第10回モノづくり文化交流講座 パネルディスカッション
荒俣「自然に学べ、といっている外国人はロボットはいかん、という。日本人が抵抗ないのは、からくり人形があったのではないか。 #monokou
2010-01-31 15:21:49荒俣「科学は遊びからスタートする。蒸気機関は、水の力と同じ。水の力で何をしていたか。遊園地だ。噴水とか。ヨーロッパの庭園は、必ず斜面が必要。水力を利用するためには高低差が必要だから。 #monokou
2010-01-31 15:21:52荒俣「それを上記に変えたのが蒸気機関。それがつながってトヨタ自動車がある。徳川・トヨタのT・T文化。 #monokou
2010-01-31 15:22:10飯尾「荒俣さんが機械に手を挟まなかったら帝都物語は読めなかった。 飯尾「トヨタは一つの環境が生んだ世界最大の町工場かもしれない。 #monokou
2010-01-31 15:23:38栗岡「昭和12年生まれ。古い人間。防空壕を掘ったりした。炭鉱のような木の柱を立てるのも手伝ったこともある。偉人伝が好き。 #monokou
2010-01-31 15:27:21栗岡「トヨタ自動車工業に入ったとき、なぜ猿と紅葉しかない所に行くのかと言われた。ものを作る同期のある土地だと持った。それからすぐに伊勢湾台風。 #monokou
2010-01-31 15:28:50栗岡「機械も水浸し。米穀通帳で身分証明をしていたが、中小企業の通帳や判子が無くなり、担保もない。挙母に噂が流れた。地元の銀行がそんなものなしで復興のためにお金を貸すという噂。すごいと思った。 #monokou
2010-01-31 15:31:06湯本「大田区の大森で生まれた。のりで有名だったが、産業ががんがん色々なものを作り出した。どんどん海も埋め立てた。遊び場としては最高。 #monokou
2010-01-31 15:32:52湯本「沖からパイプで運んできた泥が底なし沼状態。忍者ごっこをやった。そうやると沈まない。ダイラタンシーの実験と同じ。 #monokou
2010-01-31 15:33:46湯本「片栗粉で実験をやってたりするが、それをやっていた。海も、どぶも汚かった。どぶに基地を作ったりもした。どこからとも無く何かを持ってくる才能があった。 #monokou
2010-01-31 15:34:47湯本「名古屋に来るならからくりだと思ってからくり人形を持ってきた。弓引き動じ。ゼンマイで動く。的に少年が矢を打つ。的に当たりました。4連射できる。からくり人形は産業用ロボット。 #monokou
2010-01-31 15:36:47湯本「正確に同じ作業を繰り返す。昔から日本人は人間そっくりなものを作りたがった。そう言う影響があると思う。 #monokou
2010-01-31 15:37:39湯本「もう一つ持ってきた。学研オリジナル。モータ一つで2足歩行するロボットを作りたかった。歩き方は危うい。転んだら自動で立ち上がる。 #monokou
2010-01-31 15:38:42飯尾「だだをこねているように見えた。こうやってその道の高いところまで行く人だからかもしれないが、才能を引き出すきっかけはどこにでも転がっている。 #monokou
2010-01-31 15:40:43赤池「実は今本田から仕事の相談がある。アシモを進化させたいとのこと。環境の家で接客をやってもらった。それを見て労働させてると心が痛い。 #monokou
2010-01-31 15:42:30荒俣「大田区などで汚染が厳しくなり、モノづくりが環境の問題が立ち上がったように、板橋でも同じ問題があった。板橋でも、人を見て貸す、というのがあった。 #monokou
2010-01-31 15:44:40荒俣「うちの母が信用金庫で、「奥さんに貸します」という事で借りた。それを元手に安い下宿を作ったら当たった。本当なら一家心中してたかもしれないが、板橋のおかげで助かった。 #monokou
2010-01-31 15:46:03