山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観①】/「事件を事件として」処理する能力が、今の日本人にあるだろうか?
- yamamoto7hei
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26】だがしかし、私はこの事件を「不幸なる偶然」というふうには見ない。 というのは中村大尉事件であれ金大中事件であれ、事件そのものは一つの「突発事件」にすぎまい。 そして、こういう事件は、もちろん全く予期せずに起り、予期せずに起るがゆえに「突発事件」なのである。
2012-12-16 02:57:4027】そして、これが他国に起因する場合は、日本人自身がいかに心しても、日本人の意思で、その突発を防ぐことはできないわけである。 そこで、昔も今も起ったように今後も当然起るであろう。
2012-12-16 03:27:5328】従って問題は、そういう事件が起るということ自体にあるのでなく、むしろ、起った場合に、その「事件は事件として処理する能力」が、われわれにあるか否かが、今われわれが問われている問題だと私は思う。
2012-12-16 03:57:4129】そしてもう一つは例え相手がこういった事件を「事件は事件として」処理したにしてもそれが常識なのであって、それを相手が屈伏したと誤解したり、相手を「弱腰だ」と見くびったりしてはならない事、そしてこの点においても昔同様の誤りを犯すか犯さないか、という事が最も大きな問題だと私は思う
2012-12-16 04:27:5330】太平洋戦争中、「アメリカなにするものぞ」といった激越な議論の根拠として絶えず引合に出されたのが「パネー号事件」であり、「自国の軍艦を撃沈されても宣戦布告すら出来ない腰抜けのアメリカに何ができるか」と「バカの一つおぼえ」のように言われ、今でも耳にタコが出来ているからである。
2012-12-16 04:57:4231】これは南京攻略の時、揚子江上にいたアメリカの砲艦パネー号を日本軍が撃沈し、レディバード号を砲撃した事件である。 奇妙なことに最近の「南京事件」の記事からは、このパネー号事件は完全に消え去っているが、当時はこれが最大事件で「スワ!日米開戦か?」といった緊張感まであった。
2012-12-16 05:27:5232】一体、こんな危険区域で米艦が何をしていたのか、なぜ日本側がこれを撃沈したのか、今では一つの謎だが、探ってみれば何かの真相が明らかになるかも知れない。 というのは、これも「軍部の無軌道ぶり」の一例のはずなのに、なぜか表面に出てこないからである。
2012-12-16 05:57:3733】話は横道にそれたが「主権の侵害」というのなら、交戦状態にない他国の軍艦を一方的に撃沈してしまうことは、撃沈された方には実にショッキングな「主権の侵害」であり、艦船をその国の主権内にある領土同様と見るなら一種の侵略であって、これの重大性は到底金大中事件の比ではない。
2012-12-16 06:27:4934】今もし韓国によって日本の自衛艦が砲撃され撃沈されたら、一体どういうことになるか。金大中事件ですらこれだけエスカレートするのだから、おそらく「日韓断交型」の「世論」の前に、他の意見はすべて沈黙を強いられるであろう。それと等しい事件のはずである。
2012-12-16 06:57:4135】だが当時アメリカはそういう態度に出ず「事件を事件として処理した」。これを日本の「世論」は「笑いころげずにいられないアメリカ政府のヘッピリ腰」と断定した。 これは日本政府がそういう態度に出れば、これを弱腰と批判するその基準で相手を計ったことを意味している。
2012-12-16 07:27:5236】それが対米強硬論の大きな論拠となるのであり、確かに日本の世論が方向を誤る一因となっている。 従って今回の事件も、韓国がこの事件を「事件は事件として」処理した場合、日本の「世論」がこれをどう受けとめるかは、私には非常に興味がある。
2012-12-16 07:57:3838】この場合のわれわれの行動は、常に、激高して自動小銃にぶつかるか、はじめから諦めるか、激高に激高を重ねて興奮に興奮したあげく、自らの興奮に疲れ呆てた子供のようにケロッと忘れてしまうかの、いずれかであろう。
2012-12-16 08:57:4339】といっても私は別に他人を批判しているわけではない。いざというとき、自分の行動も似たようなものであったというだけである。 「地獄船」という状況を現出した「非」は明らかに相手側にある。 これが事件なら、事件として処理する。
2012-12-16 09:27:5940】船の責任者に「ジュネーヴ条約第何条によりお前達は我々に一日最低千二百カロリー(だったと思う)の糧食を支給する義務がある」と申し出、あくまでも粘り強く交渉していその状況下において、相手に出来る範囲内の事をやらす、という態度に出る事は、激高・興奮・ケロリ型の人間にはできない。
2012-12-16 09:57:4341】また時計等を強奪された場合、「アメリカの陸軍刑法に基づく当該兵への処罰」を要求する、たとえ相手が受け入れても受け入れなくても要求はする、ということもできない。 飛び出すか、泣き寝入りかである。
2012-12-16 10:28:0442】といってもこれは、今、平静な状態で言っていることであって、餓死寸前の人間には無理なことである。 それはよくわかっている。 しかし、では餓死寸前でないなら、果してお前に以上のことが出来たかどうか、と問われれば、正直にいって、私は自分にも疑間を感じざるを得ない。
2012-12-16 10:57:4243】というのは、以上のような生き方があるということを、私は、収容所でアメリカ人を見て、はじめて「現実の問題」として知ったからである。 しかし後述するように、日本人にも、方向はやや違うが、実に冷静に事態に対処しえた人もいたのである。
2012-12-16 11:27:5844】もっとも「飛び出すか、泣き寝入りか」といってもこれは相手が「強い」か「強い」と見たときの態度である。 そしてそのときは自分の言葉は無視されるものときめて、どちらの行動に出ても無言である。
2012-12-16 11:57:4045】一方相手に「非」があり、しかも相手が弱腰とみればこの逆の態度になり、相手の言い分は全く無視して、「中村大尉事件」のようになる。 また相手が「アクシデントはアクシデントとして処理」すれば、これを相手の屈伏と誤解して居丈高になる。
2012-12-16 12:28:0446】一民族の行き方は、結局は各個人の行き方の公約数のようなものだから、基本的には両者には差はないであろう。 しかしわれわれが、過去において大きな過誤をおかしたと本当に考えているなら、金大中事件の処理は、その過誤を修正する最も良い一つのテストケースであろう。
2012-12-16 12:57:4147】というのは、この事件は確かに「主権の侵害」であろうが、日本人はこの事件には関与していない―― いわば同じ「主権の侵害」といっても「中村大尉事件」でもなければ、この逆の「パネー号事件」でもない、あくまでも「他国の政争」が波及して来た結果生じた文字通りのアクシデントである。
2012-12-16 13:28:0248】――という点では「事件を事件して処理」するという点で最も処理しやすい事件だと私は思うからである。 従ってこの事件すら冷静に処理できないのならば、過去における日本の行き方を批判する資格は、今の日本人にもないということになるであろう。
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