山本七平botまとめ/【原則は簡単です】/この世で、書かれたもののうち、一番恐ろしい害悪を及ぼすのは「虚偽」ではなく「一部を作為的に欠落させた事実の提示」である。
- yamamoto7hei
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①【原則は簡単です】一体この世の中で、書かれたもののうち、何が一番恐ろしいか、何が一番多くの害毒を流すか?といえば、おそらくそれは「虚偽」でなく「一部を作為的に欠落させた事実の表示」なのである。<『無所属の時間』
2012-12-21 15:57:43②たとえば、広告に「高収入確実!」などという言葉がある。 読んでみると、広告のこの言葉は確かに虚偽ではない。 この言葉の前には「前提」があるのだが、その前提を一語一語検討しながら読んでいっても、これもまたすべて事実である。
2012-12-21 16:28:04③だがしかし、前提の一部を巧みに欠落させると、文章そのものには一言の虚偽はなくとも、そこに記載されているすべてが事実ではなくなり虚偽と等しくなる場合がある。
2012-12-21 16:57:40④先日「基礎さえ修得すれば高収入確実!」という広告にお目にかかった。みれば「校正」に関する本もある。 確かにこの頃は、熟達した校正者は少ないから、校正の基礎を完全に修得している人がいたら、「高収入確実!」であろう。 従ってこの広告文は事実であって、一言の虚偽もない。
2012-12-21 17:28:00⑤だが、一人前のフリーの校正者として「赤ペン一丁ありゃ食うにこまらん」と豪語できるようになるには、大変な修業が必要であって、校正に関する本を一、二冊読んで到達できることではない。 従って、本の広告の「うたい文句」としては、前記の言葉は公正ではない。
2012-12-21 17:57:42⑥だが、広告文のどこを探しても、「本書を読めば、基礎が完全に修得できます」とは書いていない。 従って、誇大広告だと抗議するわけにもいかない。 たとえ抗議しても、この事実を盾にして反論されれば、反論は必ず成り立ち、抗議者は沈黙する結果になる。
2012-12-21 18:27:58⑦だが、この広告を読んだ人はこの本を読めばすぐ校正の基礎が完全に修得できると思うであろう。 というのは校正とは何かの説明は通常「校正刷りの誤字を訂正し、脱字を挿入し、余分の字を除き、指定の誤りを正す事」で全てであり、こう言われれば誰でもすぐできる簡単な事に思えるからである。
2012-12-21 18:57:44⑧そしてこの説明はまさにその通りだから、こう書いてあっても誇大広告とはいえない。 従ってこの広告には何一つ虚偽はないのだが――しかし「校正」に関する正確な記述とはいえず、またその本に関する正しい内容紹介ともいえない。
2012-12-21 19:28:00⑨以上の問題は、何もこの広告だけでなく、政党の公約からセールスマンの言葉にまで、すべてに関連する問題である。 では、それらに共通する「欠けたる部分」すなわち「盲点」は一体何であろう。
2012-12-21 19:57:42⑩一言にしていえば、「原則の簡単なものほど、修得も実施もむずかしい」のだが、世の人は逆に、「原則が簡単だから修得も実施も簡単」だと錯覚を抱く。 この錯覚が盲点になっている。
2012-12-21 20:28:02⑪この錯覚の指摘を「作為的に欠落させた事実の表示」は、虚偽といえないまでも、結果において虚偽に等しいものとなるわけである。
2012-12-21 20:57:44⑫商品相場で、主婦に莫大な損害を与えたセールスマンが「私はただ、原則は簡単ですよ、安いとき買って高いとき売るだけですよ、と言っただけで嘘など一言も言いません」と言ったそうである。
2012-12-21 21:27:59⑬この言葉も嘘ではあるまい。 ただ、前述の最も重要な言葉が欠落しているだけである。 そして戦後のさまざまな問題の多くは、前記の言葉の欠落と、原則が簡単なものほど修得も実施もむずかしいという厳然たる事実への、認識不足に起因しているように私は思う。
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