10周年のSPコンテンツ!
0
久保田弥代/plummet @plummet
待ち合わせに急ぐ途中で、ヒールは折れてしまった。彼の期待に応えた6センチのヒールは今夜、私の気持ちの方に応えてくれた。私はブティックではなくシューズ店に寄り、スニーカーに履き替え、身軽になって家路に就いた。待ち合わせていた彼とは、たぶんもう、会わないのだろう。 #twnovel
久保田弥代/plummet @plummet
十年ぶりだ、と窓越しの雪を見て思った。窓は私の溜息でふやけてしまっていた。水滴に姿を乱された、大粒で、少しグロテスクな形の雪が、無数に落ちていく。明日には積もればいい。明後日には溶けて、しあさってには晴れればいい。まだ、色んな夢を見ていた十年前と同じように。 #twnovel
久保田弥代/plummet @plummet
雨になればいいのに。雪には、歩いてきた足の跡が残るから。雨なら、足の汚れを流してくれるから。でも、いずれにせよ、足は重たく冷たく沈む。少しでいい、あたたかいところで休息したい。そう思っても、誰に向けても口にはしなかったから、私はまだこんな所を歩いているのだろう。 #twnovel
久保田弥代/plummet @plummet
誰も知らない路地裏の喫茶店は、そこに行く気はなかった客だけが訪れる。いや、自分がどこへ行くつもりか、わかっている客などいなかった。客たちは決まって言う。「あのう、ここはどこですか?」マスターはいつもこう切り返す。「まず、当店自慢のコーヒーはいかが?」 #twnovel #tn_p
久保田弥代/plummet @plummet
最初のコーヒーは、客の気を落ち着かせるため。次にマスターは、その客の身の上を知りたがる。そうしないと、次の品を決められないからさ。オーダーは聞かないよ。だって話を聞いた後のマスターには、お客さんに必要なメニューが何か、もう分かっているんだから。 #twnovel #tn_p
久保田弥代/plummet @plummet
あなたはふっといなくなった。冬はきらい、だって寒いから、と言ってたっけ。冬が好き、だって雪が降るから、とも。落ちるかと思えば風に舞い上がる、雪よ、おまえが悪いんだ。いつかは落ちて消えると告げず、あの人を絡めとったおまえ。せめて今夜は、凍るまで降りつもっておくれ。#twnovel
久保田弥代/plummet @plummet
#twnovel 喉が鳴った。空気を欲してか、水を求めてかは分からない。喉だけでなく唇、いや全身すべて、皮膚の中すら渇いているが。そう、渇いている。乾きではない。これは餓えだ。泣きそうなくらい根深く、かなしい願い。祈り。この身を潤すものよ、おまえはどこにいて、何者であるのだ。
久保田弥代/plummet @plummet
華の薫りが、庭に平伏した侍に、姫が間近に至ったと教えた。褒美の言葉を姫より直接賜るという、生涯一度の機会。だが顔を上げることは許されなかった。侍はその身分にない。ただ姫の履物の、金襴の如き鼻緒。それまでが華に薫る鼻緒のために、俺は忠節を尽くそう。そう侍は誓った。 #twnovel
久保田弥代/plummet @plummet
雨がだんだん縮んできた。ヨォヨォと風も吹いてきている。どうやら雪になりそうだ。僕は傘を出そうか、革の鞄に手を包まれながら迷う。悲しい心の一日だったが、夕になったら気分を変えよう。邪魔な柱を風が吹き飛ばせば、悲しい雪に羽が生えて、僕の傘は翡翠に変わる。 #twnovel
久保田弥代/plummet @plummet
#twnovel 夏の陽はすでに去りゆき、暗い静寂が辺りを包む。茜色に輝いた海は、黒い砂漠となって脈を打っている。明日なんて来るだろうか、と彼は無表情に言った。僕は応える、「来ないさ」と。「だから、今日が毎日生まれ変わってやって来るんだ。今日のうちに、すべてやりきれるようにね」
久保田弥代/plummet @plummet
#twnovel もうどんなに走っても手遅れな待ち合わせに急ぐ途中で、ヒールは折れてしまった。彼の期待に応えた6センチのヒールは今夜、私の気持ちに応えてくれた。シューズショップで、ヒールを捨てサンダルに買い替えた私は、ずいぶん身軽になって家路についた。彼とは、たぶんもう会わない。
久保田弥代/plummet @plummet
自分の棺桶を考えようと思いたった。板きれに白布では味気ない。子供らに絵を描かせよう。50色の山のようなクレヨンで、いつか壁を台無しにしたような派手なやつを。ママもその時は怒るまい……。俺は骨が浮いた胸を管が生えた手でおさえた。くそ、死なねぇぞ。明日の手術、絶対に生きて戻ってくる。

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする