「独白～新選組隊士たちのつぶやき　第五章　斎藤一～慶応四年四月～総司！」

松本匡代@早耳屋お花事件帳＆試衛館の青春＆独白新選組＆夕焼け土方歳三はゆく＆石田三成の青春 @mk106732

　俺が部屋の障子を開けると、総司は透き通るような笑顔を向けて、元気だった頃の半分ぐらいになってしまった身体を起そうとした。それは傍目にもずいぶんと辛そうに見えた。 「寝てろよ」 　俺は、そう言って、総司の枕下に座った。 #試衛館の青春

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「大丈夫だよ。今日は、気分が良いんだ」 　どうしても起きる気らしい。 　俺は手をかして起してやった。 　布団の脇にあった羽織を肩にかけてやる時、俺の手が総司の腕に触れた。その感触に俺は一瞬固まった。それはもう、剣士の腕では、いや、人の腕ですらないようだった。 #試衛館の青春

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　総司が再び剣を持つことはないんだ。 　頭では解っていた事が、そのとき現実となって俺の心に重く圧し掛かった。 #試衛館の青春

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　布団の上に座った総司は、身体を起す、たったそれだけの動作をしただけなのに、辛そうに肩で息をしていた。どんな激しい戦いで何人の敵を斬っても、息一つ乱さなかった奴が・・・。 　俺はそんな総司を正視できなかった。 #試衛館の青春

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「辛くなったら、横になるんだぞ」 　俺がそう言うと、総司はくすりと笑った。 「なんだよ」 「うん、これ言うと、ピンさん喜ぶから、シャクだから言わない」 「なんだそれ、いやなやつだなあ、言えよ」 「いやだ」 「言えよ」 　俺達は子供のように言い合った。 #試衛館の青春

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　総司の顔を見ると、本当に楽しそうだ。 　身の回りの世話をしてくれる婆さんは雇っている。しかし、耳の遠いその婆さんでは話し相手にはなるまい。 　もうどのくらいまともな会話をしていないのだろうか。 　そう思うと、俺は胸が詰まった。 #試衛館の青春

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「知りたい？」 　総司が笑顔で俺の顔を覗きこんだ。この笑顔だけは、元気だった頃と全く変わっていない。 「似てたんだ。今の言い方。土方さんに。そっくりだった」 「えっ、ホントに？」 #試衛館の青春

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　俺の声は、自分でも驚くほど弾んでいた。 「ほらね。喜ぶだろう。目の前に可哀想な病人がいるのに、お構いなしなんだから、ピンさんは」 「あ、すまん」 #試衛館の青春

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　俺が謝るのを聞いて、総司が吹き出した。俺も、何故だかわからないけど、可笑しくなって吹き出した。二人で大笑いした。二人とも、一所懸命笑っている、何かそんな感じだった。 #試衛館の青春

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　総司とこんな風に笑い合うのは何年ぶりだろうか。 　京では無かったな、こんなこと。 　総司も、同じことを思ったらしい。 「ピンさん、笑うようになったんだ」 　まだ笑いの残った顔で、総司はそう言った。 #試衛館の青春

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「うん？そうだな。総司もな」 「私は・・・」 と言いかけて、暫く間があった。そして、大きく溜息をつき、 「そうだね。ここんとこ笑ってなかった」 　そう言って、総司は淋しそうに微笑んだ。 #試衛館の青春

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「私は、いつも笑ってるよ」 　総司はそう言いたかったんだと思う。 　そうだ。総司はいつも笑っていた。 　殺伐とした京の町で、戦いに明け暮れる日々の中でも、何か楽しいことを見つけては、平助と一緒にはしゃいでいた。 #試衛館の青春

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　その二人の笑い声に、近藤さんや土方さんをはじめ新選組幹部達が、どれほど癒されたことか。 　俺は、そんな二人が眩しかった。 #試衛館の青春

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　江戸で事件を起こし京へ逃げてきた俺は皆に再会するまでの約一年、身過ぎ世過ぎに色んなことをやった。その中には、とても他人に言えないこと、人の道に外れたこともあった。否、寧ろそんなことばかりだった。辛いから、恥ずかしいから嫌だなんて言ってたら生きていけなかったんだ。 #試衛館の青春

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　だけど人間の心のしくみって、よく出来たもんだと思う。慣れるんだ。情けない、悔しいけど、どんなことにでも慣れてしまうんだ。 　やがて、俺は人を斬っても何とも感じなくなった。その代り、何を見ても何を聞いても楽しいと思えなくなっていた。 #試衛館の青春

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　そんな日々の中で、俺は皆と再会し、新選組の前身の浪士組に入隊した。 　無邪気に笑う総司や平助のことを、羨ましいとは思わなかった。だけど、同い年なのに、自分とは全く違う二人が、俺には、ただただ眩しかった。 #試衛館の青春

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　去年の春、伊東さん達が、亡き孝明天皇の御陵衛士を拝命。表向きは分離という形で、新選組を出た。 #試衛館の青春

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　伊東さんは、江戸で北辰一刀流の道場を開いていた。そして、平助は、かつて、そこの門人だった。その縁で、元治元年十月、江戸で平助が近藤さんに引き合わせたんだ。 #試衛館の青春

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　伊東さんは、近藤さんの新選組入隊要請に応じ、その年の暮れ、道場をたたんで、門弟達を引き連れて上京してきた。だけど、御公儀のためになんて考えは全くなかったみたいだ。 #試衛館の青春

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新選組を京で名を上げる踏み台に使うつもりだったらしい。幕府が政を行うことをよしとする孝明天皇が身罷られたのを機に、討幕派に身を投じた。そういうことだ。 #試衛館の青春

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　平助が伊東さん達に付いて出て行く時、俺は密偵として彼等に同行した。 　俺が密偵だと言う事は、当然秘密だった。土方さんの考えで、そうだなあ、はっきりと知っていたのは、近藤さんと源さん、そして繋ぎをつける監察方の人たちくらいだったと思う。 #試衛館の青春

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　でも、永倉さんも左之助さんも総司も、それに平助だって、うすうす解っていたと思うんだ。なぜって、俺が伊東さん達と一緒に出ていくと判った時、誰も何も言わなかったから。 #試衛館の青春　

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　ふつう、言うだろう。ちょっと誘われたぐらいで、のこのこついて行くなとか。また、平助は平助で、よく来てくれたとか。 #試衛館の青春　

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　で、俺がいない間も、総司は何も変わらない。当たり前のように、俺はそう思っていた。平助はいないけど、誰かをつかまえて、いや、たとえ一人でも、総司は楽しく笑っているだろうと。 #試衛館の青春

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　総司の身体が病に蝕まれていることに、うかつにも俺は気が付いていなかった。ましてや、その病が、総司の身体だけでなく、心までも蝕んでいたなんて・・・。 #試衛館の青春