10周年のSPコンテンツ!
121
ツイートまとめ 「かわいそうなぞう」の実像と「ぞうれっしゃがやってきた」 大東亜共栄圏の戦果として動物を献納してきた軍よりも、総力戦体制への生け贄や仕事に類する行為を捜していた役人が主導しての惨事であったという。 軍は空襲時の猛獣処分の方策については考えさせていたが、それを都長官が発動させたのはまだ空襲がない時であった。 「事件は現場で起きてるけど原因は会議室」の実例でもあろうな 戦時猛獣処分 - Wikipedia http://ja.wikipedia... 17327 pv 250 18 users 20
司史生@がんばらない @tsukasafumio
軍や警察より正義をかさに着たお先棒担ぎの民間人のほうが、えぐいことやってるという例はままありますね。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
空襲下の東京で防空防火の末端責任者となった警防団長は、町内の小商店のおじさんだったりしますが、こういう人が急に威張り散らして家屋の撤去とかごり押しする例がけっこうあったみたい。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
戦前日本の地方社会で在郷軍人会がどんな役割を果たしたかも注意しないといけないだろうな。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
戦前の日本について軍が槍玉にされるのは、もうショッカーとか悪代官みたいなお約束になっているが、背景にある戦前の日本社会がどれだけ人権や経済生活で現代とかけ離れてたか、考えないといけない。ただ「国民が戦争を望んだ」と片付けるのも単純化に過ぎる。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
戦前の中高校や大学では、陸軍から派遣された配属将校の指導する軍事教練が行われていた。これだけだと、ただ軍国主義嫌ですねの話にしかならない。戦前は中学(現在の高校)以上に進学する者は少なく、貴重な学歴者を戦時に下士官・士官とするための予備訓練だった。
king-biscuit @kingbiscuitSIU
@tsukasafumio 配属将校の質も時代によって変わっていったみたいですね。最初は若い衆側のボイコットとかも平然とあったようで。教練ちゃんとやってると召集されても幹候に志願しやすかった、とか確かあったような。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
学徒動員が悲劇的なニュアンスで語られるが、英米もそれは当然とされて、むしろ日本は動員が遅いぐらいであった。視点を変えると、恵まれた出自のエリートが、相応する社会的責務を嫌忌したわけで、それを当然視してよいのかという疑問もある。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
父の実体験では、最初が若い張り切り中尉で嫌われ、次が兵卒あがりの大尉で無理させない人、最後は少佐殿でしたが大正時代にリストラされた商店のおじさんで生徒の父兄だったので楽だったとか。@kingbiscuitSIU 配属将校の質も時代によって変わっていったみたいですね。
king-biscuit @kingbiscuitSIU
@tsukasafumio ああ、そういう当たり外れも結構大きかったようですね。大正期の粛軍&軍隊 (・∀・)カエレ!!的disの雰囲気と、その後の急転回の過程とかも、なんかあまりうまく常識になってないようで。
MURAJI @murajidash
@tsukasafumio 徴兵されてからの訓練よりも在学中の配属将校による訓練の方が実戦で役に立ったという証言もあります
MURAJI @murajidash
@tsukasafumio @kingbiscuitSIU 沖縄戦での沖縄一高の配属将校で実質的に学生達を率いたのは、ブーゲンビル島の地上戦から負傷で後送された将校だったりとか、とんでもない人材が配属将校になるときもあります
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@murajidash @kingbiscuitSIU 大学の教官ぐらいになると、優秀な大佐の少将昇進までの骨休めの場合もあったようですね。
king-biscuit @kingbiscuitSIU
@tsukasafumio @murajidash 時代は違いますが、乃木将軍の学習院配属だってある意味「骨休め」みたいなもんだったんでないかと。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@murajidash @kingbiscuitSIU ちなみに張り切り中尉の後にやってきた無理しない大尉も出征したのですが、後年親父が高木俊夫の『インパール』読んだら、現地で命令受領したまま行方不明になってました...
司史生@がんばらない @tsukasafumio
日中戦争で大動員がはじまる前の陸軍は、予算の制約もあって規模が小さく、甲種合格者の上位を選んで入営させていた。この時代では(というか大半の平時では)兵隊に行くというのは、身体強健かつ優秀な人材と国家認証受けたようなものだから、けしてネガティブなものではなかった。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
二年間の兵役では、二等兵で入隊し一等兵で退役するが、成績優秀者は上等兵となりさらに伍長勤務適格者となることもあった。こうなるとリア充コースで、郷里では退役前から見合いや就職の話が待ち構えていたという。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
話はぐるっと回ると、そういうふうに兵役を終了した者が所属するのが在郷軍人会なので、青年団とか自治会とかの指導層と人員は重なるから、その地方社会における動向は無視できなかったわけである。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
また日中戦争初期の「立派にご奉公してこい」という言葉は、平時のやや牧歌的な兵役を経験した親兄弟や村人の実体験に基づく発言だったわけで、この人たちが狂信的な軍国主義者だったり、ましてや嫌々建前を言わされていたというわけでもなかろう。
MURAJI @murajidash
@tsukasafumio 戦前の田舎の在郷軍人会員って「学歴や出自には関係無く、心身健康で優秀な人間」な事だと認められている訳なんで、超エリートです。地方議員とかになる人も多いですし
MURAJI @murajidash
@tsukasafumio 日本の場合、末期の特攻隊に学徒動員系が大量動員されてるのが理不尽だと言われてる一因かと。実際には士官学校出がいなくなったからなんですが
MURAJI @murajidash
@tsukasafumio 悲惨な事は悲惨ですが、他国の学徒動員とかの例でソ連や中国の例知ると、日本の学徒動員はぬる過ぎです
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@murajidash 憲兵の回想読むとエグい事例が多いですね、民間の腐敗。
MURAJI @murajidash
@tsukasafumio 昭和19年の特高月報もロクでもない事例多いです
島の人Part2 @simasyodes
@tsukasafumio @murajidash 戦争末期の特高が記録してる民間人のラクガキや落首?ってかなりエグいですよね。
残りを読む(20)

コメント

冷たい熱湯 @Tuny1028 2013年5月29日
冒頭のエピソードは、昔は「偉い人は威張り散らすもの」と言う観念が染み付いてたってことなんでしょうね。今もそうか?
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j 2013年5月29日
実際には、本当に偉い人は威張り散らす必要がないので腰が低く、そうじゃない微妙な人が威張り散らす、という感じで
はよ @hayohater 2013年5月29日
祖父が親父に語ったことで「体は少し小さかったけど徴兵検査で甲種って判定されて自信が持てた」ってのがあって、最初それを自分が伝え聞いたときには「なんのこっちゃ」って思ってたんだけど、あとでこれを知って意味がわかった<「この時代では(というか大半の平時では)兵隊に行くというのは、身体強健かつ優秀な人材と国家認証受けたようなものだから、けしてネガティブなものではなかった」
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j 2013年5月29日
宇垣軍縮の時で徴兵率は20%以下とかだったような感じだったから、体力テスト突破して公務員試験受かったぜ的なところもあったのかもしれませんな
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする