【twitter小説】ニェスの蛇の巣#2【ファンタジー】
死体は後からやってきた3人の従者に持っていかれ、零れた紅茶もニギミニアが綺麗に拭いてしまった。そして新しい紅茶を若い娘のメイドが持ってくる。 「どうぞ」 ニギミニアがそう言って着席を促す。 56
2013-07-08 19:16:47どうやらこのまま会見を始めるらしい。さっきまで死体が横たわっていた席にメルヴィは居心地が悪そうに座る。クシュスはそんなこと微塵も気にかけていない様子だった。メルヴィは目の前の紅茶をじっと見下ろした。 57
2013-07-08 19:20:36「毒は入っていませんよ」 ニギミニアは愛想笑いもせず言った。メルヴィはそれでもとても飲む気になれず、クシュスに目配せをした。クシュスは笑って本題を切りだす。 「今日は私たちの旅の資金を援助していただきたいと参ったのです」 58
2013-07-08 19:24:20「それについてはレニシェル様からの同意を得ています」 席についたニギミニアは無感情に言った。それを聞いてメルヴィの顔がほころぶ。 「ただ、条件があります。レニシェル様の状況については御存じですね?」 59
2013-07-08 19:28:26メルヴィは硬い顔になる。そう、白昼堂々侵入者が現れるほどの……恐らくは暗殺者だろう。レニシェルは狙われているのだ。会見になっても姿を見せないほどの用心ぶりだ。彼の要求は大体想像がついた。 60
2013-07-08 19:32:02「レニシェル様は、自らの敵を全て抹殺することを条件になさいました。ミクロメガス様の使いならば造作もないことですね?」 メルヴィは顔が真っ青になった。暗殺者を雇うような奴らと殺し合いをせねばいけないなんて……。 61
2013-07-08 19:36:08クシュスは戸惑うメルヴィの手を机の下で握って、その要求に答えた。 「その程度容易いことです。さあ契約を」 ニギミニアは無表情のまま、書類をクシュスに渡した。クシュスは文面に目を通し、サインをする。 62
2013-07-08 19:41:353人は立ちあがって握手をし応接間を後にした。応接間を出る際、ニギミニアが小さく声を漏らす。 「どうか、レニシェル様を救ってください……」 メルヴィは立ち止り、振り返った。 63
2013-07-08 19:45:42ニギミニアの表情は、苦悩と心配でいまにも涙を浮かべそうだった。メルヴィは、そのとき初めて彼女の感情を垣間見た気がした。 64
2013-07-08 19:50:09門番は相変わらず直立不動で、メルヴィの詫びの言葉にも意を介さないようだった。バス停でバスを待つ間、メルヴィはクシュスに語りかける。 「ねぇ、本当に戦うつもりなの?」 65
2013-07-08 19:55:10「言ったでしょう、容易いことだと。メルヴィ様は宿屋で休んでるだけで全てが終わりますよ」 メルヴィはぞっとした。そのときのクシュスの笑みは、いつものニヤニヤした感じではなく獲物を前にした野獣のような笑みだった。 66
2013-07-08 20:00:04この底知れない戦闘魔術師のことをメルヴィは恐れた。だが、信じるしかない。自分は宿屋のベッドで硬くなって震えているだけで全てが終わるのだ。メルヴィはクシュスを見上げて言った。 67
2013-07-08 20:03:37「ねぇクシュス、このままバスで街の観光に行かない?」 クシュスは不思議な顔をするが、すぐにいつものニヤニヤ笑いになる。 「ええ、いいですよ。どういう風の吹き回しでしょうか」 「今までずっと列車だったからね、たくさん見ておきたいんだ。この街を見る目が変わる前に」 68
2013-07-08 20:08:20「いいですよ。この街はどこか懐かしいです。帝都に似ているからでしょうか」 「クシュスは帝都育ちなの?」 「ええ。これでも私は箱入り娘でお嬢様学校に通っていたんですよ」 「意外だなぁ。もっと修羅場をくぐってるんだと思ってた」 69
2013-07-08 20:36:12二人は笑い合った。たわいもない会話も、観光の約束も、これから起こる殺戮を忘れたいかのような、脆い柱の上で揺れているものに過ぎなかったが。やがてバスが来た。運転手は宮殿前のバス停に人が待っていることに驚いているようだった。 70
2013-07-08 20:43:29二人はバスに乗って市場へと向かうことにした。バスに乗ると、乗客が声をかけてくる。 「お嬢さん方、レニシェル様の宮殿から生きて帰るとは大したもんだ」 メルヴィは驚いて言った。 「そんな日常的に死人が出るのですか?」 71
2013-07-08 20:50:14話しかけてきたのはステッキを持った黒いスーツの紳士だった。 「レニシェル様は疑心暗鬼になられておる。自分に近づくあらゆる人間が暗殺者に見えるようだ……というのも噂でしかないがね。本当に何年もレニシェル様を見ていないんだ。もう亡くなっているという噂まである」 72
2013-07-08 20:58:31「もっとも我々からレニシェル様へ何か言うことも無いんだ。レニシェル様はその富の力を民のために使っている。公共事業や苦しい企業に無償で投資してくれたのは何度あったか知らんよ」 紳士はバスの窓から街並みを見つめた。 73
2013-07-08 21:05:12この街をここまで育ててくれたのはスネークタン家だという。街の人たちはみなレニシェルを心配している。だからこそ、そっとしておいてあげているのだ。 「見てごらん、あの学校も、あの病院もスネークタン家の支援があったんだ」 そう言って紳士は遠い目をした。 74
2013-07-08 21:11:08そのレニシェルがくだらないお家騒動で苦しい立場にあるのを気に病んでいるのは街のひとも同じだろう。バスは通りを横切り市場へと到着した。メルヴィ達は紳士に別れを告げバスを降りる。 75
2013-07-08 21:15:44市場の中でも観光客用に特産品を売るコーナーに二人は足を運んだ。 「あ、ニェス紅茶だ! 噂に聞くけど初めて見た……!」 「ニェスティーですか。好きですよ。酸味が丁度よくて」 「飲んだことあるんですか!? お嬢様だなぁ……」 76
2013-07-08 21:19:46二人は一旦仕事を忘れ、観光に没頭した。土産物は荷物になるため飲食物を食べ歩きした程度だったが、二人は街を楽しんだ。夕暮れになり、街は夕日を受け橙色に輝きだす。公園で遊具に腰をおろしアイスを食べる二人。 77
2013-07-08 21:24:29「ねぇクシュス。ミクロメガスはどうして私の夢を知っていたの?」 不意にメルヴィはかねてからの疑問をクシュスにぶつける。クシュスは相変わらずニヤニヤ笑っていたが、少し間をおいて返事をした。 78
2013-07-08 21:29:50