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茂木健一郎 @kenichiromogi
しゅりんくっ! ぷれいりーどっぐくん、おはよう!
茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイート912回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、昨日雑談してしてはっと思い出した系ツイート。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(1)昨日、木内孝胤さん(@takatanekiuchi)が、ある方が囲碁をなさる、という話をしていたので、思い出した。ぼくは子どもの頃、将棋よりも囲碁を先に覚えた。小学校に上がるか上がらないかの頃から、ずいぶんと囲碁を打っていた。大人に混じって、碁会所に行ったこともある。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(2)ところが、学校では、みんな将棋をやっていた。それで、ぼくも自然に将棋をやるようになった。その後の経験でも、世間では囲碁人口よりも将棋人口の方が圧倒的に多いのような印象がある。よく、おじさんたちが一勝負十分くらいで終わるへぼ将棋をやってたが、へぼ囲碁は余り見たことがない。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(3)世間的な報道のされ方、認識でも、囲碁よりも将棋の方が厚いように思う。私が関わっていた頃の『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも、将棋は羽生善治さん、森内俊之さんが登場されたが、囲碁の方は、今まで登場されたことがない。新聞記事も将棋の方が多いような気がする。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(4)私は、将棋ももちろん好きなのだけれども、以上のような「将棋>囲碁」の風潮を、もったいないと思うこともある。というのも、囲碁と将棋では、立ち上がる認知プロセスが違うというか、異なる気働きを求められるから、将棋だけでなく囲碁にも慣れ親しむと楽しいのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(5)将棋は、序盤は比較的ゆっくりしているが、要するに王将を目指しての闘いだから、単線的というか、間合いが詰まっているところがある。そこが、息をもつかせぬ迫力であり、一度始まるときわめて濃密なやりとりがあるのであり、そこが将棋というものの魅力でもある。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(6)一方、囲碁には、「同時並列多発」というところがある。序盤の「布石」では、バランスや作用のネットワークを考慮する必要がある。また、たとえある一角で闘いが始まっても、常に、それ以外にも、打ちたい手、打つべき手が並列的に存在するのが通例である。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(7)従って、囲碁では、よく、「手を抜いて他に打つ」という事象が生じる。特に初心者などは、上級者が始まった闘いを放り出して他の場所に打つことを、無視されたと腹を立てるものであるが、上級者は全体を見渡して、優先順位を常にシミュレーションしているのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(8)つまり、囲碁では、打つべき手が常に多数存在して、それらの間のリソースの配分、優先順位を考慮しなければならない、という側面があって、それが人生に似ている。自分の人生を経営する、という視点から見れば、囲碁的な複線的配慮は、常に必要とされるのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
しい(9)木内さんのお話のポイントは、その囲碁を打たれる方のふるまいが、目配りが同時多発的にできる、ということだったのだが、そういう話をするということは、木内さんも囲碁を打つのか、と今朝になって思った。もしそうだったら、最近私は囲碁を打たないけど、久しぶりにお手合わせしようかな。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、連続ツイート912回「将棋もいいけど、囲碁もね」でした。

コメント

lovekorea @lovekor98075426 2013年4月17日
今まさに囲碁を勉強中ですが、「同時並列多発」にちょっと戸惑います。鍋に火をかけつつ、風呂掃除をしているときに、宅配が届いて「ああ、どうしよう!」みたいな気分になります。
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