件の全体を正確に再現することは不可能であろう。<『ある異常体験者の偏見』
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2】だが「アパリの地獄船」については、幸い、同じ船倉内におられたF氏からお手紙をいただいたので、それに基づいて、次に少し補足させていただく。
山本七平bot @yamamoto7hei
3】《…貴下が文春に発表されました「アパリの地獄船」を拝見し、その時に乗船したPW(捕虜)の一員として、終戦前後のつらかった当時の思い出を回想するうちに、まっさきに「飢餓」が浮び出しました。
山本七平bot @yamamoto7hei
4】…19年8月に南方軍要員としてマニラにむけ出帆、輸送船江尻丸、アラビヤ丸、帝雄丸が三度撃沈され、九死に一生を得て、ツゲガラオ北東カガヤン河支流のジャングルの中で、米比軍との戦いというより飢餓・マラリヤ・雨期の泥淳・回虫・下痢との戦いにあけくれ、やっと終戦を迎えました。
山本七平bot @yamamoto7hei
5】貴下ご発表の飢えについての食物の禁断状態、意思に反して手が動く、正常な思考力は停止、飢える側の論理、飢えが起す虐殺などの貴重な論文を拝見し、同じように体験した者として、文春に発表されたことを有難く心からご同慶に存じております。
山本七平bot @yamamoto7hei
6】さて例の地獄船のことですが、…小生の記憶では自動小銃をもった兵隊が、鉄梯子の上で船倉内を監視していて、梯子をのぼり、水を飲みにでるPWから、なけなしの財産である時計・万年筆などを強奪していました。》
山本七平bot @yamamoto7hei
7】…自動小銃をもった歩哨による「時計。万年筆」の強奪は、このときは目撃した記憶はない。しかし、この「強奪」は、非常に広範囲にかつ継続的に…頻繁に行われたことなので、おそらく、私が甲板にあがったとき偶然それを目撃しなかったというだけで、当然、行われたであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
8】もし行われなかったら、その方が例外中の例外だから、あって当然である。そしてこの「強奪」は、非常に強い一種のショックになって、後々まで人びとの記憶に残っていたからFさんが憶えておられるのも、ごく自然である。
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9】このショックは単に「物をとられた」ということではなく「将来は何も予測できず、現実には自昼公然と強奪されても、抗議すら出来ない全く無抵抗の状態」
山本七平bot @yamamoto7hei
10】すなわち「何をされるか」全く予測できないし、「何をされても、たとえ殺されても、海に投げこまれても、どうにもできない状態」に自分たちが陥ったという事実を、否応なしに思い知らされたショックである。
山本七平bot @yamamoto7hei
11】従って経済的に全く無価値なもの、たとえば階級章・星章等を、スーヴエニアとして故国に持ち帰ろうとする彼らにはぎとられたときも、人びとは同じショック、時にはさらに強烈なショックさえ感じていた。
山本七平bot @yamamoto7hei
12】これらはいわば個人の「主権の侵害」のような事件だから、ある面では「金大中事件」と似ているのかも知れない――とられることによって生ずる経済的実害は「皆無」だという点において。
山本七平bot @yamamoto7hei
13】しかし処理が一番むずかしいのは、むしろこういった場合、すなわち原則として「経済的賠償」の対象となりえない「侵害」事件の処理ではないであろうか。
山本七平bot @yamamoto7hei
14】この点で、金大中事件でいわゆる「世論」が激高し、大森実氏の「笑い転げずにはいられない田中内閣のヘッピリ腰、米韓戦争かクーデターかの大事件を……」といった論調から援助中止・対韓断交・日韓もし戦わばといった形に論議がエスカレートしていくと、(続
山本七平bot @yamamoto7hei
15】続>私は何となく少年時代の「中村大尉事件」を思い出さぎるを得なくなった。 中村大尉事件は、満州事変の直前に、満州で中村震太郎大尉と井杉延太郎曹長の二人が何者かに殺された事件である。 従ってはっきりと日本人に被害がある。
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16】もっとも殺人事件とか誘拐事件とかいうのはどこの国でも起ることであり、その被害者がたまたま日本人であったというなら、それはその国の刑事事件にすぎないわけだが、当時の「第六感」では、中国軍に虐殺されたらしい、ということで、それがひどく「世論」を刺激した。
山本七平bot @yamamoto7hei
17】もっともこの問題は当時の人びとには、金大中事件より、はるかに切実な危機感をもった事件であったことは事実らしい。
山本七平bot @yamamoto7hei
18】一番ショックを受けたのは在満邦人で、帝国の象徴である軍人が中国軍に虐殺されても政府が的確な処置をしてくれないのでは、自分たちやその家族の生命の安全は到底保証してもらえないと感じたのであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
19】これは、時計や星章を強奪されるショックの比ではあるまい。 そしてそのショックは当然内地にも連鎖反応を起す。 当時の人の思い出によると、満州問題についてそれまで比較的穏健な論説を張っていた朝日新聞が、これを契機に一挙に強硬論に変ったそうである。
山本七平bot @yamamoto7hei
20】そうなると世論はますます激高し、ついに「中村大尉の歌」まで出来た。一方政府にしてみれば、何しろ犯人が明らかでないから、動けない。 すると大森氏のいわゆる「内閣のヘッピリ腰」を難詰する「世論」はますますエスカレートした。
山本七平bot @yamamoto7hei
21】こういうときは特に「世論」にあおられた「純真」な「青年将校」はもう手に負えなくなる。 青年将校というが…いわばゲバ学生に毛の生えたような存在…だから、ジャーナリスティックで刺激的な「世論」に対して全ぐ免疫がないので、何かあると興奮の余り酔っぱらったようになってしまう。
山本七平bot @yamamoto7hei
22】従って彼らの目には常に「冷静」が「異端」に見え、自分同様に激高しない人間は、だれかれ構わず決め付けるということになる。 しかもこういう若者が、一個中隊ぐらいの兵力は動かせるのだから恐ろしい。従って冷静な人は口がきけない。
山本七平bot @yamamoto7hei
23】興奮の連鎖反応で国中が沸きかえっている時、やはり「第六感」があたっていた。 もう始末におえない。 そして柳条溝鉄道爆破から、満州事変へと突入していく。 これを後で見ると、非常に巧みな世論操作が行われていたように見える。
山本七平bot @yamamoto7hei
24】というのは、この状態でもなお、関東軍の首謀者は「世塾」 の支持を四分六分で不利と見ていたそうだから、当然、中村大尉事件がなければ「世論」の支持は得られず、満州事変は張作森事件のような形で、責任者の処罰で終っていたであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
25】そのためか、私が収容所にいた頃、「中村大尉事件」も軍の陰謀で日本軍の「密命」で中国軍が殺したのだろうと極論する人までいた。 もちろん事実は、そうでないのだが、「世論操作」という面でそう見たくなるぐらい、この事件が与えた影響は決定的であったことは否定できない。
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