バトルクエスト・クレンチ・ユア・フィスト #5
「ともかく、何が吉と出て、何が凶と出ているか……判断の難しいところです」アコライトは言った。彼は心中、ジバヌチに詫びた。そして続けた。「少し無茶をしました。ですが、それで貴方を助ける事ができたとも言える。貴方が何故私を呼び出そうとされたか、それを知りたく思います」43
2013-01-25 16:05:35彼らは次の巡回が現れぬうちに、再び移動を始めた。滝の横の階段を上り、宮殿の中へ進んだ。「私はフワリ=サンの来た道を辿り、オオクに至りました。そこから先程の部屋へ」「セントーも?」「ええ、通りました。セントーを見下ろすバルコニー状の通路です」「人はいなかったわね、この時間なら」44
2013-01-25 16:40:10アナスタシアの問いかけは謎めいていた。「ええ」とアコライト、「豪華なものです。あれら全て、ガンダルヴァ=サンの拵えたものですか」「……そうね……もう少し時間が早ければ、面白いものが見られたんじゃないかしら」45
2013-01-25 16:42:34宮殿の門は重点警戒下にあり、敷地外への脱出は不可能だ。隠れ場所を転々とせねばならぬ。アナスタシアの導きでエントリーしたのは無人の厨房。万が一の逃走経路を確認したのち、彼らは巨大な冷蔵庫に寄りかかるようにして座る。「あらためてドーモ……ナンシー・リーです」アナスタシアは告げた。46
2013-01-25 17:09:49「ドーモ。アコライトです」アコライトは律儀に再度名乗った「つまりその……」「そう」ナンシーは頷いた。「用事があって、この島に来たの。名前を変えてね」自嘲的に微笑む。「そして、出られなくなった。協力者が必要だった……状況打開の為に」「……」「貴方もワケありでしょう?ボンズ様」47
2013-01-25 17:20:30ナンシー・リーが人身売買ネットワークの尻尾を掴んだのは先月の事。発端は小さなビズだった。ネオカブキチョの違法オイラン労働施設と某議会議員の癒着の証拠を挙げた際、ヤクザ・コネクションの裏で蠢くカネと奴隷の巨大な流れを垣間見た。暗黒海流の収束地、それがセッタイ・アイズルだった。48
2013-01-25 18:17:20この時、協力者であるニンジャスレイヤーは遠く岡山県への探索の旅にあった。宿敵アマクダリ・セクトの影も見られぬこの件、彼女の独力で切り抜ける事ができるだろう。彼の助けを待っていれば、情報は価値を失い、チャンスを逃す。焦り、自信、功名心……そうしたものが、彼女に過ちを冒させた。 49
2013-01-25 18:42:28彼女の過ちは主に二つ。ニンジャスレイヤーの事。そしてセッタイ・アイズルを支配するニンジャの事。彼女はガンダルヴァとオーバーウェルムの真の恐ろしさを知らなかった。知った時、彼女は既に島の強固な闇システムに取り込まれていた。抜け出す術無く、機をうかがい、サヴァイヴする他なかった。50
2013-01-25 18:55:08「なんと……貴方はニンジャスレイヤー=サンと!」アコライトは呻いた。「何たる巡り合わせか……!」「貴方」ナンシーはアコライトを見た。だがアコライトは遮った。「まず私の話をします。私はこの島にオイランとして攫われた人を助けに来たのです。彼女にとって、完全に不本意な形です」51
2013-01-25 19:06:26アコライトは村から強奪されたキナコについて語る。ナンシーは厳しい表情でそれを聞いた。やがて彼女は頷いた。「最近この島に連れて来られた娘よね」「彼女はどこに?」アコライトは身を乗り出さんばかりである。「彼女はいわば研修中の身」ナンシーは答えた。「客を取らされてはいないけれど」 52
2013-01-25 19:51:35「私は彼女を助ける為に来たのです。エキジビションに紛れ、何らかの糸口を掴もうとしていました。これで手掛かりが」「助けられればいいのだけど……」アコライトの反応に反し、ナンシーは思いのほか静かで、冷淡と言ってもいい程だった。「山の中から連れて来られて……過剰な夢に浸されて」 53
2013-01-25 19:54:35アコライトは愚かな男ではない。彼にはナンシーの言わんとする事がわかった。しかし彼は言った。「それを決めるのは我々ではありません。ですが、ガンダルヴァでもないのです。キナコ=サン自身が、考え、決めなければいけません」「……」ナンシーはアコライトを見た。「そうね」 54
