白石一文『翼』ツイッター連載小説
- kounoeakira
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翼 30-21 岳志を救助したのは捜索隊ではなく、遭難事故のことなど何も知らなかった小さなイカ釣り漁船だった。
2013-08-17 09:27:44翼 30-22 明け方の漁を終えて港へと向かっていた漁船は、沖合に夥(おびただ)しい数のカツオドリが群れているのを見つけた。
2013-08-17 09:29:12翼 30-25 すでに船倉いっぱいのイカを抱えた彼らにはもう漁をする気はなかった。ただ、魚もいない海であれほどのカツオドリが集まっている、その理由がどうしても知りたかったのだ。
2013-08-17 09:33:35翼 30-26 近づいてみると、ギャーギャーと大音声で鳴き散らす鳥の大群の真下に必死の思いで浮いている一人の男がいた。
2013-08-17 09:35:11翼 30-28 ――夜の寒さで何度も意識を失いそうになりました。夜明けの頃、すると太陽の向こうから無数の鳥たちがやってきて僕を励ましつづけてくれたんです。溺死せずにすんだのはみんな鳥たちのおかげです。
2013-08-18 13:39:52翼 30-30 何一つ生きる望みを見出せず、姉の思いつきのようなくだらない誘いに乗って一緒に海に飛び込んだ彼は、そうやって一昼夜潮に流され、生死の境界を往復しながら、一体何を思ったのだろうか。
2013-08-18 13:43:54翼 30-32 岳志はきっとものすごく悔しかったに違いない。悔しくて悔しくてどうしようもなかったに違いない。その悔しさが彼を生き延びさせたのだ。
2013-08-18 13:47:45翼 30-34 そして、 ――ああ、あの人のことを本当に理解してあげられるのはこの私しかいない。 と確信したのだ。
2013-08-18 13:51:26翼 30-35 無数の鳥たちが、二十歳の岳志を救ったように、私もまた「千億の翼」となって彼をいまこそ救わなくてはならないのだと。
2013-08-18 13:53:01翼 30-36 彼は愛に生きようとしたのではなかった。彼は愛によって生きる以外に生きるすべがないと絶望したのだ。
2013-08-19 12:04:52翼 30-37 だからこそ、彼は言った。「最も大事なことは、この人が運命の相手だと決断すること」なのだと。
2013-08-19 12:06:51翼 30-39 その理由は他愛なかった。「きみと僕とだったら別れる別れないの喧嘩には絶対にならない。一目見た瞬間にそう感じた」からだと。
2013-08-19 12:09:57翼 30-42 彼は私と恋をしたかったわけでも、愛し合いたかったわけでもないのかもしれない。彼は、私と一生を共にしたかったのだ。
2013-08-19 12:15:33翼 30-43 それゆえに一度は「たとえ恋愛や結婚に結びつかなくても、きみがずっとそばにいてくれるのなら、それでもいいんじゃないか」と思い直した。
2013-08-19 12:17:44