グッド・タイムズ・アー・ソー・ハード・トゥ・ファインド #2

実況なし単体まとめ
1
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

夜がもうすぐ訪れる。許された時間はあまりない。キカはツバキの木を越えた。昨晩はここまでだった。彼女はもっと奥まで進んだ。夕方と雨の闇夜ではアトモスフィアがまるで違う。鳥の声も風に舞う落葉も好ましいものだ。足下の土は湿ってなお硬く、短い草が優しく生えている。 19

2013-09-19 20:37:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

キカは一度周囲を見渡した。遠くで笛や喇叭が鳴っている。体育館の方向からは断続的な掛け声。……近くに人はいない。彼女は草の切れ目に向かった。そしてその先の土を見る。濡れて硬い土。「……」彼女は痕跡を探そうとした。盛り上がった箇所や、色の違う部分、そうしたものを。 20

2013-09-19 20:43:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

残念ながら、それとわかる痕跡は見当たらなかった。タイヤ痕も無し。昨晩の雨のせいで、そうしたものがあったとしても、一緒くたにならされてしまっている。キカは失望した。失望?考えようによっては、懸念の種が減るという事でもある。あれが、寝ぼけて外を夢うつつに歩いた幻なのだとすれば。21

2013-09-19 20:50:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

キカはしゃがみ込み、土を掴んだ。「……」そして諦め、立ち上がる。掘り返すにしても、道具が要る。彼女は振り返り、近づいてくる存在を視認した。走ってその場を離れようとしたが、その必要はないとわかった。それはポクポクと蹄を鳴らす馬である。馬を引いてくるのは住み込みの馬丁の少年だ。 22

2013-09-19 20:57:33
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「コンニチワ」キカはアイサツした。馬丁は少ししどろもどろになりながら、会釈を返した。「ドーモ」名前はワカヤマ。年の頃はキカに近い。彼と父親は、乗馬の授業やヤブサメのクラブ活動で使う馬の世話をする為に雇われている。 23

2013-09-19 21:13:40
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「馬だね」キカは話しかけた。「ああ。馬だとも」ワカヤマは頷いた。「なにか探しているのか?」「どうして?」キカはワカヤマを見た。ワカヤマは目を逸らした。「一人でいるからさ。怒られないのか」「いつまでもこうしていたら怒られる」キカは馬の顔に触れた。馬は瞬きした。「大人しいね」 24

2013-09-19 21:22:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「しっかり躾けてあるからな。君らお嬢様方に怪我させたら大変だから」ワカヤマは少し得意そうだった。「馬の名前は?」キカは尋ねた。「タロだよ」「コンニチワ。タロ=サン。キカです」馬は尻尾を振った。ワカヤマは笑った。「……実際、俺なんかがお嬢様方と話してたら、大目玉だよ。じゃあな」25

2013-09-19 21:37:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「うん。じゃあね」キカは手を振った。ワカヤマは手を振りかえした。実際キカにはこれ以上の時間はない。少年の後ろ姿を見送る事もなく、彼女は足早にその場を離れる。ワカヤマは無害な相手だが、このままノロノロしていれば、別の誰に誰何されるともわからない。26

2013-09-19 21:42:04
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

キカは敷地内をしめやかに駆けた。誰にも見られる事はなかった。彼女は寮のそばで呼吸を整える。問題のない時間だ。暮れ行く空に思いを巡らす。シャベルが必要だ。……シャベル?彼女は自分にやや呆れた。掘り返して、カンオケが出て来たら、それでどうする?ではこのまま夢と決めつけてしまうか。27

2013-09-19 21:57:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「誰かを待っているのかね?」キカの背筋が凍った。自然に見えるようにつとめて、ゆっくり振り返った。「コンニチワ。……校長先生」キカの笑顔は少し歪んでいた。校長はキカに微笑み返した。「コンニチワ。君は、エート、キカ・ヤナエ=サン」「ハイ」キカは唾を飲んだ。「キカ・ヤナエです」28

