第5回ICRPダイアログセミナー(伊達市・2013/03/03)
末続とその住民の状況 遠藤真也(末続ふるさとを守る会。いわき市) ※安東量子さんによるインタビュー形式
3.11後は津波の影響が大きく、津波で8名が死亡。三日三晩燃え続け、集落は何もなくなってしまった。
2013-03-03 09:26:242発目の爆発直前に、埼玉に2週間ほど避難。地区の人も30km圏内なため屋内退避指示が出た後、バスで全員避難。
2013-03-03 09:27:22電気もガスもなかったため、報道が全くなかった。熊谷の妹からこちらに逃げて来いとひっきりなしに連絡があったので状況がわかった。
2013-03-03 09:28:06まず、末続地区の紹介について。いわき市の北にあり、双葉郡と接する場所。原発から27-28km。震災前の世帯数は130世帯(500名)。25世帯くらいは津波の被害にあった。
2013-03-03 09:28:34放射能対策の活動を始めた経緯。4/22にいわき市が屋内退避指示が解除され、30km圏内の警戒区域が解除。線量などの情報もなく、本当に戻って大丈夫なのか心配だった。
2013-03-03 09:30:48知識がないまま、2ヶ月ほどネットなどで情報を調べるが、明確な答えが得られなかった。専門家にも知識がなかったようだ。そのうち家庭内でぎくしゃく。イライラする自分に憤り、しかし帰りたかったので、自分で線量マップの計測を始めることを決意。
2013-03-03 09:32:51帰るか帰らないか考えるにしても、データがなかった。明確な答えをもらえなかった。いらだち、怒りのなか暮らしていた。それを続けると家庭の軋みが出てきた。イライラしている自分が情けない、なにかをしなければならない。
2013-03-03 09:33:01自分は帰ろうという意識は強かった。行政も東電もやってくれないと愚痴だけいっててもしかたないから、自分の目で確かめよう。地域の人間がみれるものを作ろうということで地図作りをはじめた。
2013-03-03 09:33:09全田んぼの空間線量および土壌放射能濃度の測定⇒空間線量マップ、土壌放射能濃度マップの作成 立ち入ることの同意を得ているなかで、仲間が増えていった。
2013-03-03 09:34:03各世帯の線量を測るために、各世帯の了承を一戸づつもらい、土壌測定も行った。130軒、夜に仕事が終わってから同意書をもらいに回った。そのうち協力してくれる仲間が増えてきた。
2013-03-03 09:34:03