オレの妹がカリフなわけがない！#27、又はアラビア語詳解ラノベ誕生の瞬間

カリフラノベ『オレカリ（略称）』 @caliphnovel

「オレの妹がカリフなわけがない！」#２７

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お茶とバクラヴァを振る舞われ、先生の研究室を追い出されるなり、メクががなり立てた。 「なんなのあの先生は！？何も教えてくれなかったじゃない、と言うか、なんで私が狂人であんたなんかと結婚しなきゃならないのよ！」 「まぁ、オレたちの結婚の話は御日柄の良い日にまた改めてということで」１

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「金輪際しないわよ！！」 「だからその話はおいといて、肝腎なのは天馬家のカリフ伝承の話…」 「だからその話を何も聞けなかったじゃない！」 「違う。今日は大変重大な話が聞けた。天馬家にはカリフに関わる古文書が沢山あり、それは白岩先生が保管しており愛紗はそれを読んだということだ」２

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「その沢山ある古文書あんた読めるの？」 「今はまだ二人とも読めないけど、もう直ぐ二人で読めるようになる…」 「二人ぃ～？！」 「…インシャーアッラー…」 「何よ、なんて言ったの？それ、アラビア語が読めるようになる呪文？」 「まぁそんなもん。神さまの思し召しなら、っていう意味」３

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「ともかく天馬家の秘密を突き止めて、愛紗にカリフになるのを諦めさせる脚本を書くの。それで波瑠哉様の心をげっとよ♡」 「まぁ、そのためにもアラビア語頑張りな」４

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というわけでメクはオレと一緒に白岩先生からアラビア語を習うことになった、というか、オレは、２日後の講義までに、オレ自身うろおぼえのアラビア文字の読み方書き方と、白岩先生がプリントした１枚紙の「１日で学ぶアラビア語文法」をメクに教えさせられる羽目になった。５

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普段のメクはオレの言うことになど聞く耳を持たず、自分が言いたいことだけ言ったらさっさとどこかに行ってしまう。しかし今回は「藤田のハートをげっとする」という野望（？）があるせいか、オレの辿々しアラビア語の説明を、メクはあざ笑いもせず罵倒もせず、メモなど取りつつ神妙に聴いていた。６

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おかげで次の日の白岩先生の授業でメクは先生の配ったプリントのアラビア語の文章を読み上げてみせることが出来た。 「ほぉ、よく勉強しましたね。メクさんは垂葉君よりずっと筋が良いようです。これならひょっとすると本当に直ぐに読めるようになるかもしれませんね。」 と白岩先生。７

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いや、教えたのオレなんですけど。ひょっとしてオレが読めるようにならないのはあんたの教え方が悪いせいじゃないか？と思わず口に出しそうになるのをオレはこらえた。 そんなオレの思いなど気にかける様子もなく先生は珍しく上機嫌に言った。 「よく勉強したメクさんにご褒美をあげましょう」８

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またバクラヴァかよ？！ と思ったが先生が取り出したのはクルアーンだった。 「ご褒美に今日はクルアーンに出てくるカリフの意味を説明してあげましょう」 カリフという言葉は歴史の教科書で習った覚えがある。でも今までオレは、それがクルアーンに書かれてるかどうかなど考えたこともなかった。８

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「クルアーンの中に《カリフ》の語は２回出てきます。 最初の例は動詞を用いない簡単な名詞文ですのでアラビア語を始めて２日目のメクさんでも理解出来るでしょう」 先生はクルアーンを読み上げた。 إني جاعل في الأرض خليفة ９

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「インニー　ジャーイルン　フィー　アル・アルディ　ハリーファタン」 「《インニー》とは一人称代名詞《私》の強調表現で主語です。 そしてこれは大切なので覚えておいてください。クルアーンはアッラーの言葉ですから、クルアーンの中の一人称代名詞《私》は唯一神《アッラー》を指します。」１０