2013-09-19 22:08:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

キカは言葉を探した。「夕暮れが綺麗だったので。ゴメンナサイ」「見とれてしまったか。なに、まだ時間は少しある」校長は腕時計を見た。「確かに、そうお目にかかれないような暮色だね」「……ハイ」 29

2013-09-19 22:14:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ん?私がどうしてここに居るって?」校長はおどけて言った。「ひどいぞ、私は不審者ではありませんよ。そりゃあ、私もそぞろ歩きをしたくなる時はあります。置き物ではないからね。特にこんな、爽やかで好ましい日は」「そうですね」「学園生活は楽しいかね。キカ=サン」校長は穏やかに尋ねた。30

2013-09-19 22:31:28
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「学園生活……」「楽しいかね」校長は謎めいた目でキカの目を見つめる。キカは瞬きし、下を向いた。「そうですね」「君はとてもいい」校長は言った。「このまま研鑽を続けてください。先生方のおぼえもめでたい」「それは、よかったです」「学園は競争社会の縮図だ。辛い事も多いだろうが……」31

2013-09-19 22:37:20
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「大丈夫です」掠れ声でキカは答えた。校長は頷いた。「頑張れば頑張っただけ、世界は応えてくれます。この学園はね」「ハイ……」「あれ?キカ=サン!」二階の窓からユマナの声が飛んだ。校長はそちらを見上げた。キカは振り返った。「今、上がる!」自分でも驚くほどに大きな声が出た。 32

2013-09-19 22:44:55
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「彼女はユマナ・オミヤ=サンだね、同室の」校長は確かめるように言った。反芻するように。「さ、時間だ。寮母さんに怒られますよ。いやはや、私のせいにされたら大変だ!」「……」キカは会釈した。そして寮の中へ駆け込んだ。33

2013-09-19 22:49:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

その夜、キカの目は痛いほど冴え、フートンの中で、食いしばった歯をカチカチと噛み合わせた。ユマナは何度か心配して声をかけたが、何と答えたかはキカ自身も覚えていない。彼女は翌日そのまま起きてくる事ができず、高い熱を出して、じっとフートンの中で丸くなった。風邪ではない。 34

2013-09-19 23:02:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

それは恐怖と緊張から来る高熱だった。キカは震えた。知恵熱が収まると、学園に幾つかの出来事が起こっていた。チコ・ケヒタが退学し、学園を去ったという。チコとキカは幾つかのクラスが同じだった。同級生が唐突に学園を去った事は、一年生にとって衝撃的なニュースだった。 35

2013-09-19 23:09:05
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

その日、日が落ちた図書室で、補修授業に備えていた二人の生徒がヒステリーめいた恐慌反応を起こし、司書に助けを求めた。司書は二人のもとへ駆けつけ、壁に映った不気味な影が身を翻すのを見ると、彼女もまた恐怖に打たれてその場で気を失った。 36

2013-09-19 23:17:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

更に、と言うべきか、音楽教師のシオヤカ先生が唐突に心身の不調を訴え、彼の身内の人間を臨時教員に立てると、ほとんど有無を言わさず休職してしまった。シオヤカ先生は学園の音楽の授業を一人で回しており、ユマナとキカも影響を受ける事になった。 37

2013-09-19 23:26:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

殆どドサクサに紛れるように現場で承認され、赴任してきた臨時教員……シオヤカ先生の知人を自称するナツイ先生は、生徒に過剰な歓迎、あるいは警戒を引き起こした。ナツイ先生は長く滑らかな黒髪を持つ痩せた男で、容姿は大変に秀麗だった。 38

2013-09-19 23:37:08
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

学園に何かが起こりつつあった。間違いなく、とても良くない出来事が。 39

2013-09-19 23:42:31
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【グッド・タイムズ・アー・ソー・ハード・トゥ・ファインド】#2 終わり。#3 に続く

2013-09-19 23:43:05