展望台の片隅に歌碑があるが見向きもされない。酷いときは子どもをよじ登らせて、よく見えるだろう、と笑って憚らない親さえいる。ある朝、清掃で歌碑に向かうと、朗々と歌を詠み上げる声が聞こえてきた。しかし、辺りに人はない。歌碑の基礎に真っ赤なビー玉が落ちていたが、怪しいので拾わなかった。
2010-10-15 06:43:21まったくどうかしていた。あまりの暑さに頭がぼんやりして、気付いたときには、墓前の缶ジュースに手を伸していた。生温いジュースを飲み干してから、途轍もない後悔の念に襲われた。その晩、頭のなかに声が響いた。「気に病むな、許す」と。ぼくはホッとした。が、次の日も次の日も、声は響き続けた。
2010-10-15 06:44:56駅前に新設されたペデストリアンデッキは夜景スポットになった。夜になるとデッキに老若男女の顔がずらりと並ぶ。ある晩、信号待ちにデッキをふと見上げて目を疑った。人々の顔が一様に膨れあがり仄かな橙色に発光しているのだ。ほどなく顔はぼとりと落ちた。路上では黒い何かがそれを拾い集めていた。
2010-10-15 23:37:34「ねえママ、もみじを一枚だけ見つけたよ」背後から子どもの声がした。秋にはまだ早い。「あらあら珍しいわね」と母親はふり返るが、しかし、子どもの指先には青々とした葉が一枚。母親の目の前で、葉はみるみるうちに赤く染まる。そして、皺だらけになった指先から床に落ち、びちゃりと血が広がった。
2010-10-15 23:38:12正月の酒の席で叔母が「鰐皮なのよ」と見せびらかしたその刹那、上座で呆けていた爺がカッと目を見開き、仏壇から小刀を取り出したかと思うと、「いまぞいまぞ」と叫びながらその財布をずたずたに切り裂いてしまった。爺がその場で往生してしまい真相は闇の中だが、その小刀は拾い物だったらしい。
2010-10-15 23:39:31「こんな古いお金はちょっとお断りですね」と店長が客の男に紙幣を突き返した。客はまだ若く見えるのにボロを身に纏った男だ。男は悄然と店を出たが、何かを落としていった。百円札だ。放っておけという店長の制止を無視して男を追いかけた。背後で凄まじい音がした。店にダンプが突っ込んでいた。
2010-10-15 23:40:02新製品発表会場に革の手帳が落ちていた。開くのは失礼なので、まずは周りの人々に声を掛けた。しかし、持ち主はいない。とりあえず主催者に渡した。しばらくしてケータイが鳴った。なぜか主催者からだ。向こうも不思議がっている。手帳の中身は白紙で、私のケータイ番号だけが書かれていたという。
2010-10-17 01:01:59シルバー人材に登録した叔父さんは公園のペンキ塗りに派遣された。作業は早朝のうちに終り遊具の周りにロープを張っていると子どもが一人一直線にかけてきた。その子は叔父さんをすり抜け遊具に登り、ふっと消えた。塗り立てのペンキはそのままだったが、遊具の上から靴が片方だけころんと落ちてきた。
2010-10-17 01:02:25会合は今晩のはずなのに誰もいない。他の団員に電話を入れるが一人もでない。おかしいな、と倉庫の周りを歩き回っていると、突然、ガンガンガンとシャッターを叩く音がした。続いて倉庫横の使われていない火の見櫓の鐘が打ち鳴らされた。はっと見上げると、焦げた風呂敷の断片がひらりと落ちてきた。
2010-10-17 01:02:45酔った帰り道、ふらふらの足でコンビニに入りコーヒーを一本買った……つもりだったのだが、そのコンビニは店じまいしたのを歩きながら思い出した。こりゃ飲み過ぎたなと反省した。当然、買ったつもりのコーヒーは手の中にない。しかし、反対の手の中にレシートを握り締めていることに気付いた。
2010-10-17 01:03:07後部座席に口紅が落ちている。女を乗せた覚えはない。中古車だから前の持ち主の物かもしれないと思ったが、販売店が見落とすわけがない。とにかく気持ち悪いのでその口紅は捨てた。次の日、フロントガラスの内側に紅い字で「HELP」と書かれていた。鍵は掛かっていた。車内には口紅が落ちていた。
2010-10-17 01:03:29@ts_p 空港で荷物を待っていると濡れたカタマリが流れてくるのが見えた。辺りを見渡すが誰もその存在に気付いていない。そのカタマリは誰も拾うこともなく、とうとう私の目の前にやってきた。「ちゃんと私も忘れずに持って帰って。」私のトランクに旅先で湖に沈めたはずの彼女が貼り付いていた。
2010-12-06 16:57:37