【参考】『はだしのゲン』論議について―作者・中沢啓治さんの見解を押さえておこう

※『はだしのゲン』論議の経緯などはこちらを参照; 「松江市教委、自由閲覧禁止 『描写過激』、全校に要請 」 http://megalodon.jp/2013-0817-1527-12/mainichi.jp/feature/news/20130817ddm041100094000c.html
国内 中沢啓治 はだしのゲン こうの史代 夕凪の街桜の国 マンガ
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まとめを作るまでの経緯
まつおか えり @osomatu_san
祖母は広島で被爆した。私は被爆三世になる。
まつおか えり @osomatu_san
明日から広島に帰るので、『夕凪の街桜の国』を読み直す。終戦直後の広島で、被爆した女性を主人公にした短編。http://t.co/hCKLwHvuVA
まつおか えり @osomatu_san
「誰もあの事を言わない いまだにわけがわからないのだ わかっているのは『死ねばいい』と誰かに思われたということ 思われたのに生き延びているということ」
まつおか えり @osomatu_san
というわけで、むしろ広島にも長崎にも縁のない人に読んでほしい。
まつおか えり @osomatu_san
昨日、平和記念資料館で買った『はだしのゲン わたしの遺書』(中沢啓治著、朝日学生新聞社、2012)を帰りの新幹線で読んだ。中沢氏はなぜ原爆を描いたのか。なにを伝えたかったのか。
まつおか えり @osomatu_san
その動機や経緯には、何日か前にツイートした原爆漫画『夕凪の街 桜の国』(こうの史代、双葉社、2004)と通じるところが多く驚いた。
まつおか えり @osomatu_san
また『わたしの遺書』を読んで思ったのは、『はだしのゲン』が過激と言われているけど、なぜそうした描写がえらばれる必要があったのか。作者自身の見解が踏まえられないまま話が展開されているということ。
まつおか えり @osomatu_san
『はだしのゲン』批判を表明するのは自由だけど、作品が生まれた背景や、これまでの作品をめぐる時代状況にも目を向ける必要があるのでは。
まつおか えり @osomatu_san
作品に対する「過激」という反響について、2012年12月に亡くなった作者の中沢啓治さんはどのように語っていたのか。
まつおか えり @osomatu_san
①同じく原爆を描いたこうの史代氏との、執筆に至るまでの共通点 ②描写の違いを生んだ背景(共通点がありながら、なぜ『はだしのゲン』だけが過激とされるのか)について、著書自身の言葉の引用という形を取りながらまとめておきたい。
まつおか えり @osomatu_san
※文学(マンガ)も原爆も自分の専門外なので、まとめに至らぬ点などあるかもしれません。おかしなところがあれば、是非ご指摘くださいー。
①中沢啓治氏とこうの史代氏の共通点
まつおか えり @osomatu_san
①中沢啓治氏とこうの史代氏の共通点→原爆をテーマとして近年話題になった他の作品に、こうの史代『夕凪の街 桜の国』(双葉社、2004)がある。作者の年齢や作品の発表年には大きな隔たりがあるけど、ともに広島市出身である2人が作品を描くまでの経緯には似通った側面が大きい。
(1)原爆への忌避感情
まつおか えり @osomatu_san
まず、(1)本来2人は、原爆について描くことを避け続けてきということ。
まつおか えり @osomatu_san
「「それまで(※引用者注:原爆漫画を描き始めるまでの1966年)のぼくは、意外に思われるかもしれませんが、原爆問題を描こうなんてこれっぽちも思ったことがありませんでした。」」ー『 はだしのゲン わたしの遺書』 http://t.co/sk9Hcv04MT #inbook
まつおか えり @osomatu_san
「逆に、原爆のことは忘れたい、被爆したことは人に言うまい、と思って生きてきました。原爆のことから逃げてばかりいたのです。(略)原爆のことなんか絶対に思い出したくなかったし、漫画にも描きたくなかった」(p12)
まつおか えり @osomatu_san
「わたしは学生時代、なんどか平和資料館や原爆の記録映像で倒れかけては周りに迷惑をかけておりまして、『原爆』にかんするものは避け続けてきたのです。」ー『夕凪の街桜の国 (アクションコミックス)』 http://t.co/q8PHVCUvsv #inbook
まつおか えり @osomatu_san
「けっきょく、原爆のことを知らない私が描いた作品を、実体験した方がご覧になったとき、『原爆はそんなもんじゃないよ』と思われるのが怖かったのかもしれません」(こうの氏インタビューより) http://t.co/OuTf6wPSmc
(2)広島の「外」の人々との接触
まつおか えり @osomatu_san
(2)2人とも東京の人々の原爆に対する態度に違和感を抱いた経験があり、特にこうの氏はそれが作品を描こうと思った1つのきっかけになっているということ。
まつおか えり @osomatu_san
中沢氏「東京に出てきて被爆者差別があることを知り、ショックを受けました。(略)あるとき、アシスタント仲間に、なにげなく『ぼくは広島で原爆を受けてるんだ』ともらしたことがありました。」ー『はだしのゲン わたしの遺書』 http://t.co/sk9Hcv04MT #inbook
まつおか えり @osomatu_san
「そのときのぼくを見る仲間たちの異様な目は忘れられません。なんとも冷たい、不気味な目でした」(p159)
まつおか えり @osomatu_san
こうの氏「東京では、8月6日の原爆記念日に、黙祷をしない方が多いんですよ。みなさん、辛うじて原爆記念日だということを知っている、といった程度ですね。上京したてのころは、それがとっても意外でしたね」(インタビューより)http://t.co/wN3MqU8X8v
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