- noplanzone
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既に太陽光による明度の確保は期待できない時間帯だった。家に帰り、ドアを開けたところで、その暗さに立ちすくむ。正確に言えば、その暗さに潜む何者かに、だ。
2010-10-05 22:35:31連日の研究の結果、奴は暗所を好むことが分かってる。日光が地球の裏側へ送還されて、室内の灯りが仕事をしていない以上、今、部屋の中は奴にとっても楽園状態に違いない。つまりどこにいてもおかしくない、とだけ推察する。
2010-10-05 22:36:24どこにいてもおかしくない、ならば、この暗闇の中、電気を付けようと手を伸ばした先、そのスイッチのある場所に、ピンポイントで潜んでいる可能性もある。いや、その近くに潜伏している可能性を考慮するだけでも身の毛がよだつ。ここは慎重に行くべきだ。
2010-10-05 22:36:45家の中に入らず、まずは乱暴にドアを数回開閉する。建てつけの悪さもこういう時にはありがたく、ドタンバタンと大きな音がする。奴は音がすると逃げる。これもここ数日で学んだことだ。これで多分、ドアの近くにいる可能性はゼロになった。ドアを開け、恐る恐る、慎重に電気のスイッチに手を伸ばす。
2010-10-05 22:37:37そこで感触がもじゃっとしていたら、絶叫か気絶の二択だったが、いつも通りのプラスチックの無機質な触感がそこにはあった。カチリと音を立てて、玄関部分が灯りに照らされる。文明の利器によって視界を確保した俺は、まず周囲を見渡す。足元から順番に天井まで、ヤツがいないかどうかを確認する。
2010-10-05 22:38:49音と光のダブルパンチにより、ヤツがこのスペースに存在する可能性は限りなくゼロになっていると分かっているものの、本能的な恐怖がその行動を促す。人工的な環境によって育まれる野性的な行動もあるのだな、なんて考えてみる。
2010-10-05 22:40:07玄関部分の安全を確認した俺は、気を引き締める。その奥には居住スペースがある。玄関部分にいなかったということは、ヤツは消去法的に居住スペースにいることになる。ここからが正念場だ。
2010-10-05 22:40:31玄関部分と居住スペースを隔てるドアを、数回開け閉めする。こちらは玄関ほど建てつけが悪くなく、音が殆ど発生しない。これでは不十分と判断して俺は、壁を数回ドンッと叩いて、ドア周辺のヤツの存在確率を低める。
2010-10-05 22:40:59玄関部分から漏れる光が居住スペースを照らしているものの、その程度の光度では、室内を見渡せる程の明るさを供給できていない。やはり室内の電気を付けるしかない。もちろんここで頭をよぎる可能性は、スイッチ部分にヤツが潜んでいる可能性だ。
2010-10-05 22:41:31壁を叩く動作によって、数度、音を発生させてから、ええいままよとスイッチに手を伸ばす。ここでも俺を待ちうけていたのは、望外のもじゃっと感ではなく、信頼と安心のプラスチックのツルッと感だった。ほっと一息つきながら、再びカチリと室内を照らす光を灯す。
2010-10-05 22:41:53足元、キッチン、壁、窓、コタツ、PC周りと、視点を次々と切り替えながら、不必要に大きな足音を立てて自分の存在をアピールしつつ、部屋の中を突き進む。どうやらヤツは俺の目の届く範囲にはいないらしい。
2010-10-05 22:42:30目の届く範囲にいないというのは安心のようでいて、そうでもない部分がある。どこにいるのか分からないというのは不意打ちをくらう可能性がある、ということだ。場所に目星が付いていれば心構えもできるし、そこに近づかないという最善の一手も取ることができる。が、今はその選択肢は封じられている。
2010-10-05 22:43:23だがしかし、ヤツのここ数日の行動パターンを鑑みるに、こういう場合は本棚の後ろにいる事が多い。昨日は本棚の中、本と本の間から出てくるという、アクロバティックな行動も見せてくれたが、それも本棚に触らなければいいだけの事。
2010-10-05 22:43:50本日の勝利を確信する。このまま本棚に近寄らず、余計な刺激を与えず、菩薩のように穏やかな心で就寝までの時間を過ごせば、ヤツとの邂逅は果たせずに、無事に意識を闇の彼方へ飛ばすことができると。
2010-10-05 22:44:08ああ困ったな、今日はついったでヤツに関する報告ができないな。楽しみにしてる人とかいるのかな? なんて事を考える余裕まで出来る。自分の現金さに若干の嫌気が差しつつも、とりあえず部屋でやるべきことを片付ける動作に移行する。
2010-10-05 22:44:32洗濯物を洗ってしまいたいけど、まずはシャワーからかな。と思い服を脱ぎ捨て洗濯機の中へ放り込む。そしてバスタオルだけもって、ユニットバスへ行く。
2010-10-05 22:45:12居住スペースから玄関部分へ移動。玄関部分から分岐するように鎮座しているユニットバスへ突入する。そんな装備で大丈夫か? と思うも、シャワーを浴びるのに一番いい装備はこれ(裸)に決まってるだろ、と心の声が呼応する。
2010-10-05 22:45:53数か月前から電球が切れっぱなしのユニットバス内は薄暗い。窓もないし、仮にあったとしても時間は既に夜。玄関の電気を付けっ放しにして、ドアを開けたままにすることによって、ユニットバスの中に、人間が活動するのにギリギリ必要な量の光がもたらされる。
2010-10-05 22:46:23そろそろ電球買わないとなー、めんどくさいなー、とか思いつつ、シャワーを浴びる。一日の疲れがお湯に乗って下水道へ流れていく。至福の一時……になるはずだった。なると信じていた。その時の俺は間違いなく。
2010-10-05 22:46:42髪の毛を洗い終えた俺は体を洗おうとボディーソープのボトルへと手を伸ばす。ボディーソープのボトルに手を触れた瞬間、その隣にあったコンディショナーのボトルとのスキマから、何かがものっそい速度で動くのを視認する。
2010-10-05 22:47:11思考が停止する。思考は停止しても、眼球は無意識化でその移動する物体を追う。洗面台の鏡の脇でそれは静止した。思考が眼球に追いつき、現実を追い越そうとして、慌てて戻る……ヤツだ。
2010-10-05 22:47:32迂闊だったとしか言いようがない。これまでユニットバス内で奴と遭遇してなかったから完全に意識の外だった。防音性、遮光性、どれをとってもヤツにとってのパラダイス維持時間の長さはダントツじゃないか!
2010-10-05 22:47:50しかしこちらは生まれたばかりの赤ん坊と同じ状態。そんな装備で大丈夫か? と先程の声が反響する。一番いいのを頼む、と言いたいが、装備があっても自分に戦う気力がなければどうしようもない。
2010-10-05 22:48:05逃げ……ようとするが、ヤツの方が行動が早かった。カサカサ、という音はしないものの、オノマトペを当てはめるとしたら、そんな感じになるであろう動作と速度で、素早くバスタオルのそばへ移動されてしまう。
2010-10-05 22:48:38