山本七平botまとめ/【知の沈黙の時代】/専門家の口が封じられ、「雑識をつめこんだ幼児」の幼稚な意見が幅を利かす日本社会
- yamamoto7hei
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1】【知の沈黙の時代】最近ある雑誌で在米の作家F氏の次の文章を読み、非常に面白く思ったので、次に少し引用させていただく。 これはアメリカにいて『現代アメリカのすべて』というある日本の週刊誌の増刊号を読んだ読後感である。<『無所属の時間』
2012-12-20 19:57:402】《最近、ある日本の週刊誌が『現代アメリカのすべて』という増刊号を出したが、それを一読した時、私は腹を立てるより先に呆然としてしまった。 その中に銀座三越前で街頭録音をした『アメリカってなんだろう』というベージがあった。 答えている通行人は殆どアメリカを知らないのだろう。
2012-12-20 20:28:023】「生産性のない国、といえるんじゃないの。(25歳会社員)」 「…昔は富める国だったのに今では日本の鼻息窺ってるんですってねェ。(35歳主婦)」 「破滅寸前の国じゃないか、ベトナム戦争の終結ぶり見たってわかる。なにも日本はノコノコ追随して行く事はないよ。(21歳早大生)」
2012-12-20 20:57:434】「滅茶苦茶な国ですね。…(20歳立大生)」 生産性がなく、日本の鼻息を窺っている、破滅寸前の、滅茶苦茶な国、と、この四人の日本人のいってる事を要約するとそうなる……(中略)……日本の鼻息を窺っているなどといったら、ワシントンの大統領側近は抱腹絶倒するだろう。
2012-12-20 21:28:005】破滅寸前、滅茶苦茶な国に至ってはアメリカを知らぬにもほどがあり、こんなことをいう人間が最高学府に籍を置いているとは何としても信じがたい。》 ――確かに、在アメリカでこういう週刊誌を読めば、しばし呆然とするのは事実であろう。
2012-12-20 21:57:426】私がこの文章に興味を感じたのは、もし…太平洋戦争の少し前…それに類するものが残っていて、それをこれと比較してみたら大変に面白いであろうと感じた事と、作家F氏とやや似た立場にあった人…アメリカに留学して、交換船…で帰国した人の「しばし呆然とした顔」を思い出したからである。
2012-12-20 22:28:039】私の学んだ学校にはアメリカに留学した教授は多かった。…不思議に思われるかもしれないが、その人達の多くは少なくとも当時は決して「親米的」でなく、ある時期例えば排日の気運が徐々に高まりかつ最高潮に達したという丁度その時期に留学した人には徹底した「アメリカ嫌い」がむしろ多かった。
2012-12-20 22:57:4610】ある教授は、留学以後、生涯「背広」を着ず、紋付羽織袴で押し通したという話があるぐらい、アメリカを連想させるものには全て拒否反応を示すほど徹底した人もいた。 こういう人が相当に多かったというより、全ての留学経験者には多少なりともその傾向があったといえる。
2012-12-20 23:28:0011】「留学生受入れ」には確かに、むずかしい問題があるであろう。 しかし、この人たちの「事実認識」は、そういった感情とは、はっきり別であり、それを自己の内部で峻別することを知っていた。
2012-12-20 23:57:4112】ある対象に対して「好悪の感情」をもつことは各人の自由である。 しかし「好悪の感情」の動きはあくまでもその人の「内心の問題」であって、その感情通りに「対象」が「変化」するわけではない――これは言うまでもないことだが、幼児にはこれが峻別できない。
2012-12-21 00:27:4813】ところがこの人たちが開戦直前の日本に戻ってみると、日本人が全員これを峻別できなくなった幼児のように見え、そこで、その教授たちは呆然としていたわけである。
2012-12-21 00:57:4014】作家のF氏が「……こんなことをいう人間が最高学府に籍を置いているとは、何としても信じがたい」としばし呆然としたのと、おそらく非常に似た状態であったろう。 当時の日本人はみな少なくとも愛国者的感情は今より濃厚であったと思う。
