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山本七平bot @yamamoto7hei
①【静かなる下剋上】相続にまで適用された「義務を果せば権利を得る。 義務を果さなければ権利を失う」という考え方は、当然に他の面をも律する。 例えば御家人の義務である大番役…に勤仕すれば、当然に御家人の資格とその権利を取得したものと考える。<『1990年代の日本』
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②だがそれが庄園の下司庄官以下だったら少々問題である。 というのは、彼らが御家人と称して領家に服従せず、その命令に反抗するようなことになれば、幕府に苦情が殺到する。 この例が相当にあったらしく式目三条の中には次の言葉がある。 …省略… だがこの傾向はやまなかった。
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③さらに、幕府自身が、たとえそれが御家人でなくても、御家人の義務を果せば恩賞を与えると約束すれば、当然に主従関係が設定されて権利を生ずる。 また義務を果さなければ所領没収その他の罪科を行うと定めれば、御家人の資格を喪失するものも出る。
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④たとえば、蒙古襲来のとき、次のような法令が出されている。 …省略… いわば、功績→恩賞→御家人という形と、その逆だが、たとえ幕府が手を下さなくとも、御家人の身分を喪失することがある。
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⑤たとえば所領の喪失→無足(所領なき)御家人→御家人身分の否認というケースで、笠松宏至氏は「たとえば若狭では承久後の短期間に三十余人の国御家人の半数以上が御家人身分を失った」と記されている。 こういう体制がメリットクラシーであろう。
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⑥いわば業績(失態)には必ず賞(罰)があり、その賞の大きさが地位に転じ、一方、罰には没収があり、没収されれば地位も失う。 また投収されずとも、自ら失えば、同時に地位を失うという体制である。 では何で所領を失うかといえば、後述するように、多くは経済的理由である。
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⑦だがそれによって御家人が減少すれば幕府の基盤が崩れるから次の様な御家人救済法があった。 …省略… いわば安堵を受けた者はその後二代まで無足でも御家人の身分を保証するという訳だが、そこには「身の振舞い」という条件がある。 いわば「器量」があれば救済してやろうという事であろう。
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⑧ではなぜ「無足の御家人」を生ずるのか。 まず所領の売買が基本的には自由で、法的にも認められていた事である。 式目四十八条には次のように記されている。 …省略… 簡単にいえば私領の売買はよいが、恩領の売買は禁ずるという事である。
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⑨だがこれは恩領・私領を獲得原因によって崚別しているのでなく、「相伝」すなわち何代かの相続を経ればよいのであって、もらった所領をすぐ右から左に売ってはならないということである。
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⑩だが経済の原則はまことに厳しく作用するから、所領の経営に失敗すれば手放さざるを得なくなる。 そうなると禁止に対応してさまざまな抜け道が考え出され、それを封ずるため次々に法令が公布されるということになる。
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⑪その跡を少し追ってみよう。 …省略… これから見ると、経済力を蓄えた庶民や高利貸が御家人の所領を買収したことが明らかである。 また延暦寺は宗教的権威や商業的特権を背景に富を蓄え、それを地頭に貸し、その代わり山僧が代官となってその収益を管理して同時に回収している。
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⑫幕府がこれらを禁止すると今度は質に入れてしまう。 次はまず、御家人が御家人に質入れした場合で、この場合は幕府が承認することもある。 …省略… 今でもそうだが、二十か年間他人の土地を占有していると、自動的に占有者の所有になる。 ただ非御家人や凡下ではこの権利がない。
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⑬だがこうすると、他人に贈与したと言って裏で金をもらい、所領経営を請け負わせただけだと言って、名義はそのままにして実際には売り渡すという例も生ずる。 すると幕府はそれを禁止せぎるを得ない。
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⑭だがいかに禁止しても経済的能力のある者は富を蓄えていき、能力のない者は没落していくのは如何ともしがたい。 幕府は何とかこれにブレーキをかけようとして、次のような法令を公布する。 …省略… これらを読むと既に「静かなる下剋上」が始まっていると思わざるを得ない。
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⑮いわば凡下の輩とか雑人などと言われている者も、経済力さえもてば徐々に所領を入手することができる。 そして困窮した御家人が到底、大番勤仕に応じられないとなれば、それを代行してやって、御家人の如くに振舞うことも不可能ではない。
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⑯幕府は確かに、御家人の所領を安堵してその所有権を権保してやった。 しかし、本人にその権利を保持する意志も能力もない場合は、いかに保護してやろうとしても、どうもできない。 「器量絶対」を原則とすれば、その能力主義はしだいに庶民も身につけていく。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑰そして中央政府が崩壊してルールがなくなればこの実力主義は、実に粗暴に無秩序に発揮され、下剋上という形で世の中を根底からひっくり返していく。 下剋上は、ある意味では徹底した個人主義である。 伝統的権威、氏素姓、一族等々、かつてたよりになったものは、もう全くたよりにならない。
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⑱中江藤樹は「天地の間、己一人生きてありと知るべし」と言ったが、南北朝時代から戦国時代にかけては、これが常識であっただろう。 たよれるものは自らの「器量」だけである。 だがそうはいっても、人間は一人だけで生きていくことはできない。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑲そして中央政府があてにならないとなれば、自分達で集団規約をつくって各人がそれを守り、団結して自らの安全を保障しなければならなくなる。 ここに次章で記す日本人が自ら生み出した最初の自主的・契約的組織が出てくる。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑳いわば器量絶対を一定のルールに乗せようという動きである。 これが一揆だが、この一揆的集団主義と器量絶対の下剋上的能力主義は裏腹の関係にあり、以後、日本の体制がどのように変化しても、また明治以降のように西欧の組織を導入しても、以上の二つは必ずその中に内包されているといってよい。

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