『ママ、わたしは生きてる』(イントロ)

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Shimada Yuichi @chimada

ミカトは書棚から辞典を取り出す。「て、て、て、て、て、あった。テイレシアス。ギリシア神話の登場人物だ」「うわー、ものしりなミカト」「ぼくはものしりじゃない。辞書を読んだだけ」「辞書に頼ることのできるミカト」「だれだって辞書に頼って生きている。男も、女も、犬も、猫も、そして子もね」

2013-03-15 06:20:58
Shimada Yuichi @chimada

「それならミカト。テイレシアスってなんですか」「ちょっと待って。一度整理する。うん、予言者だ」「よげんしゃ」「未来に起きるできごとを言い当てるんだ。この場合、ことばを預かるものとしての『預言者』からは区別される。あらかじめのことばと書いて予言だ」「声のえろいミカト」「やめてよ」

2013-03-15 06:23:12
Shimada Yuichi @chimada

「じゃー、ミカト。テイレシアスの目ってなんですか」「サクラさんはほんとうに何も知らずにここに来たんだな。何をしにここに来たんだ」「サクラはミカトとやるきがあります」「そう、踊るように殺し合おうか」「やめてミカト。殺し合うのは物語に任せ、ミカトとサクラは愛し合う」「さぁ、どうだか」

2013-03-15 06:26:26
Shimada Yuichi @chimada

「じゃー、ミカト。お医者さんごっこってなんですか。サクラはミカトといっしょにごっこしたいな」「テイレシアスの目。これはぼくにはわからないキィ・ワードだ。サクラさん」「スルーするミカト」「うん。待てよ。ああ、テイレシアスは盲目だ」「恋に盲目」「三角関係から退いた予言者なんだよ」

2013-03-15 06:31:56
Shimada Yuichi @chimada

ミカトは心の裡でうそぶく。「ゼウスとその妻ヘラは、男にも女にもなったことのあるテイレシアスに聞く。『男と女の、どっちが気持ちいいのか』テイレシアスは答える。『女のひとです』。その返答に、ヘラはテイレシアスから光を奪う。それを哀れに思ってか、ゼウスはテイレシアスに予言の力を授けた」

2013-03-15 06:34:07
Shimada Yuichi @chimada

ミカトとサクラは気づいていない。その部屋に窓はあった。だが、ふたりは気づかない。窓の外に何があるか。いや、何がないのか。いい加減、サクラは気づいたようだ。「ねぇ、ミカト」「どうしたの、サクラさん」「暗くないですか」「女の情念がか?」「ミカト。ほんとうに暗いんです」「あれ、なんだ」

2013-03-16 05:36:31
Shimada Yuichi @chimada

「ミカト。変です。部屋が●えていきます」「サクラさん」「おか●いですよ」「サクラさん?」「●が消えちゃった? あれ、●えない? あ●? ●れ? あれ● ●●? あ●● ●れ● ●●●●●●●●●●●●●●●●●」「サクラ、お前の姿を思い出せ!」「ええ? ミカト。どうしたんですか」

2013-03-16 05:42:32
Shimada Yuichi @chimada

窓の外には●●●●が広がっていた。●●●●とは何か。ことばにならないもの。ことば以前のもの。あるいは、ことば以降。ことばにならないものを記述するわけにはいかない。あえてそれを呼べば、こういう名前になるだろうか。「めでたし」これから●●●●のことを「めてたし」と呼ぼう。終わるのだ。

2013-03-16 05:57:18
Shimada Yuichi @chimada

たとえば。ミカトのミュージックプレーヤーから再生された音声。おそらくテイレシアスの目に関わったものの事情だが。つまりそれは、「テイレシアスの目に接触した部隊は、『めでたしめでたし』になりました」とあらためて記述できる。そこには過程というものがない。結果だけが残る。めでたしだ。

2013-03-16 05:59:02
Shimada Yuichi @chimada

さてさて。それなら、テイレシアスの目についても、こういうことができようか。「テイレシアスの目は、めでたしめでたしを運ぶ」もちろんこれは現時点での推測に過ぎない。あとになってこの態度を翻すかもしれない。具体的にはテイレシアスの目については、だれもなにも知らないのだ。このときには。

2013-03-16 06:00:40
Shimada Yuichi @chimada

そもそも。どうして「めでたし」がテイレシアスの目についての現象であると推測するか。もしかしたら「カッサンドラの顔」であるかもしれないではないか。つまりはそれはこういうことだ。偶然なんてものは必然でしかない。テイレシアスの目の話をしていたサクラとミカトは、みごとに巻き込まれたのだ。

2013-03-16 06:02:43
Shimada Yuichi @chimada

「ああ、納得いかない。サクラさん。これをぼくは『テイレシアスの目』による現象と断定する。おそらく、『目』に関わるものは、せんだってのサクラさんに起きたようなことが起きる」「泣きそうなミカト。どうしたのかな」「いや、なんでもない。男の子は泣かないものだよ」「そうじゃないよミカト」

2013-03-16 06:05:04
Shimada Yuichi @chimada

「絶対遍歴。サクラさんにはお馴染みのこの特権についてあらためて振り返る」「わーい、ぱちぱちなミカト」「記憶。記憶の保存、記憶の再生、記憶の消去。あとは記憶の閲覧か。とにかくこの程度。実在の音声。つまりぼくにはなにもできない。ただの恋愛の敗北者だ」「振られミカト」「そのとおり」

