「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」論考まとめ

ご本人方からご許可をいただけましたのでまとめておきます 橡の花(@totinohana )さんとルロアさん(@ruroa2)さん の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の作品語りです。 カヲルをメインに眺めた場合の物語をメインにした場合の考察が興味深いです。
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江柿野るろあ @ruroa2

アニメを構成している音声と映像の関係というのは、互いが互いの注釈をしていると考えればよいと思う。すなわち、音声が映像を「読めるもの」にするのだし、映像が音声を「見えるもの」にする。この点についての実写とアニメの原理的な違いというのは、役者の芝居(現前の仕方)でしかなかろうと思う。

2013-05-26 00:29:19
江柿野るろあ @ruroa2

線画アニメにおける絵柄というのは散文における文体のようなものだと思う。たとえば、谷崎潤一郎の文体を云々するとき、ひとは谷崎的な散文を読み書きしながら複雑の操作を行っていると思うんだが、特定の絵柄に基づく線画(アニメ)を描くときにも、人はとてもよく似た操作を行っているのだと思う。

2013-05-26 01:30:26
江柿野るろあ @ruroa2

西洋文学クラスタにあっては、対話篇という文学の形式を創始したのはプラトンなのですが、「死者と死者の対話」という、アニメやマンガやゲームに慣れ親しんだ世代の想像力にとっても親しみやすい文学形式(厳密にはレトリック)を創始した人物はルキアノスとして知られておるのですよ。

2013-05-26 01:35:53
江柿野るろあ @ruroa2

「登場するキャラは例外なく全員が死者」という企画は通りにくい。逆に「全員◯◯なのに主人公かヒロインのひとりだけが人間」というパターンなら通る確率が飛躍的にあがる。そして量産される凡庸さの罠。

2013-05-26 01:39:40
橡の花 @totinohana

冒頭から、その“角度”を意識し続けてきたとはいえ、何故あの時、これはカヲル君の贖罪の物語なのか!? と思ったのか、よく考えるとこれというのが思い出せない…(巷の感想にほとんどそれが見当たらないように、直接的に触れているところはないと言っていい)。何でだったろうな…。>「Q」

2013-05-26 01:39:49
江柿野るろあ @ruroa2

BL版226事件ロボットアニメのボツ企画とかグリーなら通りそう。課金することでプレイヤーは男たちに翻弄される幼な妻になったり、男装の麗人としてクーデターにも参加できる!

2013-05-26 01:42:55
橡の花 @totinohana

……ああっ、そうか、連弾の直前、あの一瞬の跳ね上がるような(おそらく唯一大きく眼を見開いている)カットか。ヴィレの硬く握られた拳のイメージがようやく解かれた、出し抜けの近さが。ずっとこれがしてやりたかったんだというように、では何がその(おそらくまた唯一の)歓喜の裏にと連想を。

2013-05-26 01:50:17
江柿野るろあ @ruroa2

たとえば赤穂浪士による忠臣蔵、桜田門外の変、226事件とか、ともに舞台背景が雪化粧でしょう。わが国のフィクションにおける「革命」というか「維新劇」というものには、とにかく「雪」というものが必要であって、映像の演出家にはそのような伝統を巧みに使いこなす技術が必要だと思うんだよ。

2013-05-26 01:54:41
橡の花 @totinohana

たしかに「破」において、シンジの最高潮を中断したという意味で「罪」を負ってはいるんだが、とはいえネルフの廃墟、元・初号機格納庫の下方、ちょうど背中を貫通したカシウスの槍の穂先あたりといおうか、見上げるその場所、いつの間には彼は近づいて、そのときへ、あの急き立てるモンタージュ…。

2013-05-26 01:58:47
橡の花 @totinohana

…いや、やっぱり分からん。連弾の映像的な凄さに当てられたとしか思えん。あの独特の、再起に組み込むような時制が自然とそう思わせたんだろう。そこに動機があるとすれば裏切りだし、ここまで問われたのは「シンジの勇気の真価」だったんだから、そこは想起されて然るべきだったのかもしれない。

2013-05-26 02:13:04
橡の花 @totinohana

……やっぱり狂ってるのかなあ、俺(今更だが

2013-05-26 02:15:38
橡の花 @totinohana

ネタであっても、何処に同性愛なんてものが…(ウムム/今夜のアニメでも視て気を落ち着けるか…。

2013-05-26 02:20:26
橡の花 @totinohana

@ruroa2 お付き合いありがとうございました。お先に休ませてもらいます。

2013-05-26 04:12:06
江柿野るろあ @ruroa2

@totinohana こちらこそ楽しかったです。今夜もよい夢を!

2013-05-26 04:30:42
橡の花 @totinohana

ウルトラマンより遥かに平成ライダーの意匠を吸収している、新しいエヴァンゲリオン・シリーズ。けど等身大だと魅力半減なんだろうなあと思うと、良く出来てるわ。

2013-05-26 10:57:28
橡の花 @totinohana

公開当時の「これがエヴァだ」的意見はほとんど無内容で論外だし、カヲル君を単に自己同一性回復の駒とみるような批評文は言語道断だけれども、実のところ本編中に真の主題モチーフが存在しなかったりするから、まあ厄介な構造の傑作だと思いますよ、「ヱヴァQ」。

2013-05-26 11:43:58
橡の花 @totinohana

映像的なレベルで「最後のシ者」(TVシリーズ)を参照してる人はちゃんと居たけれど、カヲル君が第一使徒として三週目に取り組んでる意味をあそこから吟味してくる批評文がほとんどなくて逆に吃驚したわ。>「ヱヴァQ」

2013-05-26 11:49:12
橡の花 @totinohana

…同時に、一度「アダムス」へ溶け込んだユイの魂を復活させるためには、字義どおりの「エヴァンゲリオン」として新生させなければならないが、そこには「サード・インパクトの続き」によって、理想の過去を再生しようという(碇)父子の皮肉な同期がある。彼らは死者に使えている。

2013-05-28 15:21:33
橡の花 @totinohana

…「人類補完計画」が「人類(リリン)の絶滅コードの排除」を目的とするものなら、必然「アダムス(おそらく命の実の血統)の器」とは、それが排された新しい人類のことであり、最初期の人間に属して、しかし人類種の滅びの宿命を知りつつ永遠見つめるしかなったゼーレの悲願(救済)は理解できる。

2013-05-28 15:20:59
橡の花 @totinohana

…言わば、“死なせてはならないはずのあまりの多くの人たちを見送るか手に掛けるしかなかった彼ら”には、その「贖罪」にしか、生きてきた資格を求めることが出来ない―あるいは、「犯させてしまった罪に対する贖い」を果たすことなく、死ぬことは生きることは、できない。

2013-05-28 15:22:33
橡の花 @totinohana

…それはどうしようもなく個人的な課題でありつつ、「魂」というものが普遍に続いてゆくなら決して、“いつかの時代いつかの境遇では”避けられない万人の課題であるが、前者の理由から容易く世界を魔女の釜の中に放り込むような難題でもある。必ず、君たちも幸せになる世界を作ってみせるから、と。

2013-05-28 15:23:07
橡の花 @totinohana

…宿命に絶望し世界が双肩にのるその瞬間を迎えてしまった人間から(危機はたしかに現実である)、タクトを取り上げるということ―例えば、アスカに“三周分の記憶”があるとして、アンタが「自分に負わす罪」から導き出そうとした新世界は、ちっとも幸せじゃなかった、というなら、それは正しい。

2013-05-28 15:23:36
橡の花 @totinohana

…少なくともふたりの個人的な交流はそのために(周回分)頓挫し続けるのだから(「アタシは助けてくれないんだ」)、引き換えにされる新世界には、なるほど彼らの「世間的な幸福」というものが知られる由が、ない(マリ)―だが、救済の願望自体にどれだけその不可逆性の罠があるとしても、(続

2013-05-28 15:24:09
橡の花 @totinohana

続)「死なせるべきではなかった者」へ(尋常な死という考えが振り切れるだろうか?)、「罪を犯させてしまった者」へ(その痛ましさを(想像においても)視ることから逃れることが出来るか?)、それ(救済の業)を自らになうことを願わない「魂」は、それこそないではないか。

2013-05-28 15:24:55
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