山主の旅立ち

狸物語。 ストーリー的にはありがちですが、比較的まともな感じにまとまったのではないでしょうか。
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だいけ ”夢送人”という字名を名乗るも、 @daike000

【1】かちかち山。その主がこの山を出て、もう一週間が経った。狐も烏も蛸も雛も、誰もが、今日も主が山に帰ってきていないことを嘆いていた。「――あぁ、今日も平和だ」

2010-09-13 21:51:48
だいけ ”夢送人”という字名を名乗るも、 @daike000

【2】本当に嘆いているのかと、主が聞けば疑うような言葉ではあるが、しかし、誰もが本気で嘆いていたのだ。麓の街へと降りて行った狸のことを、本気で想っていたのだ。「もしも人間に捕まって鍋になってたりとかしたら夢見が悪いし」

2010-09-13 21:53:33
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【3】一週間前、山の主である狸がぼんやりと日向ぼっこをしていた時のことである。

2010-09-13 21:55:34
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【4】一人の少女が、山の中を彷徨っていた。狸からしてみれば人間の歳は良く分からないが、しかし若い印象があった。可愛らしい桃色を基調とした服に身を包み、肩まで伸びた黒髪を頭の後ろ辺りで結っていた。尻尾みたいに揺れていた

2010-09-13 21:59:39
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【5】狸はその少女の姿に違和感を覚えていた。この山は狸の根城とする山であるが、しかし人がたまに観光がてらに登っても来る。だから、その少女の格好が、余りにも不自然に見えた。

2010-09-13 22:01:30
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【6】山に登ろうとする人間の格好ではない。例えば、誰もが大抵はリュックか何かを背負っていたり、例えば猟銃を手にしたりしているのだが、少女はそのどちらも持ってはいない。――そう、まるでふらりとこの山に立ち寄ったかのような。

2010-09-13 22:03:10
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【7】だから狸は、その少女に興味を持った。だが、人間は総じて怖い生き物だった。特に猟銃を持った人間に追われた経験は、一度や二度では済まない。山の誰もが、似たような経験を持っていて、だから、狸はとりあえず遠くから観察してみることにした。

2010-09-13 22:05:05
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【8】狸の視線の先、少女はふらふらと彷徨うように獣道を歩いていた。歩き慣れていないのだろう、時折足を取られ、だが、それでも坂を上って行く。その後を、狸はそっと着いて行く。

2010-09-13 22:06:36
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【9】「…そうだ、この先は崖があるんだ…」狸は、道の先に何があるかを思い至った。麓に広がる街を一望出来る場所。皆のお気に入りで、この山の主である狸もお気に入りの場所だ。時折山の動物達の宴会場ともなる場所で、

2010-09-13 22:09:17
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【10】ついこの間など、狐と蛸と烏が飲み比べ対決をした後に「チキンレース開催じゃあああああ!」とか叫んで崖に突っ込んで行き、3匹揃って崖下に落下したのは良い思い出だ。蛸は「軟体動物的着地!」等と卑怯技を披露し、烏は普通に翼を広げ、狐は…犠牲になった。…生きてるが。

2010-09-13 22:12:06
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【11】そんな場所に一体人間の少女が何の用だろう、と狸は思った。思いはしたが、良く分からなかった。だから、後を着いて行った。そして程なく、林が開けて、――その場所に着いた。麓の街を見下ろせる崖に。

2010-09-13 22:15:40
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【12】少女が崖のギリギリの位置に立ったのが狸には見えた。そして、一歩を踏み出した。

2010-09-13 22:18:35
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【13】狸はその光景を目にして、時間が止まったように感じた。少女が一歩を踏み出し、落ちて行ったように見えた。だが、「いったぁ!」と、可愛らしい声がすぐに聞こえた。

2010-09-13 22:21:53
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【14】狸は、その声に我に返って走った。崖からそっと下を覗き込むと、そこはちょっとした窪地というか段みたいなのが出来ていて、少女はそこで尻餅を着いて空を見上げていた。「…あ」その少女と、目があった。

2010-09-13 22:23:20
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【15】少女は、どこかぼんやりとした表情で狸を見上げていた。狸も、どうして良いか分からずただ、少女を見下ろしていた。お互いの視線が交差したままどれだけかの時間が過ぎて、先に耐えられなくなったのは狸だった。視線を逸らそうとして、「あぁっと、うわぁっ!」狸の足元が崩れた。

2010-09-13 22:27:11
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【16】狸は落ちた。少女の胸元に、一直線に。「うわ変な動物!」少女は、狭い足場ながらに身体をくねらせて避けて、だから狸は顔面から地面に激突した。

2010-09-13 22:30:52
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【17】「いたああああ!」狸は額を走る激痛に地面を転がり回った。そしてその小さな足場から更に崖下に落ちそうになった時、「あー、危ないって」ひょい、と。少女に尻尾を捕まれた。「あひゃいん!」落ちるのは免れたが、変な鳴き声が狸の口から漏れた

2010-09-13 22:34:44
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【18】「あひゃいん!だってー。あはははは」尻尾を捕まれたままの狸が涙目で振り返ると、少女が同じく涙目で笑っていた。…そんなに笑うことでもないでしょ、と狸は思って、だが、気付いてしまった。少女の頬に幾筋も流れている、涙が乾いた跡に。「…あひゃいん!」また尻尾を引っ張られた。

2010-09-13 22:38:02
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【19】「あひゃいん!」「…あひゃひゃん!」「あひゃーん!」何度も何度も尻尾を引っ張られて、狸は何度も声を上げた。されるがままだった。でも、それで良いと狸は思っていた。何故なら、「あはは、この動物、おもしろーい」少女が、ずっと笑っていたから。

2010-09-13 22:41:01
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【20】烏が雛をその背に乗せて飛んできて、「何だ、新手のプレイか。楽しそうだな」「あ、カラスさんとヒヨコさんだ、可愛いなー」少女が手を伸ばしたが、その手をサッとかわして、どこかに飛んで行った。「…そーいう訳じゃないけど」という狸の言い訳は、だから烏にも雛にも届かなかった。

2010-09-13 22:43:39
だいけ ”夢送人”という字名を名乗るも、 @daike000

【21】そうして少女が一頻り笑い転げた後、狸を胸に抱いて、「ありがと、動物さん」そう微笑んだ。そして、「私を心配して追いかけて来てくれたんだよね?そう思っても良いよね?」

2010-09-13 22:46:25
だいけ ”夢送人”という字名を名乗るも、 @daike000

【22】「そのとーり!」と狸は鳴いた。その言葉が少女に伝わったかどうかは分からないが、多分伝わったのだろう。「うん、ありがとう。お家に帰るね。それで、もうちょっとだけ、頑張ってみる」頭の尻尾を揺らしながら、手首の傷を隠すようにしながら、少女が微笑んだ。

2010-09-13 22:48:40
だいけ ”夢送人”という字名を名乗るも、 @daike000

【23】どこかスッキリした、憑き物が落ちたような顔をした少女の、それが別れの言葉だった、と狸が気付いた時、少女は既に歩き始めていた。その後姿は儚げで、だから狸は着いて行こうとして、だが、「ダメっ!着いてきちゃダメ!」そう、少女に諭された。

2010-09-13 22:50:34
だいけ ”夢送人”という字名を名乗るも、 @daike000

【24】拒絶されたのだ、と狸は理解した。だから狸はその場で鳴いた。連れて行って欲しい、と。それがダメならせめて勝手に着いて行くから、と。しかし少女は背中で拒絶の意思を示していて、だから。

2010-09-13 22:53:38