2012-12-21 01:27:5515】特に「排日のアメリカ」で、話を聞くだに不愉快な経験をした人びとは、一種「国粋主義的」ともいえる一面があった。 そしてそういう人なればこそ、この幼児的状態に祖国の危機を感じて必死になって「事実認識が違う」と訴えはじめたわけである。
2012-12-21 01:57:4116】だがそれは、ほんの短期間というより一瞬にして終わった。 いや終わらざるを得なかった。 そしてしまいには質問をされても、答えなくなった。 ある教授はさびしそうに言った。 「何をいっても無駄だ、何を言ったところで『アイツ、カプれて来やがった』で終わりなんだから……」。
2012-12-21 02:27:4817】こういった状態、いわば「知っている人」が口がきけなくなり、「知らない人」が堂々と発言するという状態は、昔も今も、また対象がかわっても、変わりがないように見える。 「中国問題」がマスコミで騒々しく取り上げられたころ、私はI先生は絶対に発言しないだろうな、と思っていた。
2012-12-21 02:57:3918】先生は日本人であって、それでかつて北京特別市公署(日本でいえば都庁)の観光課長であり、北京に住むこと二十数年、墓まで現地に作られ、また北京周辺の遺跡の保存・研究に専念し、その天壇の研究は、日本より中国で高く評価されたという人である。
2012-12-21 03:27:4819】中共軍が北京に入ったとき、その中に北京を知っている人が皆無であったので一心にI先生を探したのは有名なエピソードである。 先生こそ、中国を知っているはずなのに、先生は、戦争中も戦後も何一つ発言されなかった。
2012-12-21 03:57:4020】私達は小人数で先生のお話を伺い、その時その理由を尋ねたところ、日本人の「対中国認識」には、ただただ呆然として口がきけなかったからだ、という先生の述懐を耳にした。 私はこの時、つくづくと、この間の実情は、中国に対してもアメリカに対しても同じだったのだな、と思った。
2012-12-21 04:27:5021】国内的にも同じ問題は常に起こっているように思われる。 食品公害について、現時点で最も多くの資料と実験結果と統計と海外の情報をもっている食品衛生部長が発言できなくなる。
2012-12-21 04:57:3822】と思うと、医師がその診断結果を発表するのに聖書で勇気づけられる必要があり、またその発言が「勇気ある発言」だなどと週刊誌で取り上げられる。 医師がその診断結果を発表するのに勇気が必要なら、これは確かに異常な状態と言わねばなるまい。
2012-12-21 05:27:4823】というのは、診断したその医師以上に、その病人の実態を知っている者がいるはずがないからである。 従ってその医師以外に、発言の権利がある者はいないはずである。
2012-12-21 05:57:3824】それなのに勇気がいるということは、その病気の診断に対して、その医師以上の「権威」をもって既に診断を下している「何か」が存在し、医師の診断がその「何かの権威」の診断に抵触するからにほかならないがゆえであろう。
2012-12-21 06:27:4725】なぜこういうことが、昔も今も、全く飽きもせずいつまでも続くのであろうか。 簡単に言ってしまえば、多くの人の知的水準が、非常に初歩的な意味の「哲学的素養」が皆無なため、「雑識をつめこんだ幼児」ともいうべき状態にあるのもその理由の一つだと思われる。
2012-12-21 06:57:4126】人間が一つの「判断」を下し「意見」を述べることは、何らかの資料(インフォメーション)に基づくはずである。 いかなる名医といえども、あらゆる方法による診察という直接的な資料蒐集に基づかねば診断すなわち判断は下せないし、従って意見を述べることはできない。
2012-12-21 07:27:5027】これはすべての対象に対して同じであり、従って人は、判断なり意見なりを公にするときは、要請があれば、その判断や意見の基となった資料を提出する義務があるはずである。
2012-12-21 07:57:39