2013-01-25 20:21:17ナンシーは耳の後ろの生体LAN端子に触れた。首輪から伸びる微細なデバイスが端子に蓋している。「少し悔しいけど、ニンジャスレイヤー=サンに連絡を取りたいの。でも、その為にはこの宮殿のUNIXデッキをハッキングしないと……ハッキングする為には、この忌々しい首輪をどうにかしないと」55
2013-01-25 20:24:26アコライトはナンシーの首輪に触れる。なにしろ生体LAN端子を侵しているのだ。力任せに破壊すれば、彼女の身体にどんな害が及ぶか、わからない。「ガンダルヴァが鍵を持っている」「……鍵ですね」アコライトは頷いた。ナンシーは呟いた。「ニンジャスレイヤー=サンを呼ぶ事ができれば」 56
2013-01-25 21:21:45「彼はどうされていますか?」アコライトは訊いた。「かつてあの方に助けられました」「へえ」ナンシーは破顔した。「どうしているか?そうね……」二人の表情が微かに和らいだ。その様子を、厨房に飾られた女神女体盛り油絵が見下ろしていた……女神の目が!その目の奥の……ああ!小型カメラが!57
2013-01-25 21:27:13ナムサン……何たるさりげなき監視システム!厨房の闇による視認性の悪さ!読者の皆さんにおいては、これを事前に発見する事がかなわなかったアコライトのニンジャ第六感を、どうか責めないでやっていただきたい。それは酷である!だが、どれほどの時間、彼らはこの場に留まっていただろう?危険!58
2013-01-25 21:35:54アコライトは音のした方向を弾かれたように見やる。コロコロと転がってきたそれが……BANG!「グワーッ!」「ンアーッ!?」閃光!そして音!しめやかに投げ込まれたフラッシュバングレネードの爆発により、瞬間的に強烈な視聴覚ダメージを受けた二人をめがけ、無数の影が次々に殺到包囲! 59
2013-01-25 21:45:41「ホールドアップせよ!ボンズ!」力強き声が轟く。アコライトは霞む視界の中、包囲敵を捉えようともがいた。アサルトライフルを構えた護衛戦士達……その人数すらも定かに把握できぬ。「ウカツ……!何たるウカツ!」アコライトは顔をしかめた。取りうる行動は何だ? 60
2013-01-25 21:59:14アサルトライフルの銃口はアコライトのみならず、ナンシーにも当然、向けられている。こうしている間にも更に新手の護衛戦士が合流してくる。指揮をとっている巨人はオーバーウェルムだ。アコライトのニューロンにニンジャアドレナリンが流れ込む。どうする。この場を切り抜けるワザ! 61
2013-01-25 22:01:19「拒否のハンマー」だ!床を殴りつけ、放射状の衝撃波によって周囲の包囲敵を吹き飛ばすボンジャン・カラテの奥義!これを用いて……だがアコライトは踏み切る事ができない。左腕を失し、かつてのカラテ・ネイチュアを失った自分は、あの奥義をつつがなく放てようものか? 62
2013-01-25 22:04:10しくじれば彼自身のみならずナンシーの身にも致命的危険が及ぶ。さらにオーバーウェルムまでもが控えているのだ。がむしゃらに、手当たり次第に打って出て、包囲網を突破する可能性も無くはない、幸運に幸運が重なれば……バカな!幸運に頼るなどと!そして何より、それではナンシーが! 63
2013-01-25 22:07:57ストッ……。アコライトの眼前に、オーバーウェルムの足があった。一瞬の蹴りだ。片足立ちで寸止めした姿勢を維持したまま、オーバーウェルムが言い放った。「タイムアップだ、ボンズ」護衛戦士が進み出、ナンシーの顔に銃口を当てた。ナンシーは観念し、ホールドアップした。そしてアコライトも。64
2013-01-25 22:12:58護衛戦士が数人ずつ二人をとらえ、後ろ手に拘束した。「お前はネズミの真似事をしにこの島に来たか?違う!違う。神聖闘技の為にこの島に来たのだ」オーバーウェルムが足を下ろし、アコライトを侮蔑的に見下ろした。「しっかり休んで準備をするがいい。明日の楽しき催しの準備をな」65
2013-01-25 22:16:47