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「そして《ジャーイルン》は《作る》という動詞の動名詞の主格であり、名詞の主格は主語と述語になりえます。ここでは述語です。つまりこれが文章の骨格です。つまり、《私、アッラー、は作る者である》となります。残りは修飾語です。《フィー》は《中に》の意味の前置詞です」１１

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「ともあれ、クルアーンに出てくる《カリフ》の語はアダムとダビデを指しています。但し、クルアーンでは、ただ《大地の中のカリフ》と言われているだけで《何のカリフ》とも言われていません。

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「そして《ジャーイルン》は《作る》という動詞の動名詞の主格であり、名詞の主格は主語と述語になりえます。ここでは述語です。これが文章の骨格です。つまり《私、アッラー、は作る者である》です。残りは修飾語です。《フィー》は《中に》、ここでは単に《に》かな、の意味の前置詞です」１１

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「《アル》は定冠詞、《アルディ》は限定名詞ですが、アラビア語文法の規則によって前置詞の後であるため所有格で語尾の母音がイになっています。《アルディの》意味は《地》ですが定冠詞で限定されると《大地》《地球》の意味します。つまり、ここまでは《私は大地に作る者である》の意味です」１２

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「最後の《ハリーファタン》が英語で《カリフ》と訛った単語で不定名詞の対格です。対格は基本的に動詞の目的語となりますが、《ジャーイルン》が動名詞で名詞でありながら動詞の機能もあるので《ハリーファタン》を目的語としています。 意味は《私は大地の中にカリフを作る者である》です」１３

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「ハリーファタンの最後の音節の《タン》の子音のt、《ター・マルブータ》は女性名詞の接尾辞ですが、例外もあります。このカリフもそうした例外の一つです。他にも語尾が《ター・マルブータ》で終わっていても男性である単語には《碩学》を意味する《アッラーマトゥン》のような例があります」１４

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「語尾が《ター・マルブータ》だからカリフが女性だ、などという議論は成り立ちません。イスラーム学の歴史の中にも存在しません」 先生は一息つく。 安心して欲しい。白岩先生のアラビア語講読の実況は今回が最初で最後だから。 先生の話はまだ続く。１５

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「この言葉はアダム、アラビア語ではアーダムですが、創造にあたってアッラーが天使たちに向かって言う言葉です。つまり最初のカリフは人類の太祖アダムなのです。 この言葉はクルアーンの《雌牛》章３０節の中にありますが、クルアーンにはカリフの語の単数形はもう一カ所あります。１６

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クルアーン「サード」章２６節です。 《ヤー・ダーウード・インナー・ジャアルナー・カ・ハリーファタン・フィー・アル・アルディ》 今度は預言者ダーウード、旧約聖書のダビデ王に向けてアッラーが、お前をカリフにする、と述べています。１７

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「よく似た文ですが、こちらでは《ジャアラ、作る》という動詞の一人称複数完了形が用いられています。動詞の活用が出てくるのでメクさんにはまだ理解できないかもしれませんね。 実はここでは主語は一人称単数《私》ではなく複数《我ら》が使われていますが、どちらもアッラーを指します。」１８

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「所謂《敬語の複数》です。クルアーンで一人称複数刑が使われているから、アッラーは唯一神ではなく、イスラームは複数の神々を認めているのだ、などという議論をする者が居ますが、アラビア語文法の理解の不足による愚論です。カリフの語が文法上女性語尾を持つから女性だ、というのと同じです」１９

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「ともあれ、クルアーンに出てくる《カリフ》の語はアダムとダビデを指しています。但し、クルアーンでは、ただ《大地にカリフを作る》と言われているだけで《何のカリフ》とも言われていません。何のカリフかについては二つの説があります。多数説では、《アッラーのカリフ》です。」２０

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「この説に従うと《カリフ》の意味は《代理人》になります。他にも、人間は人間が創造される以前に住んでいた《ジン》と呼ばれる精霊のカリフだという有力な少数説があります。この説に従うと《カリフ》の意味は後継者になります。 今日はここまでにして、バクラヴァでも頂きましょうか」２１