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山本七平bot @yamamoto7hei
①【悟りを拒否した「偉大なる社会人」孔子】前述のように孔子は、一面ではたしかに当時の古典の「編纂(へんさん)者」であった。 その点では今の「古典学者」に入るかもしれない。<『論語の読み方』
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③彼は菩提樹の下で瞑想して「悟り」に達したわけではなく、その面から見れば、実に「悟らない人」、否むしろ、その種の「悟り」を拒否した人であった。 また、彼の考えた「救済」は、決して来世のそれでなく、また天国のそれでなく「出生から死亡」までという現実の「地上の社会」の救済であった。
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④その意味では、まさに現代人である。 さらに彼は、社会をひっくりかえそうとした「革命の人」でなく、すでにひっくりかえってしまった社会を救済する「秩序の思想」を樹立しようとした人であった。 その意味では、「乱世の思想家」である。
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⑤乱世では、人は秩序を思う。 そして平和のときは、それが来たときの恐ろしさを忘れて乱世を思うのが凡人であろう。 凡人とは、常にその際も「自分だけは別」と信ずるか、何らかの「奇跡」を期待している。
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⑥従って、世界のどこかに奇跡が起こっていると信じたがり、その夢をスターリンに託したり、毛沢東に託したりしては、裏切られている。 【理想社会の出現を個じない徹底したリアリスト】 興味深いことには、孔子にはこの要素がまったくない。 そして彼自身にも、もちろん奇跡物語はない。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑦それはまさに「怪・力・乱・神」を語らなかった人にふさわしいが、同時に、超人的英雄の出現による奇跡的な新秩序の樹立と、それによる理想社会の出現も信じなかった。 いわば「空想的社会主義者」的な要素は皆無である。
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⑧あらゆる意味で孔子は徹底したリアリストであり、同時に理想を持ったリアリストであった。
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⑨「いま、なぜ『論語』なのか」 と問われれば「科学」という名の「空想」に基づく「思いて学ばざれば則(すなわ)ち殆(あやう)し」といった「戦後主義」の風潮にとって、孔子とはまさにその対極の人だからである。
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⑩彼は理想を抱きつつなお、あらゆる意味で人間を「浮き上った」存在にしなかった。 そして現代、その視点から『論語』を読む事こそ「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知れば…」という事であろう。…私にはこのような人が紀元前六世紀にいたという事の方がむしろ奇跡的に思えてくるのである。

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