@cocorosh 「(力動的?)カウンセリング」と「(学習理論に基づいた)行動変容」では前提条件が全然違うんですよね。カウンセリングでは文脈から切り離すことが目的で,それは現実適応をを主たる目的としていないからだと思います(違ったら訂正してください分析に明るい方)。
2013-07-08 20:24:02構造アリ群と構造ナシ群で比較した研究、ありそうなもんだってかそりゃあるよね。ないならある方がいいって結論出せませんやんな。
2013-07-08 20:24:59@kosukesa 双方が確認というのは,あくまで治療「契約」なので双方が納得して締結しないとだめだってことです。これも「古くからの伝統」としての側面があります。
2013-07-08 20:25:40@moe_zou どこに問題の焦点を置いているかが違うんやろうなぁと。学習理論はあくまで環境と個人のインタラクションの部分に着目するので、当然環境込みで考えるけど、力動寄りだと個人内の要因がより重視されるのなら、逆に環境と一端切り離すというのも発想として分からないでもないわ。
2013-07-08 20:25:45@decostatw ヤケクソの中にも真実が入ってるかもしれないが,「そうしないと自律できない」っていうセラピスト側の問題もあったかもね。「育て直し」と称して一緒に住むとか。
2013-07-08 20:27:52@kosukesa 確かにそうですね。医師も含めて対人援助職は「職業」として枠をきめてやらないとオン・オフの区別が(クライアントにも)つきにくい。
2013-07-08 20:30:30これこれこういう理由でこっちの手法がよくて、実際に比較したらそうなんですよ、ソースはこれ、って言ってもらえればスッキリするんだけども。
2013-07-08 20:31:21@kosukesa @moe_zou セクハラはアカン!! なお、その場の随伴性を云々するなら、一緒に住むのも良いんじゃないかなーと思いまして。
2013-07-08 20:32:02@decostatw いや,俺の知ってる「育て直し」っつうのが,一緒に風呂入ったり,添い寝したりとかだったから(苦笑)。
2013-07-08 20:34:33@decostatw @kosukesa @moe_zou いやでも、尤もな発想やと思うで。セラピー室でセッション→セミナーハウス的なところで半同棲→セラピストから離れて自立、みたいな生活支援フェイディング。
2013-07-08 20:35:10@moe_zou @decostatw @kosukesa でも入所施設の支援とか実質それにかなり近い形だと思う。ただ直に接しているのが心理士じゃなかったり、心理士が入っても時間が限られたりしているけど。
2013-07-08 20:39:23@cocorosh @moe_zou @kosukesa 援護寮とかグループホームとか、一緒に住んじゃうタイプの援助はありますからね。
2013-07-08 20:41:30現地まで行きまっせ!ってスタンスの心理士だって、じゃあ一緒に住むかっつーと住まないわけで、面接室の外、特定のどこかにまで枠が広がってるだけでしょ。で、なんで一緒に住まないの?そりゃ、一緒に住むのはキツイから、てのもあるんじゃないかな。キツくなると、援助を続けるのも難しくなるもん。
2013-07-08 20:47:12一般書においては廃れたかな。○○の精神分析とか言う本ないもんね。専門書においては、分析含む広義の力動系は最大勢力ですね。で、今後、シービーティーがそれを抜くかというと、よくわからない。分析が減った結果、最大になる、ことはあるかもしれないすね。
2013-07-08 22:52:05