友野詳氏の「シャハルサーガ 第3部」 ストーリー版
少女は、後宮をさらに奥へと進んだ。後宮に牢獄はない。だが、牢獄同然に、人を閉じこめることができる部屋ならある。その頑丈な扉も、警護官の腰から奪った鍵があれば、あっさりと開いた。 「こんにちは、ユーディア。あたしが来たよ。待ってた?」 #シャハル3 132
2013-05-29 23:17:09その少女が入ってきた時、ユーディアは、気絶しそうなくらい驚いた。なぜなら、ひとふさの髪をのぞいて、少女の姿は、彼女とそっくりだったからだ。少女が口を開く。 「あなたに会うまで、わたしもユーディアだと思ってたんだけど、やっぱり会うと違うわね。名前、欲しいな」 #シャハル3 133
2013-05-29 23:18:10#SSG選択 「でも、それは後ね。ここを逃げて、アリクに会ってから、彼にもらいましょう」 「……なぜ、あなたが……アリクを知っているの」 「うふ、どうしてかな。それも、後でね」 ユーディアの質問に少女は答えない。廊下に出るよう促してきた。 #シャハル3 134‐B
2013-05-29 23:20:09第3部 第8夜
「今なら誰もいないの。さあ」 少女が、ユーディアの手をつかんで、ぐいっとひっぱった。 「……だめ」 ユーディアが、少女の手首をつかんで、ぐぐいっとひっぱり返した。 「アリクのこと……なんで……知ってるの……?」 ジェラシー色の上目遣い。 #シャハル3 135
2013-06-28 23:10:59「ジェスタのハンマーで殴っても動かない感じなの、ね」 少女は、困ったように笑った。 もちろん、ユーディアは、そんな笑いでごまかされたりしない。 「アリクの名前……言った時……あなた……うれしそうだった」 睨む。 #シャハル3 136
2013-06-28 23:11:35「あのね、ユーディアちゃん。その決着は、わたしもつけたいの、なの。でも、いまはね」 少女が、ユーディアの手の甲をなでたその時、廊下から大勢の走り寄る音が聞こえた。 「あーあ。ユーディアちゃんのせいなのよ?」 少女の髪が、蛇のように鎌首をもたげた。 #シャハル3 137
2013-06-28 23:13:37「……それ……?」 独立した生き物のように動く少女の髪を見て、ユーディアは、はっと表情を変えた。 その動きに、何か不吉なものを感じたのだ。 ユーディアは、少女の手首をつかんでいた指を広げ、あらためて、うごめく髪を握りしめた。 #シャハル3 138
2013-06-28 23:14:43「おい、キラキラ目、なぜ扉が開いておる!」 島の王子の声が聞こえたのはその時だ。 同時に、部屋の扉が押し開かれ、屈強なドワーフの女性兵士がなだれこんできた。王子の姿は、兵士たちの向こうにあって見えない。 「王子! あの娘が二人に増えております!」 #シャハル3 139
2013-06-28 23:15:30「されど一人は髪がさらに長く」 「我らの与えたものとは異なる衣装をまとい」 「黒い短剣をたずさえております」 女性兵士たちが、きびきびと報告する。 「では、そちらが入りこんできた娘だ」 バニヤンの王子の声は、相変わらず、兵士の壁の向こうからだ。 #シャハル3 140
2013-06-28 23:16:25「おまえは私を殺したつもりだったろうが、多少の毒など、鍛え上げたこの肉体には効かぬ」 一人の女性兵士が、ずいっと進み出た。 殺したつもり、という言葉を聞いて、ユーディアは、自分そっくりの顔をした少女に顔を向け、黄金色の目を大きく見開いた。 #シャハル3 141
2013-06-28 23:17:25「あのひと、間違ってるの」 少女は、ユーディアの視線を受け止めて、にっこりと笑った。 「ほらこれ。グーラーの爪なの。死なないよ。しびれるだけ」 兵士たちが黒い短剣と形容した、毒を帯びた鉤爪を、少女は、ひらひらとふり動かした。 #シャハル3 142
