架空国家ワンコスタンの冷戦期防空戦略

http://togetter.com/li/432918 で書かれた架空国家ワンコスタンの冷戦期防空戦略について。
7
現場猫教授 @Dr_crowfake

ちなみに冷戦下ワンコスタンの核戦略は「ソビエトが崩壊し、わがワンコスタンが核で焼きつくされようとも、つがいが残ればわが民族は復活する」という力強いものでしたが、つまり核打撃を防ぎ切ることはできない、それを局限しようという現実的戦略でした。

2013-01-07 05:49:59
現場猫教授 @Dr_crowfake

そのため、ワンコスタンは核被害局限のための戦力を充当するのですね。となりにニャンコスタンのような不安国家を抱えながら、万一あるかもしれない核攻撃に備えるのは、ワンコスタンにとっては大きな負担でした。

2013-01-07 05:51:36
現場猫教授 @Dr_crowfake

そのため、爆撃機迎撃にはかなりの予算が投入されました。しかしながら、冷戦構造の崩壊後、それに費やされた予算は他へと流用され、今は廃墟と化しています。しかし、その廃墟をめぐり、歴史と民族について考えてみるのも良いのではないでしょうか……(ドキュメンタリー風に

2013-01-07 05:54:13
現場猫教授 @Dr_crowfake

1960年代のワンコスタン親衛要撃連隊、Tu-123改造有人ロケット迎撃機にロケットを24発搭載し、核爆撃機を「目標手前で」落とすことに特化した部隊でした。総数36機。その開発・維持費用は莫大でしたが、彼らはあえてそれを保有しました。民族存亡の恐怖はそれほどまで大きかったのです。

2013-01-07 05:58:07
現場猫教授 @Dr_crowfake

この迎撃部隊はGCIとの綿密な連携下、核爆撃機がワンコスタン国境を超えた時点で解き放たれる予定でした。というのも、航続距離があまりにも短く、国境外での安全な迎撃ができなかったからです。核爆撃機を落とすための過重な武装と最終誘導のための電子機器搭載がそれに拍車をかけました。

2013-01-07 06:00:39
現場猫教授 @Dr_crowfake

ですがワンコスタンは、米帝戦略爆撃機に1千万ワンコスタン国民の命が蹂躙されることをよしとしなかったのです。ワンコスタンの人口密集地域はさほど多くないのですが、それでも首都圏には百万近くのワンコスタン人が住んでいました。メガトン爆弾ならみな消し炭です。

2013-01-07 06:04:09
現場猫教授 @Dr_crowfake

ですので、ワンコスタン人は全面核戦争時の国家的トリアージを展開しました。「絶対防空地域」「2次防空地域」「放棄地域」などに国土を分割し、優先順位の高い絶対防空地域及びそこへの侵入経路に防空戦力を集中したのです。

2013-01-07 06:06:16
現場猫教授 @Dr_crowfake

そして、首都圏を中心とする「絶対防空地域」に振り分けられたのが、先に述べた、Tu-123改造有人ロケット迎撃機です。これは卓越した性能を持ちますが、防空範囲は消して広いものといえませんでした。そこで敵機早期発見のため、ワンコスタンはソビエトのPVOとの連絡を密にしました。

2013-01-07 06:08:31
現場猫教授 @Dr_crowfake

結果として、ワンコスタン空軍はソ連防空軍との密接な作戦的連携を要求されました。しかしワンコスタンの狭隘な国土を守るために特化したワンコスタン防空連隊の装備はPVOの要求に合わず、ソ連式への装備更新を何度も要請されました。

2013-01-07 06:11:23
現場猫教授 @Dr_crowfake

ですが、ワンコスタンは自国領土防空優先の意図を覆さず、PVOと何度も衝突しました。しかしその衝突も、1957年のスプートニク・ショック後の急速な宇宙技術の進歩と、それによる弾道弾攻撃能力の強化により下火になりました。

2013-01-07 06:13:09
現場猫教授 @Dr_crowfake

当時、弾道弾を迎撃できる技術は存在せず、あったとしてもワンコスタンが単独でそれを保有することなど不可能だったからです。しかし、それでもなお、ワンコスタン親衛防空連隊は、弾道弾以外の核打撃を迎撃する戦力として温存され、冷戦までその地位を手放しませんでした。

2013-01-07 06:15:12
現場猫教授 @Dr_crowfake

冷戦期における核の恐怖はそれほど強いものであり、なおかつ「初撃を耐えればワンコスタンは存続できる」という目算が、彼らにあったからです。民族的結束が、彼らをして「つがいを生き延びらせる」という、一見非合理でありながら彼らにとっては切実な戦略を取らせたのです。

2013-01-07 06:19:26
現場猫教授 @Dr_crowfake

ちなみにワンコスタン親衛防空連隊の基地は、ペトンに塗り固められたブンカーに置かれていました。全くの奇襲を受けた後、あるいは弾道弾攻撃で地上が殲滅されても、その後に飛んでくるであろう爆撃機を迎撃できる能力を保持するためです。

2013-01-07 06:21:35
現場猫教授 @Dr_crowfake

また、ワンコスタンの公共施設や地下鉄などのインフラは、それが非常時のシェルターとして機能するほどの防御力を持っていました。ソ連加盟諸国の比較的裕福な国に見られるような、民族存続への過大なまでの投資は、今見れば滑稽ですが、当時は切実な必要性を持っていたのです。

2013-01-07 06:24:26
現場猫教授 @Dr_crowfake

「わがワンコスタンは、最後のひとつがいが残る限り存続するだろう」ワンコスタン史上に残る偉大なプライムアルファ(最高指導者)ファルディーン将軍はそのように延べました。「世界が全て焼きつくされた後、ワンコスタン人がひとつがい残っていれば、世界は我々のものだ」とすら。

2013-01-07 06:27:12
現場猫教授 @Dr_crowfake

それはあるいは誇大妄想だったのかもしれません。しかしそれほどの言葉を持って鼓舞しなければならないほど、核戦争の恐怖はワンコスタンに及んでいたのです。

2013-01-07 06:27:59
現場猫教授 @Dr_crowfake

ちなみにワンコスタンの主力ロケット要撃機、Tu-123改造型有人要撃機ですが、ロケット弾24発では到底核爆撃機を要撃できないという現場の要請に従い、核弾頭搭載型も計画されました。ソ連が傘下諸国の核武装について警戒したため、なしえませんでしたが。

2013-01-07 06:46:52