『ママ、わたしは生きてる』(イントロ)

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Shimada Yuichi @chimada

世界は砂時計のように零れる。わたしはその光景を第三者として見た。こんなもの、潰れてしまえ。わたしは願った。こんなもの? こんなものって、なんだ。それは愛しく思った男のことだろうか。それとも眺めて患った世のことだろうか。いや、やはりこれはあれだ。きっとわたしの目のことなのだろう。

2013-03-10 02:06:04
Shimada Yuichi @chimada

テイレシアス。盲目の予言者。蛇を打つことで性別を男性から女性に変わったもの。女性から男性に変わったもの。だから彼は二度の機会に蛇を打った。それもひどく打った。なんどもなんども、打った(これはわたしの想像だ。神話はわたしにみだらな想像を要求する)。テイレシアスは神話の登場人物だ。

2013-03-10 02:09:08
Shimada Yuichi @chimada

「これは確かなことだが、女の喜びのほうが、男のそれよりも大きいのだ」(オウィディウス, 『変身物語』, 中村善也の翻訳)

2013-03-10 02:11:51
Shimada Yuichi @chimada

テイレシアスの目を確保せよ。「ミカト。あなたに指示がくだった」「おいおい、サクラさん。おれはもう、だめだ。生きていても仕方のない、壊れた天使さ」「目覚めたばかりのところ、恐縮だけど、あなたの協力がぜひとも必要なのよ」「サクラさん、あなたが取り乱すなんてめずらしいね。どうしたんだ」

2013-03-11 05:38:42
Shimada Yuichi @chimada

「ミカト。今回の任務には、あなたの絶対遍歴が必要とされます」「おいおい、焦ってるのはわかったぜ。サクラさん。ほら、コーヒーを飲んで落ち着こうぜ」「口移しでお願いします」「あっついコーヒーは口移しには向かない。そもそもぼくがそっちの方を向いていない」「はぁ。落ち着かないなぁ」

2013-03-12 01:41:30
Shimada Yuichi @chimada

「ミカト。あっついコーヒーを(口移しではなくて残念でした)いただきました。ありがとうございます」「うん。落ち着いた?」「あなたの肉体は女性を落ち着かなくさせる。つまり、わたしはまだまだこれからだ、ということです」「それまでにしておけよ、サクラさん」「ふん、だ。けちんぼなミカト」

2013-03-12 01:43:44
Shimada Yuichi @chimada

「テイレシアスの目とはなんだ」「けちんぼなミカトにはサクラはなにも教えられない」「じゃあ、いいよ。お前の記憶をのぞくから」「ええ、いいですよ。女の子の記憶をのぞくのは、さぞ厄介でしょうけれど」「絶対遍歴であるところのぼくでも、無防備の女の子の記憶はのぞけない」「やさしいなミカト」

2013-03-12 01:45:33
Shimada Yuichi @chimada

「『やさしいなミカト』の次は、『やめて、ミカト』、それから『いや、そこは、ミカト』、そのつぎには『しかたないなぁ、ミカト』とミカトくんの肉体の魅力をコマーシャルしましょう」「しません」「いけずなミカト」「ぼくの話はいいんだ、サクラ。テイレシアスの目について教えろと言ってるんだよ」

2013-03-12 01:47:14
Shimada Yuichi @chimada

「そんなにテイレシアスの目が知りたい? 女の子の肌よりもそれは知りたいこと?」「女の子の肌は置いておけ」「脱がせてください、ミカト」「女の子の肌は脱がせるものではないし、ぼくはサクラさんの着物でさえも脱がすつもりはない」「…………」「なんだよ、押し黙るんじゃない。かわいいサクラ」

2013-03-12 01:48:54
Shimada Yuichi @chimada

「さて。男の子と女の子のいちゃらぶなシーンはこれくらいにしましょうか」「主導はサクラさんだったけど」「おだまりなミカト」「わかった、わかった。話を聞こう。サクラさんの望むような展開で」「ミカトはアナルセックスには対応していますか」「突然の話題の転換には対応しないんだよ、サクラ」

2013-03-12 01:51:05
Shimada Yuichi @chimada

テイレシアスの目について知られることは少ない。そもそもそれについては公式な文書に記録がいっさいないからだ。「だ、そうです。おぼこなミカト」「サクラさん。そろそろぼくの男の子が泣くぞ」「鳴くのですか」「涙を流すんだ」ミカトの男の子は涙を流した。「やめてくれ、サクラさん。恥ずかしい」

2013-03-12 01:53:51
Shimada Yuichi @chimada

き、きえた。どうして。おい、そんなことを言ってないで、「あいつ」を、って、うわあああ! おいい、おいいいいい! くっ。にげるぞ! おい、作戦を放棄する――ぎゃあ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 「逃げてぇ!」 あいつ、てめぇでやっておいて、よくも、よくも、よ、く、もーーーーーー。

2013-03-13 00:20:42
Shimada Yuichi @chimada

テイレシアスの目を確保する作戦が展開された。が、結果はごらんのとおり。作戦にあたった部隊は消滅。その後の彼らの足取りを知るものはだれもなかった。と、いうのが今回の話だ。ミカトくん。今回君にはこのテイレシアスの目の確保に尽力してもらいたい。なお、このテープは自動的に消滅しないから。

2013-03-13 00:22:57
Shimada Yuichi @chimada

自動的に消滅するといえば、テイレシアスの目に関わった情報は、逐一削除される。これはどういう現象か、わかってはいないが、それがおそらくテイレシアスの目に関わる現象なのだということで「わたしたち」の見解は統一されている。いいか、ミカトくん。テイレシアスの目は「消滅」を引き起こすんだ。

2013-03-13 00:24:20
Shimada Yuichi @chimada

とはいえ。「わたしたち」にわかっているのは、ほんとうは「テイレシアスの目」という名称だけだ。さきほどの音声テープは無制限複製によるものなので、マスターテープの内容はとっくに消滅している。テイレシアスの目は己の存在を抹消するんだ。ただし、記憶には干渉しないらしい。意味がわかるね。

2013-03-13 00:29:38
Shimada Yuichi @chimada

絶対遍歴ミカトくん。君は記憶を跳梁跋扈する「舞踏会の物音」だ。だれにも気づかれずに記憶を盗む。いいか、ミカトくん。存在しない存在である君ならば、存在の消滅を免れ、みごとテイレシアスの目を確保、あるいは、「テイレシアスの目についての記憶を封印する」ことができるのではないかね。ん?

2013-03-13 00:34:46
Shimada Yuichi @chimada

「できるかんなこと!」「落ち着いてください魔法少女ミカトくん」「ぼくは魔法少女でも少女でもない!」「少女みたいなみなりをしたミカトくんは愛らしい少女みたいに年上のおねーさんに飛びかかった!」「少女じゃないし、飛びかからない」「冷静になったミカト」「冷静じゃない、サクラ。混乱だよ」

2013-03-13 00:36:40
Shimada Yuichi @chimada

どこまでも落ちていく。

2013-03-14 05:44:04
Shimada Yuichi @chimada

ミカトくんは男の子だ。歳はサクラさんよりも一回りくらい若そうに見える。たぶん、ほんとうにそうなのだろう。そうならば、もちろんサクラさんはミカトくんより一回りくらい大きなひとに見える。ふたりはミカトくんの部屋で話し合っている。ミュージックプレーヤーをふたりのあいだに置いて、話す。

2013-03-14 05:57:34
Shimada Yuichi @chimada

ミカトくんは不思議な環境で育った男の子だ。まず、父親も母親もいない。いや、いるんだけれど、つまりはひとり暮らしなのだ。生計は、彼のその特殊な技術によって賄っている。「絶対遍歴」とサクラさんはそれを呼んだ。どうやら、「他者の記憶になんらかの方法で関与する能力」をミカトくんは有する。

2013-03-14 06:00:16
Shimada Yuichi @chimada

サクラさんは女のひとだ。どうやらミカトくんのアシスタントであるらしい。考えてもみてほしい。どうしたらミカトくんはひとりで生きられるか。結論。そんなことは不可能だ。大人のお姉さんの助けがいる。ある日、ミカトくんはサクラさんと出会い、それからたがいにパートナーのように付き合っている。

2013-03-14 06:02:28
Shimada Yuichi @chimada

サクラさんはミカトくんに新しい依頼を提供した。テイレシアスの目を確保せよ。ミュージックプレーヤーから依頼人のメッセージと、「現場の状況を録音したテープ」が再生された。特殊な技術によって保存された音声だ。そうでもなければ、テイレシアスの目は自身の存在、記録の存在を許さないそうだ。

2013-03-14 06:04:50
Shimada Yuichi @chimada

サクラさんはスーツ姿の女のひとだ。まるで男のひとみたいに女の子のからだにスーツをまとう。髪はショート。これは運動に適したスタイル。煙草を嗜む。男の子であるミカトくんの部屋で、遠慮なく煙草を一口。「怖いですね、ミカト。サクラはぶるってます」「そう」「つまり、抱いてください」「やだ」

2013-03-14 06:07:43
Shimada Yuichi @chimada

ミカトの部屋はいろいろなものが置いてある。古い小説。怪しい人形。割れた仮面。腐ったカーペット。美しい骨格標本(おそらくほんもの)。捨てられた犬。ミカトは犬に餌を与える。そのときだけミカトは歳相応の男の子の顔を見せる。母にも父にも、そしてサクラにも見せない顔だ。さみしそうな顔だ。

2013-03-15 06:19:10
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