2013-06-28 23:18:20「とどめ、刺さなかったでしょ?」 少女が、にこりと笑いかける。 「たしかに、それはその通りだが……」 刺された女性兵士が、呻くように応えた。 「であるがゆえに、命は助けよう」 他の兵士たちが、次々に戦闘網をかまえた。法の神ガヤンの信徒が使う武具だ。 #シャハル3 143
2013-06-28 23:19:23「ほらあ、戦いになっちゃうぅ。ユーディアが素直に逃げてればよかったの」 少女が、イヤイヤする赤ん坊のように首をふる。 「……どうせ……すぐに囲まれてた。……それより……なんでアリクを知ってるの」 ユーディアは、身構えた兵士よりそちらが優先だ。 #シャハル3 144
2013-06-28 23:20:26「ユーディアちゃん、やきもち、すっごいのね。アリクが見たら、どう思うかなの」 からかうように少女が言うと、ユーディアは、顔を真っ赤に染めた。 「見てないから……怖くない……もの」 「こりゃ、貴様ら! 余を放置するでない! 余はバニヤンの王なるぞ」 #シャハル3 145
2013-06-28 23:21:35ドワーフの王子が激昂しているちょうどその頃、広い海をへだてた島で……。 「おい、若僧。これ、なんだと思う?」 たまたま出くわした遺跡の奥で、モッガン船長とアリクは、思わぬものに出くわしていた。 「オレ、若僧ですか、船長。坊主や小僧から昇格ですね」 #シャハル3 146
2013-06-28 23:22:06「こいつの正体を教えてくれたら、名前で呼んだらあ」 モッガン船長は唸った。 人間が掘ったものではない地下道の奥、広大な空間にそれはうずくまっていた。 すえつけられる、ではなく、うずくまる、という印象だ。でかい。 「……生き物……って気がします」 #シャハル3 147
2013-06-28 23:23:02「いまごろ、アリクが何をしてるかはわかんないけど、あなたのこと忘れてるかもしれないよ」 くすくすと少女が笑うと、ユーディアは、ますます顔を赤くした。 「アリクはいつもいつも、私のことを考えてくれてるもの!」 言葉がスムーズに出てきた。 #シャハル3 148
2013-06-28 23:24:04「だーかーらー、余を無視するなと言うておるのだ!」 王子がいらだった声をあげると、女性兵士たちが動いた。投げかけられたガヤンの網が、少女を捕らえ、引きずり倒した。 「素直にひざまずけばよいものを」 王子が、兵士の間から、ようやく姿を見せた。 #シャハル3 149
2013-06-28 23:25:08「ほほう。本当にそっくりじゃな。よし、おまえのことはシーニアと呼ぼう。大昔の言葉で、鏡を意味する言葉じゃ」 「……意味は気に入らないの。でも、わたしだけの名前は、悪くないの」 少女は、複雑な表情でうなずいた。 #シャハル3 150
2013-06-28 23:25:40「……その子をどうするの……?」 ユーディアは、王子に尋ねた。彼女には網はかけられていない。 「よきオモチャであるな」 王子はけろりとした声で言った。 ユーディアは、表情をこわばらせたまま、シーニアと名づけられた、自分と同じ顔の少女を見た。 #シャハル3 151
2013-06-28 23:26:33『平気よ』 シーニアの瞳はそう言っている。網からはみ出したシーニアの髪を、ユーディアはまだ握っている。それが、ぴくりと動いた。 すると、ユーディアの髪もまた、動いたのだ。 彼女たちの黄金の瞳が、ぎらりと光った。 #シャハル3 152
2013-06-28 23:27:11#SSG選択 バニヤンの地の底深く。 檻に閉じこめられていたマガナックが、身を起こした。 その時、魔獣は、確かにユーディアの声を聞いたのだ。そして同時に、みずからのうちに力があふれるのを感じていた。 友を救うに足る力が。 #シャハル3 153‐A
2013-06-28 23:28:13第3部 第9夜
黄金の力。そんなものが自分たちの内側に秘められているなどとは、ユーディアはその時まで、まったく知らなかった。ユーディアだけではなく、シーニアにとっても、それは予想外のできごとであったらしい。 #シャハル3 154
2013-07-11 23:28:35