2013-03-17 07:20:15
Shimada Yuichi @chimada

「テイレシアスの目は。おそらく記録に関わる。それは、依頼人の発言から推測する。テイレシアスの目に関わる記録はすべて消え失せる。それはテイレシアスの目がなんらかの特権であり、その特権が記録に関与するものであるからではないだろうか。ぼく、絶対遍歴が記憶なら、テイレシアスの目は記録だ」

2013-03-17 07:22:31
Shimada Yuichi @chimada

「記憶に関わる特権がテイレシアスの目なら。たかが特権だ。特権を剥奪するもの。特権の天敵。特権の母親。そういうものが今回の件にあたるにふさわしい。つまりはそういうことだよ、サクラさん」「どういうことかわからないミカト」「男装中毒」「ああ?」「フッカさんが登場するシーンだよ、これは」

2013-03-17 07:24:57
Shimada Yuichi @chimada

「フッカさん。ミカトのはじめての女(ひと)」「おおっと、その記憶は消去したほうがいいかな」「どうぞミカト。かわりにわたしの肉体を蹂躙するといいと思う」「それじゃあだめだ、サクラさん。やっぱり絶対遍歴なんてものは使い物にならない特権だ。ふふ。いいね。フッカさんと連絡を取りたいんだ」

2013-03-17 07:26:42
Shimada Yuichi @chimada

「フッカ。男装中毒だ。特権に関わるための特権を有する。男装中毒といえど、決して男装をしてここに参ったわけではない。ミカトの好みの服装をしてきた。ミカトは年上のお姉さんの制服姿がお好みだということで、わざわざセーラー服を注文したんだよ、わたくしフッカはなぁ!」「ありがとう。フッカ」

2013-03-18 06:50:21
Shimada Yuichi @chimada

「ところでどうしたミカト。そうかそうか。わたしの肌が恋しくなったか。すまない、あいにくだが、わたしのほうがお前の肌が恋しいのだ。なぜかって? わかるだろう。お前は男の子でわたしは女の子だからだ。それもあるが、なによりそれよりどれよりも、たったいちどの敗北に参っているんだ。目だよ」

2013-03-18 06:51:16
Shimada Yuichi @chimada

「ミカト。テイレシアスの目にわたしは敗れた。女の子だった。ひとりの女の子。彼女こそがテイレシアスの目だった。その女の子。どうしてだかわたしを残した。どうしてだかわかるか。わたしを手紙にしたんだよ。絶対遍歴。テイレシアスの目はお前を呼んでいる。さぁ、いっしょに寝よう」「いやです」

2013-03-18 06:53:18
Shimada Yuichi @chimada

「なぜだ。傷つき倒れ血を流し涙を垂れ頭を下げ服を脱ぎ心を閉ざした女の子を助けるのがお前・絶対遍歴・魔法少女・悪魔令嬢・さみしい女の子のためのミカトくんではなかったのか!」「そんな綽名をたったいま思いついたのか」「以前から考えていた。だってそうだろう。ミカトはそうなのだもの」「!」

2013-03-18 06:55:34
Shimada Yuichi @chimada

「いいだろう。ミカト。いいだろう。ミカト。だいじなことは胸に秘めるものだ。よって二度も言わない。本来なら一度だって言わないんだ。だからあえて言おう。あなたに抱かれないとフッカちゃんは再起不能になるぞ」「ぼくが養うから、再起不能になっていいよ」「舌の世話から臍の世話まで」「ごめん」

2013-03-18 06:57:16
Shimada Yuichi @chimada

ミカトの部屋にフッカが現れた。ミカトよりも年上の女のひとだ。まるで学生が着るような制服。サイズが合っているからだろうか、それはフッカにとって歳相応の衣服に見えた。もちろん、フッカは学生ではない。男装中毒。特権に関わる特権。フッカは学校教育の庇護をとっくの昔に脱落・拒否していた。

2013-03-19 06:54:58
Shimada Yuichi @chimada

フッカ。男性中毒。これはミカトの絶対遍歴と同じような特権だ。特権。それは個人的な秘密とでも言おうか。秘密を持つものによる行為。それは本来説明が適わない。たとえば「アメジスト」という宝石をあなたは説明できるだろうか。それは考えられるものであり、感じられるものだ。語るものではない。

2013-03-19 06:59:03
Shimada Yuichi @chimada

フッカの男性中毒。ミカトの絶対遍歴。この名称こそが特権のすべてだ。そこからすべてははじまる。はじまったものは理解されないまま、説明されないまま、おわっていく。ただし、特権は関わるものだ。何らかの形で他者と関わる。そこに特権の性質を見られる。男性中毒は特権に、絶対遍歴は記憶に。

2013-03-19 07:02:34
Shimada Yuichi @chimada

「特権ではない特権。そういうものがあるということをミカトは知るだろうか」「フッカさん。特権についてはぼくは知らないことばかりだ」「そう。特権は他者と関わるためのものだとわたしは思う。セックスのようなものだな。セックスがあるからこそ、わたしはミカトと関わる。ひとりではなくふたりだ」

2013-03-19 07:04:30