ジャーナリスト三浦英之氏のシリア(間接)報告
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①米ロ会談で当面のシリア攻撃が回避された。当日夜は国際報道部の泊まり勤務。新たな「戦争」が遠のいたことでほっとする一方、シリア国内の状況は何一つ変わっていないことを忘れてはいけない。私が中東で見たり、調べたりしたことを少し書こうと思います。ちょっと長くなるかもしれません
2013-09-16 20:59:29②最初に意義付け。これからつぶやく情報は基本的に間接情報です。自分の目で見たエジプト騒乱とは違う。私の特異性は化学兵器攻撃発生時にエジプトにいたこと。中東のテレビは虐殺や遺体の映像を無修正で流す。生に近い映像を見ることができたし、多くの現地からの報告書にもあたれた
2013-09-16 21:07:16③私は現場を見ていない。でも今回は少しでも知っていることを発信しておくべきではないかと思った。今後シリアのニュースは急速に小さくなるだろうし、たぶん多くの人がそこで何があったのかを知らない(それはメディアの責任ですね)。あの「虐殺」は知らずに済ませられるものではない気がして。
2013-09-16 21:20:04④まずは私の実体験。奇妙な映像がエジプトのテレビに流れ始めたのは8月21日正午過ぎ。無数の子どもが廃虚のような場所に運び込まれてくる映像。大人たちは大慌てで子どもたちの服をはぎ取ると、バケツやホースで子どもたちに水を浴びせ始めた。よく見ると子どもたちは口から泡を吐いている
2013-09-16 21:26:26⑤大人たちは必死に子どもたちの体を洗う。何が起きてるんだ、と私は叫んだ。そのうち1人2人と子どもが床に倒れ始めた。激しいけいれん。大人たちはすぐさま心臓マッサージを開始した。その傍らで新たな子どもたちが続々と運び込まれる。おむつをしている乳児も、三つ編みの少女も。
2013-09-16 21:32:14⑥アラビア語のユーチューブにも同じような動画が続々とアップされ始めていた。通訳に頼んで訳してもらい、やっと状況が理解できた。医師らしき男性が叫ぶ。「毒ガスだ。子どもたちがやられた」。現地の総局長が真っ青な顔をして私の机に駆け込んできた。「何かとんでもないことが起きている」
2013-09-16 21:37:26⑦米国報告書はこの化学兵器攻撃を「1429人死亡、426人が子ども」と結論づけたが、私が見た限りでも子どもが圧倒的に多い気がした。撮影側が悲惨さを裏付けるた意図的に子どもを映し込んでいたとしても、廃虚の床一面が子どもの遺体で埋まっている。大人についても男より圧倒的に女の方が多い
2013-09-16 21:41:56⑧なぜ多くの子どもや女性が犠牲になったのか。現地の人権団体は周辺約8割の医療拠点を回り、詳細なリポートを作成している。「真実」とは断言できないまでも、そこには真実を推測できるヒントのようなものが記されている。原因は「時刻」と「避難場所」、そして「搬送先」にあったらしい
2013-09-16 21:50:13⑨報告書によると、化学兵器攻撃は深夜未明に起きた。30以上のミサイルが電話交換施設や学校周辺に落ちた。男たちは状況確認のために外に出た。女性や子どもは地下室に逃げた。化学兵器による攻撃は原則高所に避難しなければならない。毒ガスは空気より重いからだ。やがて毒ガスが地下室を襲った
2013-09-16 21:59:09⑩救急隊員の証言。「一家全員が浴室で水をかけあった状態で見つかった」。別の救急隊員。「家に踏み込むと、母親が赤子を抱えて換気扇の前で死んでいた。酢の瓶といくつかのタマネギを握って」。報告書には酢とタマネギが何回も出てくる。「化学兵器に効く」。そんな迷信があったのかもしれない
2013-09-16 22:10:56⑪救急隊員も死んだ。毒ガスに市販の綿製マスクで立ち向かった隊員も。「防毒マスクをしていた隊員いたが、役に立たなかった。彼らのマスクの中は化学物質でいっぱいになっていた」。ここでもやはり周辺住民は酢に浸した綿製マスクを現場に向かう彼らに差し出している
2013-09-16 22:16:00⑫報告書は負傷者の症状として、吐き気や泡のような唾液、引きつけ、心臓疾患、鼻血、幻覚、記憶喪失などを列挙している。ある負傷者は「唇がふくれあがり、目が見えなくなった。子どもたちは激しく震え、意識を失った」。医師は「爆撃から約30秒で症状が出ている。多くの人が逃げられずに死んだ」
2013-09-16 22:22:02⑬攻撃を受けた地区には内戦の影響で満足な医療拠点がなく、服を着替えるための個室がなかった。故に女性は服を脱ぐことができず、化学物質を洗い流せずに死んだ。薬やベッドも限られていた。薬は有効期限が切れていたが、優先的に子どもに使った。無くなると退職者が持ってきた家畜用の薬を使った
2013-09-16 22:33:57⑭遺体の身元確認は困難を極めた。犠牲者は異なる医療拠点に運ばれ、多くの人が子どもや家族を探せなかった。就寝中だったため、ほとんどが身元を確認できる物を身につけていない。約6割が未特定。夏の暑さと停電で遺体を維持できず、特徴をビデオで写して埋葬した。15体を一緒に埋めた場所もある
2013-09-16 22:41:52⑮私が知り得ている情報はこの程度です。しかもいずれも間接情報。でもそこで何が起きていたのか、これから何をすべきか、道筋を示してくれる。近藤紘一だったらどう伝えたろう。司馬遼太郎の弔辞。「君は新聞記者が持つちっぽけな競争心やあのおぞましい雷同性をできるだけ少なく持つよう努めていた」
2013-09-16 22:52:22⑯私たちは多分何かを変えていかなければならないのだろう。報道の手法も、報道の姿勢も。率直に言えば、我々はもっと現場に行くべきなのだろう。そこで何を伝えるか。必死にやっているけれど、届かない。悪口を言う人もいるけど、中にいるとみんな必死だ
2013-09-16 23:02:30⑰今回の経験や問題点を整理してまずは新聞に書こうと思います(その後TWでつぶやきます)。自らの目で見た「現実」と伝えられている「現実」の落差について。慣習化しているメディア内のシステムについて。今夜は遅くまでありがとうございました。明日からまた国際報道部の内勤に戻ります(終)
2013-09-16 23:08:32